第12話 その時はその時です

 会社のトイレの鏡を見る。男はそんなに鏡を見ないものだが、デートの前には鏡でとりあえず確認。

 ああ、若白髪抜くか切っておこう。僕は左の前髪にある数本の白い毛を探した。


 アレ…、見つからないな。光の加減で白髪って容易に隠れるからね…。でも見つからない。なんだ、絶対あったのに。なんだよ、きっとまた後で見つかるんだぜ。おいおい、どこに行ったんだよ。時間もないし、仕方ないね。今日はあきらめよう。


 僕はもう一度鏡を見て諦めると山下さんに会うために会社を出た。遅れちゃいけないからね。


「なんか最近ツキすぎてさ、気味が悪いんだよね」


 サラダをお皿に盛りながら僕は言った。英会話教室、海外出張、ビジネスクラス、ジャイアンツの連勝なんか。

「いいじゃないですか、ツイてないっていうんだったら大変だけど…」

 にこにこしながら山下さんは応えた。ちょっと上目使いで、でもわざとらしくなくてね、かわいいね。かわいいね、って素直に言えればな~。


「うん、まあ、そうだけど…」

でも、一番ラッキーなのは、山下さんとこうやって会えることかな…とも素直に言えない。まったくなさけないな~。


「きっかけってありましたか?私もあやかりたいな~」

 きっかけ…、そういえば今まで考えたことがなかった。なんだろう、いつからだ?

「幸運の女神…」

 山下さんがきれいな細い人差し指で、かわいい自分の鼻を指しながらつぶやいた。

「だったらいいな~」

 そうかもしれない、そうだよ!きっとそうだ!


「幸運の女神様、サラダはこれくらいでいかがでしょうか?」

「ハイ!女神はサラダが大好きです」

 そう、山下さんはサラダとデザートが大好きだもんね。


「でも、小杉さん、なにか不安でもあるんですか?ツキすぎるっていいことですよ」

「なんか、揺り返しがね、あるんじゃないかって思うんだ…」

「例えば?」

「う~ん…、左遷とか、失敗とか、事故とか…」


 僕は一番気になることを言えなかった、山下さんに嫌われることとか。

「その時はその時です。大丈夫ですよ!女神がついてます!」

 いい人だ、山下さん。

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