第6話 電撃少女は譲れない

「まさか本当だとは思わなかった……。ちょっと、もう何がなんだか分からないや。むしろ引く……」


 実際に散った青い火花を見て、机に座ったまま頭を抱えてドン引きする椎名と、入口の前に立って何故かぱちぱちと電気を散らして自慢気な七海がそこには居た。


「これまではよくも全てにおいてマウントを取ってくれましたね。今直接やり合ったら、絶対に私が勝ちますよ」

「ごめん、近寄らないでもらえるかな? 負け犬が移るから」

「……い、いいでしょう。手始めにあんたの電子機器全部おしゃかにしてあげますよ……!」


 な、なんてレベルの低い争いなんだ……!

 七海は鳴りもしないのに拳を鳴らそうとなんか必死になってるし。


「――とりあえず落ち着こう二人とも。この問題を解決するには協力が不可欠だ」

「誰のせいでこうなったと思ってるんですか」

「お昼ごはんの奢りが無ければ絶対にお断り」


 被せるようにして辛辣な声が返ってきた。

 そもそもこの二人に協力など無理だった。長年の経験で俺には分かる。俺が動かねば。

 

「七海。まだ俺のせいだと決まったわけじゃないだろ?」

「他に理由があると言うのなら聞きます」

「椎名。どう思う」

「そもそものトリガーは帆高が告白を断ったことだと言うのなら、そうなんだろうね。ただ、付き合ったら治るというのは短絡的すぎるかな」

「さらっとせんぱいを名前呼びするなよこのアマ……って伝えてください」


 絶対聞こえてるから。直接言えよ。


「こんなことになったのがこの子でよかったよ。それを悪用しようとするようなやつでなくてね。精々あれだろう? 夜道で光るくらいしか使い道思いつかないんだろうから」

「他にもあるし。……む、虫よけとか」


 俺は深く頷く。うむ、確かに。七海なら変なこと考えないだろうしその点は安心だ。


「あと、光ると綺麗です」

「まずやるべき事としては、基本に立ち返ってこの現象が起きた時の状況の再現だろうね」

「なるほど……それは試すべきだな。直接見ることでなにか他に分かることがあるかもしれない」

「なんで無視するんですか」


 七海が頬を膨らませると、また電気が散る。

 椎名はゆっくりと椅子から立ち上がり、興味深そうにつぶやいた。


「しかし、直接視認出来るほどとなるとかなりの……」


 そう言って七海の方へと手を伸ばす。

 七海は驚いたように身を引く。その動きに合わせるようにして纏っていた電気が消えた。


「……どういう、つもりですか。あなたが別に感電しようと気にしませんけど」

「別に、触ろうとはしてないよ。……君はそれを、自分で出したり消したりの調整が出来るのかな?」


 七海は一度こちらを見た。黒い瞳が俺を捉えて、すぐに逸らされる。


「そんなこと聞いて、どうするんですか?」

「君がその電気を自らの意思で扱えているのか否かによって、対応も変わるからね」

「……扱えませんよ。せ、せんぱいのことを考えたりしたら出て、別のこと考えたりとか深呼吸をしたら落ち着きます」

「なにそのめちゃくちゃ雑な取扱説明書みたいな感じ……」

「ふん。私は取扱説明書読まずにゲーム始めるタイプなんで。でもこれで分かったでしょう。せんぱいが関係しているのは間違いないです。


 呆れたように椎名は七海を見つめる。

 俺は珍しくこの二人がちゃんと会話をしているので、黙って話を聞くに徹する。


「……まあ、いいか。じゃあ帆高、この生意気な後輩をこの神聖な部室から一度追い出してくれるかな」

「なっ! あ、あんたとせんぱいを二人きりになんてしたらどんなことになるか。それだけは聞くわけにいきませんよ」


 椎名がそう言うのなら、なにか理由があるのだろう。


「七海。少しでいいから二人にしてくれ」

「嫌です」

「頼む、七海。すぐ終わる」


 彼女は納得いかないように下唇を噛む。

 そして、ほんの少しだけ頬を染めて言う。


「じゃあ、待ってるので。一緒に帰ってくれますか?」


 背後で椅子が鳴る。椎名の椅子だ。

 仕方ない。それくらいならむしろ安いもんだ。


「分かった。後で教室迎えにいく」

「約束、ですからね。そこの幼馴染。変なことしたら燃やしますよ」

「いつから君は炎系能力者になった?」


 七海はなにも言い返さずに大人しく踵を返すと、扉を開けて出ていく。扉を閉める途中でぴっ、と舌を出したかと思うと、彼女はそのまま廊下を駆けていった。


「……それで? なにか手はありそうか? 俺に出来ることはあるか」


 俺は椎名の方へ向き直って訊ねる。

 彼女はまた先程と同じように両手に顎を乗せると、つまらなそうに答えた。


「今の時点では何も分からないよ。とりあえず、さっき言ったことも含めて色々試してみるしかないね。君に出来ることをあえて言うのなら、一度付き合ってみたらいいんじゃないかな」


 どこか拗ねたような声。

 いつの間にか陽は傾き始めていて、背後の窓からは橙色の光が差し込んで部室を染める。


「……そういう、なし崩し的なのはやめとくよ。俺はこの問題を解決して、あいつにちゃんと告白する」


 俺が頬をかきつつ答えると。


「……ふうん。まあ、いいんじゃないかな」


 それだけ言って、椎名はまた文庫本を開く。


 話は終わり、という合図だ。

 結局まともなヒントは得られなかったが、またなにかしらの気づきがあれば、椎名の方から話してくれるだろう。


「ありがとな。また来るよ」

「――ふたつ、試してみて欲しいことがあるんだけど」


 椅子を立った俺の背中に声が掛かる。

 振り返ると、椎名は文庫本に視線を落としたまま、こちらを見ることもなく口を開いた。


「ひとつ。君の後輩はあの馬鹿げた電気、電撃を出せる量に限界はあるのか? ということ」


 そこまで言って、椎名は俺を見る。

 夕焼けに染まる部屋の中、ただ本を読む彼女の姿はやけに絵になっていて。


「そして、もうひとつ。……こういった異常時には、まず目に見えているものを疑うべきだよ」

 

 見えているもの。それはつまり。


「――あの子から出ているのは。本当に電気、いや、電撃なのかな?」


 考えもしなかった。

 七海は電撃が出ますと俺に言った。実際に見て、俺もそうだと思った。

 でももし、それが違うというのなら?


 俺が考え込んでいる中、椎名はわざとらしくこほこほと咳き込む。


「……あ、あー。それと。明日のお昼ごはん、約束だからね」


 そうだった。そんな約束をしていた。

 少し恥ずかしそうに呟いた椎名を見て、俺は笑って答える。


「分かってるよ。いつものやつな」

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