第25話 その名はガブ…(天使登場)

「もう許して頂けませんか?」


 声というか、頭の中でつぶやかれた感じがした。


 振り向く。

 怒っているかな? ふわふわ君。


 うすい雑踏のなか、まさに”天使の微笑”で僕を優しく見ている彼がいた。

 なんだろう、あの微笑を見ると癒されるよ。いままでの理不尽、不条理がなんとなく許せそうな気がする。

 悪いことはなかったさ…。納得がいかないだけ。

 でもそれが気に食わなかったんだ。


不思議だね、たぶん彼は“人”ではないんだな…。

こんなことできるのはそう…そうだね、

“天使の微笑”ってよく言ったもんだ。

いい笑顔だ。


「久しぶり、会いたかったよ」

 僕は自然と明るく言った。

 彼が近づいてくる。やはり背がたかい…、羽根は見えないね。

「お楽しみ頂けましたか?」

 いい声だ、高くもなく低くもなく…。


「うん。楽しんだというよりは、困惑したけれど…」

「悪いことはなかったはずですが…」

 意外とかわいい顔してんだな、頭に輪は見えないけれどさ…。


「そうだね、とらえ方によるかな…。ちょっと話せるかな? お茶でもしようよ」

 僕は先に歩きだした。どっか静かすぎない喫茶店がいい。

「あの…」

後ろからちょっと遠慮がちな声がした。

「時間がないかい?」

「いや、できましたら」

 少し照れている。そんな表情もかわいいね。年上の女性だったらほっとかないだろうな。


「できましたら、ビール頂きたいんですが…」

 ビール? そうだ、そういえば、前に会った時も少し酔ってたな…。でもビール?


「すいません、それにお金もほとんど持ってません。だめですかね、ビール…好きなんです。ビール、飲みたいな…」。


*************


「おいしいな…、お酒って、とくにこれ、ビール、この時代のが一番おいしいですね。最高です。うれしいな…、おいしいな…」


 乾杯もせず、乾杯する意味もないんだが、運ばれてきたジョッキをそのまま一気に半分ほど飲み、本当に美味しそうに微笑ながら彼はそう言った。


 うれしいよ、そんなに喜んでもらえるとこっちもうれしくなる。そうだ、大学のヨット部の後輩におごってあげているようだよ。


「好きなだけ飲んでいいよ、お話もあるけれどね…」

 僕もすこし飲みながらそういった。


「うれしいな…、ハイ、うれしいな…」

 純粋だね、いい人だ…いや、いい、うん? いいなんだろう?


「さて…、ええっとさ、とりあえずなんて呼べばいい?」

 彼はご機嫌に笑っている。ジョッキはほぼ空いているよ…。僕はおねえさんにもう一杯ビールをお願いした。

「うれしいな、ありがとうございます。おいしいです…」

「いいよ。で…、なんて呼べばいい?」


「ハイ、決まってません!」


「おい!」

 おねえさんが運んできたビールを僕はすかさず抱え込んで彼から離した。


「本当なんです。でも、みなさんいろいろと勝手に名前を付けます」

 まだ僕はビールを離さなかった。


「えー、そ、そうですね、よく知られているのが、ミカエルとかガブリエルとか…」

 ちょっと彼にビールを寄せる。


「妖精、妖怪、天狗、仙人なんてのも…」

 ビールを彼の手に渡してあげる。


「悪魔、魔法使い、あとオーソドックスに、ただの天使、だいたいそんなもんです、はい…」

 そう言うと、彼はまたうれしそうに一口飲んだ。


「ガブリエル…、言いにくいね。ガブちゃんでいい?」


「ガブ…ガブちゃんですか? はじめてのパターンです」


 僕は彼のジョッキに腕をのばし強めに手をかける。

「いいです、ガブちゃん…。はい、私はガブちゃんです…ガブちゃんか…」

 ちょっとだけ不服そうだったが、そうかな…僕はいいと思うけれど。


「それで…、ガブちゃん。説明してよ、いろいろとさ」

「ご説明します」


 彼は手品のようにいきなり空間から手帳を取り出し、何かしらメモをした。

「人間時間の本日、○○年、○○月、○○日。天地創造より○○○○○日後、小杉一寿さんにご連絡、解説、説明の後、本件の継続の如何を問い合わせる」


 いろいろとひっかかるな。


「小杉さん、あらためて申し上げます。刑事ドラマではないですが…」

 ガブちゃん、ジョッキから手を離し、少しあらたまってから言った。


「すべて私がやりました」。

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