第14話 電撃少女はそのかくしごとを知らない

 七海にメッセージを送った俺たちは、彼女の家にほど近いコンビニに居た。


 何も買わずに店内をうろつくのも気まずいので、アイスを購入して外へ。俺は氷菓に分類されるみかん味のものを、そして椎名はビッグチョコ&ストロベリーパフェアイスを買った。


 こんな時間にアイスなんてあんまり食べられないから、とか言っておきながらこいつとんでもないの買ってやがるな……。


「んまっ」


 コンビニの外、幸せそうな顔でアイスを食べる椎名を横目に見ながら、俺は辺りを見回す。

 時間もあってか駐車場には一台車が停まっているだけで、辺りはひっそりと夜の闇に染まっている。


 七海はもう、家にいるのだろうか。

 それとも別の場所に一人でいるのか。


 アイスを一口齧って、時計を見る。

 後五分以内に彼女が現れなければ、俺は怖いと噂のあいつのお母さんの所に向かうことになる。なんならそれが一番怖いんですけど。


「なあ、椎名。七海は来ると思うか?」


 訊ねると、椎名はため息をつく。


「私は家に戻っているんじゃないかと思うけどね。逃げたとはいえ、あの後輩が一人どこか変な場所に行くとは考えにくいよ」


 普段ならそう思うだろう。

 でも今は、今の俺には、七海が何を考えていて何に巻き込まれているのかが分からない。


「そもそも君は、あの子を呼び出してどうするつもりなの? 本人に聞いても答えてくれるとは到底思えないけど」


 何度目か分からない質問だ。

 ぱくりとスプーンを口に運んだ椎名を見ながら考える。電撃のこと。もう一人の七海のこと。そして、俺が抱える違和感のこと。


 ――そうだ。目に見える異常と共に、俺にははっきりと分かる変化がもう一つあった。


「……椎名。めちゃくちゃ気持ち悪いこと言ってもいいか?」

「え。いやなんだけど」

「あいつさ、俺のことをずっと前から、いつだったか覚えてないけど『せんぱい』って呼ぶんだよ」

「許可してないのに話し出した。……何を言うかと思えばそんなことか。そんなの私だって知ってるよ。最初からあの子は君のことを『先輩』と呼んでるじゃん」

「違う。『せんぱい』」

「……『先輩』だよね?」

「『せんぱい』だ」


 言い終えると、椎名は頭を抱える。

 アイスクリーム頭痛だろうか? いや、そうではないということを俺は分かっている。


「君の言いたいことは分かった。君にしか分からない『先輩』呼びがあると言いたいんだね? それはイントネーションによるものなのかなんなのか、私には分からないし分かりたくもないけど」

「そう、だと思う。ここ最近ちょっとずつ違和感を感じててな。でも今日、確信した」


 呆れた目を向ける椎名。まるで変なものでも見るかのようだ。


「君があの子をフったりするから、愛想尽かされただけなんじゃないかな? そのせいで電撃が出るようになって、分裂でもしたのかも。全然笑えないけど」

「いや、だからそれは……。その誤解は、解くつもりだ。ちゃんとタイミングを見てだな」

「手遅れになってもしらないからね……あ」


 言いかけた所で、椎名が何かに気づく。

 俺はその視線の先を自然と目で追った。


 夜の闇の中、コンビニの明かりでぼんやりと照らされる駐車場に七海瑠夏は立っていた。右手にはスマホの画面が光っていて、水色のTシャツが淡く輝いている。


 七海がこちらを見た。

 俺は手に持っていたアイスの棒を、ゴミ箱に放り込む。


 どうやら最悪の展開だけは免れたらしい。

 ここからが、勝負だ。


「……七海」

「――先輩は」


 七海はTシャツの裾を掴んで、寂しそうに微笑みながら言った。その声はしんとした夜に凛と響く。


「先輩は、その幼馴染が好きなんですか?」


 唐突な質問。

 隣で、椎名の肩がわずかに揺れた。


「なんだ、急に」

「教えてくださいよ。……夏休みが終わったら、こんなこと聞かないって約束しますから」


 夏休み?

 夏休みが終わったら、なんだというんだ。

 俺は一瞬だけ椎名を見て、答える。


「椎名のことは好きだ。でもそれは、友達として、幼馴染としての好きであって。その……恋愛感情とは違う」


 椎名に当たり前だろうと言われそうだな、なんて思いながら俺が答えると、七海の表情はさらに曇る。


「じゃあ、誰なんですか。私の知ってる人ですか。それとも知らない人ですか。見ず知らずの人に負けた私って、なんなんですか」


 ぱちぱち、と弾けるような音だけが響いた。

 ここでその電撃は流石にまずい。どうしたものかと俺が迷っていると、とん、と背中が押された。


「……行きなよ。この子にだけ秘密を話させるのは、ずるいんじゃないかな」

 

 椎名は無表情のまま、そう言った。

 彼女の言う通りなのかもしれない。

 それに、そもそものきっかけが俺が彼女の告白を断ったことなのだとしたら。


 俺も、彼女に言っておかなければいけないことが、言わないといけないことがある。


「分かったよ。七海。悪いけどちょっとついてきてくれるか。いや、先に椎名を……」

「別に送ってくれなくてもいいから。子供じゃないんだから。一人で家にくらい帰れるよ」

「でも、椎名」

「そんなことばっかりやってたら、いつか君は本当に大切なものを無くしてしまうよ」


 コンビニの明かりで照らされた椎名の瞳は、いつもと変わらない。彼女は最後のひと口をスプーンで掬うと、車止めのポールからぴょんと飛び降りた。


「じゃ、私はこれで。後輩、私の幼馴染を頼んだよ」


 カップをゴミ箱に放り込んでそう言い残すと、椎名は振り返ることもなく去っていく。


 その後ろ姿に思わず声を掛けそうになるけれど、ぐっと堪える。椎名にここまで付き合ってもらった今日を無駄にする訳にはいかない。


 俯いたままの七海に向き直る。


「七海。大事な話があるんだ」


 彼女は怯えるようにこちらを見ると、ゆっくりとTシャツの裾を握っていた手が離された。皺だらけになった裾を見て、俺は覚悟を決める。


「歩きながら話そう。時間、大丈夫か?」

「…………はい」


 うだうだ悩んでいても仕方がない。

 かくしごとは俺にだってある。椎名の言う通りだ。どちらか一方だけがそれを話すのは公平じゃない。


 夏休み初日。

 ――俺は、七海瑠夏に告白をする。


 

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後輩の女の子の告白を断ったら、身体から電撃が出るようになったらしいんだが。 アジのフライ @northnorthsouth

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