愛憎の魔女

総督琉

愛を誓って

 まだ六歳だった頃、私は両親とともにキャンプへ行った。曖昧な記憶ではあるが、私はまきを集めていると、森の奥まで入りすぎたため、迷子になってしまった。

 どこへ行けば良いのかも分からず、ただ恐怖に襲われていた。

 寂しさ故、うずくまり、私は一人で泣いていた。そんな私のもとへ、女性がやって来て言った。


「こんなところで何をしているの?」


「道が分からなくて帰れなくなりました」


 泣きじゃくりながら私は彼女へ言った。

 すると親切にも、彼女は私に「道を案内してあげる」と言ったのです。そこで私は泣き止み、彼女へすがりつく。

 しかし彼女はこう続けます。


「ただし、私とひとつ"契り"を交わしましょう」


「ちぎり?」


「ええ。あなたは自ら愛を伝えてはいけない、そういう契り、つまりは約束」


「やくそく、それなら知ってる。でも自分から愛を伝えちゃいけないっていう約束、守れるか分からないよ」


「それじゃこの約束に代償をつけましょう。もしあなたがこの約束を守れなかった時、あなたは死ぬ。どうですか?」


「死ぬなら守っちゃう」


「じゃあ約束ね。自分から絶対に愛を告げちゃいけない」



 今思えば、どうしてそんな約束をしてしまったのだろうか。

 しかしその時の私は、結局森で迷子になってそのまま帰れず、死んでいたのだろうか。

 ただひとつ分かることは、私は愛を伝えた瞬間、好きだと言った瞬間、死ぬのだろう。正直嘘だと思ったこともある。でも愛を告げようとした時、心臓は激しく動き始め、死ぬのだろうと思ったことがある。

 それ以来、私は彼女とした約束が全て真実なのだと悟った。



 そして高校三年生、私はこれまで一度も告白をしてこなかった。そして告白をされたとしても、その全てを断ってきた。告白を受けることで死ぬことはないのだろうが、それでも断ってきた。

 私はいつの間にか"美しき黒雪姫"などと呼ばれていた。なぜそうなったのかは分からないが。


 とにかく冷たいという理由から、そんな名になったのだろう。


 それでも私には好きな人がいる。昔からの幼馴染みで仲の良い男子、芥見あくたみせん

 私は今、彼とともに歩いて下校しているところだ。


「なあ椿、お前、モテるんだな」


「そうかな?」


「だって凄い聞くぞ。また男子が一人フラれたって」


「そうなんだ。まあ、私は誰とも結ばれるはずがない。だって私は、呪われているんだから」


「え!?」


 芥見が驚きのあまり足を止めている中、私は平然と歩き、十歩ほど間が空いたところで芥見の方を振り返る。


「どうかした?」


「呪われてるって……言っただろ」


「嘘に決まってるでしょ。早く帰ろ、芥見」


「あ、ああ……」


 その後の帰り道は、特に何も話すことはなく帰宅する。家に着くなり、私は扉に背をつけ、そのままゆっくりとしゃがみこんだ。

 深いため息が自然とこぼれ、激しい鼓動を奏でる心音が聞こえる胸元を手で押さえる。


「この呪いを伝えたところで……意味なんてないはずなのに」


 私は何がしたいのだろう。

 この好きという気持ちは伝えられない、だから伝えてほしいなんて、思ってもいるのだろうか。そんなの、強欲すぎやしないか。

 私は泣きもせず、叫びもせず、ただ突っ伏した。


「何だろうな、この疲労感は」


 ベッドに寝転び、眠りにつく。

 寝れるはずもない。ただ今の私はもう抱えきれなくなっている。これほどまでに恋心が膨れ上がっているのに、この気持ちをいつまでも抑え続けろとでも言うのだろうか。


 ーー無理だよ


 寝れずに、私は真夜中に外へ駆け出していた。自ずと足は公園へ向かっていた。

 この公園は、私と芥見が初めてであった場所。まだ幼い頃の話。私は君に出会った。


 懐かしい公園に入り、ブランコへ行くと、先客が見えた。


「芥見!?」


「椿!?どうしてここに?」


 私は芥見の隣のブランコに座り、この公園で初めて出会ったことを話した。それを思い出してこの公園へ来たことも話した。するとなぜか、芥見は笑い出した。


「その理由、俺と全く一緒だな。俺もその時のことを思い出して来たんだよ」


「覚えててくれたんだね」


「なあ、俺さ、最近考えていることがあったんだ。今日の下校中、話しただろ」


「何のこと?覚えがないけど……」


「椿はさ、結構モテるんだろ。だから告白されてる」


「……うん、まあ、そうかな」


「俺はさ、最初はこう思っていたんだ。告白されるまで待とう。それでも告白されなかったら、縁がなかっただけなんだって。だから彼女なんて、告白されるまでつくらなくてもいいやって、そう思っていた」



 私もそうだ。

 この気持ちを伝えたい。それでも私は死にたくないと、そう思ってしまうんだ。

 せっかく気持ちを伝えたのに死ぬなんて、そんな結末、嫌だから。私は報われたい。結ばれたい。それでもこの気持ちを告げない限り、私の思いは伝わらない。

 だって芥見は鈍感で、バカだから。そんな芥見が、私は好きだ。



「でもそれじゃ、何も変わらないから。それに俺は気付いた。待っているだけじゃ駄目なんだ。自分からこの思いを告げなくちゃ、そうでないと意味がないんだって」


 芥見はブランコから降りると、私の前まで歩いてきた。

 強く拳を握り締め、大きく息を吸っている。


「椿、俺は、」


「私は君が好きだよ」


 芥見の言葉を遮り、私は芥見に伝えた。


「ごめんね。私、やっぱ君が好きだよ。この気持ちを伝えないと私の中にある気持ちが収まらないんだ。でも最後にこの気持ちが伝えられてすっきりしたよ」


「椿……?」


「大好きだよ、芥見。私が居なくなっても、私のことを忘れないでね」


 私の体は少しずつ光の粒子になって消えていく。

 やっぱりあの呪いは、嘘じゃなかったんだな。結局私は死んじゃうんだな。せっかく伝えたのに、私は死んじゃう。


 消えつつある私へ走り、芥見は私を抱き締めた。


「椿、俺も好きだ」


 それを聞き、私は胸の奥底からわき上がる何かを感じていた。嬉しくて、嬉しくて、気付いたら私の瞳からは涙が流れていた。


「ありがとね、芥見」


「椿、お前はもういなくなるのか」


「そうだね……」


「ならさ、最後に約束させてくれ。俺はずっと椿のことを忘れない。これから俺は長く生きるだろうけど、その長い人生で俺は椿を思い続ける」


「ありがとう。芥見、やっぱり君はカッコいいね」


「ああ。そりゃ、俺は椿が惚れた相手だからな」


 私は涙を流しながらも、芥見に笑みを見せ、天へと上った。


 最期、ようやく私は報われた。

 呪いによって何度も苦しいこともあったけれど、私はようやく報われた気がした。だからこれで良かった。

 私は、これで良かったんだ。

 この膨れ上がる気持ちを伝えられて、良かった。


 さよなら、芥見。

 大好きだよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

愛憎の魔女 総督琉 @soutokuryu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ