第8話 電撃少女に訊くべきこと

 翌日。夏休み前の最終日。

 先生も含め、弛緩した空気のまま終業式とホームルームを終えた俺は、ファミレスに居た。


 目の前には椎名しいなゆい

 彼女は二種類のハンバーグにサイコロステーキが付いたセットメニューと大盛りのごはんを頼み、サラダを追加するような自然さでメガ盛りのポテトフライを注文した。容赦ねえな。


 澄ました顔をしていても、隠しきれない幸せそうな彼女を水を飲みながら見守る。


「……なに?」

「いや、なんでもないけど」


 こんなお淑やかそうな見た目をしておいてこれだ。きっと普段なにそれ? お腹の足しになるの? みたいなものばかり食べてるからその反動なんだろう。


「それで君は、あの後輩の身体について分かったことがあったのかな?」

「……それなんだけどな」


 こほん、と誤魔化すような咳払いをした椎名に、昨日のことを思い出しながら口を開く。


「多分……いや、確かに俺はあいつの出した電気に触れた。触れたはずなんだが。なんの、感触も無かった」


 椎名はじっと俺の方を見たまま手元のグラスを傾ける。


「電気に触れるほどの距離まであの子に近づいて、一体何をしていたのか私は聞くべき? 抱きしめでもしたのかな?」

「べ、別に変なことはしてない。それで、どう思う?」

「ふうん? まあ、目に見えるほどのアレに触れたのに何も感じないっていうのは、おかしな話だよね」

「なあ、椎名。もし七海から出てるのが電気、いや、電撃じゃないとしたら。一体、あれは……」

「私たちにそれが分かるはずもないよ。見た目はどう見ても電気。でも、電気じゃない。分かることがあるとするならそれはひとつだけ」


 結露したグラスを指で拭った椎名は、小さく息を吐いてから。


「あの後輩は、なにか嘘をついている」


 ――嘘。

 それは一体、何を指しているのだろうか。

 

「……そんな顔しないでよ。考えたって分からないんだし。理由があるのかもしれない。だから君がやることは決まってる」

「お待たせしました〜」


 じゅうじゅうと音を立てながら運ばれてきた料理をきらきらとした目で見つめる椎名。はわわわ、という声が聞こえてきそうだ。


 続けて俺の目の前に置かれた唐揚げ定食。

 椎名はいただきます、と手を合わせてハンバーグを丁寧に切って頬張る。めっちゃ熱そう。


「はふ。おいひい」

「うん……それで?」

「……? 君、食べないの?」

「食べるけどさ。え? さっきの話終わり?」


 椎名はもぐもぐとハンバーグを咀嚼しながら思い出すように目を泳がせる。


「お待たせしました〜」


 目の前にメガ盛りのポテトフライが置かれる。椎名はそれをひょいとつまんで。


「はい、あーん」

「…………なんの真似だ」

「……そういうとこだよ」


 呆れたように自らの口にポテトを放り込むと、椎名はぼやく。


「敵に、塩を送るような真似はしたくないんだけどなぁ」

「なにか言ったか?」

「なにも」


 ぼそぼそとつぶやいた椎名に訊ねる。

 彼女は何事も無さげにポテトをいくつかつまんでから。


「君が、あの子に訊けばいい。なんで電撃が出るなんて嘘をついてるんだって」


 そう言った。

 あれが電撃じゃないならば、俺はそうするしかないことくらい分かっていた。でもその質問に、七海は答えてくれるだろうか。


 そして、もうひとつの可能性についても俺は考える。


「昨日確認したのが俺の勘違いで、本当に電撃出てたらどうしよう」

「それはかなり面白い。是非一発喰らって来てもらいたいな」


 他人事だと思ってるなこいつ……。

 俺はようやく唐揚げに箸を伸ばす。鶏天も美味いんだが、唐揚げもまた美味い。そして安い。やはりファミレスは学生の味方だ。


「しかし、嘘つきばっかりだね。君は自分の気持ちに嘘をついて訳の分からない理由で告白を断るし、あの子も嘘をついている」

「まだ嘘だと決まったわけじゃない」

「素直になれと言ってるんだよ」

「……分かってる」


 中々難しいものだ。

 付き合いが長ければ長くなるほど、変な意地や想いや感情なんかが邪魔をする。簡単に言えそうな言葉が言えなくなる。


「まあでも椎名が居てくれて良かった。俺一人だったらどうしていいのか分からなかったしな」

「……私は何もしてない。まったく、こんなくだらない話に付き合わされる方の身にもなって欲しいね」


 どこか照れ臭そうに言う椎名を見て苦笑する。

 

「そういや、夏休みは何するんだ? 椎名は」

「家で本を読んで、部室で本を読んで、時々図書館に行って本を読むよ」

「それ夏休みにやる必要あるか?」

「夏だからいいんだ。夏に涼しい部屋で好きな本を読む。これ以上の幸せがあるか?」


 そういうものなのだろうか。

 七海も楽しい夏になりそうだと言っていた。

 俺も、後からそんなふうに思えるような夏を過ごすことが出来るだろうか。


「だから、まあ。何かあったら話くらいは聞いてもいいよ。私は幼馴染だからね」


 料理の載ったプレートに視線を落としたまま、椎名が言う。


「幼馴染、関係ある?」

「あるよ。そうじゃなければ私は君なんかと話をすることはないからね。絶対」

「そうだったのか……感謝しないとな」


 俺はひょい、と唐揚げを箸でつまんで椎名のプレートに載せてやる。椎名は怪訝そうな目でこちらを見た。


「これは?」

「感謝の気持ち」

「…………」


 椎名は唐揚げと俺を交互に見た後、不満そうにそれを小さな口で頬張った。


「うまいか?」

「……うん」


 ごくん、とそれを飲み込むと、椎名は立ち上がる。


「ごめん、ちょっとお手洗い」


 そそくさと席を立つ椎名に視線だけで返事をする。窓の外を見ると、夏休みの始まりを告げるような青空が広がっていた。



***



 私、椎名結はお手洗いの鏡を見つめてため息をつく。


 嘘つきばっかりで嫌気がさす。

 素直になれないあの人たちを見ていると、どうにも焦ったい気持ちになる。


 でも。でも。


 一番の嘘つきも、素直になれないのも。

 全部、私なのかもしれない。

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