第5話 電撃少女は幼馴染を許せない

「我ながら唐突だとは思うんだけど、驚かないで聞いてくれ。七海から電撃が出るようになった」


 なんと言おうか迷った結果、俺は椎名にありのままを伝えることを選んだ。彼女に対して回りくどい言い方をしたところで、意味はない。


 椎名はふむ、と顎に手をやると。


「なるほど。……という設定の物語を私に書いて欲しいと? 君もなかなかの性癖だね」

「違う。居てたまるかそんな性癖のやつ」


 そんな奴がいるならお目にかかりたい。いや、かかりたくないな。関わりたくもない。

 

 椎名は文芸部ということもあり、小説の執筆もしている。詳しくは知らないが、賞なんかにも応募したりしているようだ。


 時々書いたものを無理矢理読まされるのだが、普通に面白い。ただ、俺が一番気に入った人物が毎回絶対に死ぬのだけは許せない。


「……違う? じゃあそういう比喩、ということかな?」

「こんな分かりにくい比喩ある? そうじゃなくて」

「え……? じゃあ遅れた中二病……?」


 少しだけ身を捩ると、椎名は可哀想なものでも見るような目を俺に向けた。失礼な。


「比喩でも中二病でもなくそのままの意味だ。……理解出来ないのは分かる。でも事実なんだよ」

「君のその中二病力はいつか物語を作る糧になる。伸ばしていこう」

「そんな言葉も予定も無いんだよな……」


 生温かい笑みを浮かべる椎名を前に、俺は肩を落とす。まあこうなるよね、普通。後輩から電撃が出ると聞いて、それをすぐに信じるやつなんてまずいない。


「……えっと、真面目に言ってる?」


 俺の顔を覗き込むようにして、椎名が訊いてくる。こちらは真面目も真面目、大真面目だ。


「俺がここまで来て冗談を言ったことがあっただろうか」


 はらりと垂れた髪を耳に掛け、その何もかもお見通しとでも言いたげな瞳が俺を見据えた。

 エアコンの音だけが部屋に響いている。


「ふうん。……分かった。じゃあ、そういうことにしておいてあげる。お昼ごはんのためだしね。あの子の身体から電撃が出る。それで?」


 椎名のこういう所が、俺が真っ先に相談に来てしまう理由なのかもしれないな、なんて思った。


「……すまん、助かる。その電撃をどうにか止めてやりたいんだが、方法が分からない」

「うん。そうだろうね。多分誰にも分からないと思うよ? それについてあのクソ……くそ後輩はなんて?」


 それ言い直した意味ある?


「せんぱいが付き合ってくれたら治る、って」

「……へえ。それはなかなか愉快な話だけど。君からしたら願ったり叶ったりじゃない? じゃあ、二人は付き合うことになったのかな」

「いや、なってない。というか、告白されて俺がそれを断ったから電撃が出るようになったというのが七海の言い分だ」


 椎名はそこまで聞くと、顔をしかめる。

 続けて両手に顎を乗せると、不満そうにぼやいた。


「君の話は分かりにくくて困る。それだと君があの後輩に告白されて、断ったみたいに聞こえるんだけど」

「…………その通りだけど」


 椎名の両手から顎がずり落ちる。

 珍しく慌てた様子で彼女は席から立ち上がると、何度かまばたきをしてから叫んだ。


「――っぇえ!? は? ば、バカなのかな君は? 君はあの後輩に告白するために、何度も何度もしつこくアホみたいに私のところへ来てたんでしょう!?」

「デカい声で言うな。誰かに聞かれたらどうする」

「それをなに? こ、断った!? 私が読者だったら君のサイコパスっぷりには引くよ? いや、君はドMなのかな? 付き合える状況をあえて捨てることに悦びを覚えるタイプ?」


 めちゃくちゃ喋るじゃん椎名……。

 俺は断じてドMではないと言っておく。だが、彼女の言うことももっともだ。


 ――俺は、ずっと七海瑠夏が好きだった。


 距離が近いからこそ言えないこともある。

 それでも好きだったから、この中途半端な先輩と後輩の関係を終わりにしようと、告白することを決めたのだ。


 そうして椎名に相談をしながら、入念な準備を重ねていた最中。向こうから、急に告白をされた。まさに青天の霹靂。これが先週の金曜日の出来事。


「一応聞くけど……なんで断ったの? 頼むから私にもわかるように説明してくれないかな」


 呆れたような目が向けられる。

 本当のことを言おうか、言うまいかと悩んだ末に、俺は嫌な汗をかきながら答える。


「七海には、俺から告白したいんだよ」

「うわぁ……バカがいる」


 椎名がぽつりとそう言った瞬間。


 背後で急に、がらりと音がした。

 振り返ると、開かれた扉とその向こうに立つ七海の姿がそこにはあった。


 ――え? 聞かれてた? 俺、終わった?

 

 絶望する俺をよそに、七海は椎名の方を睨みつける。そして、ドスの利いた声で言った。


「やっぱり、あんたか……。この、幼馴染でしかマウント取れない顔だけ女が……」


 すると椎名は動じることなく、にこりと七海に微笑み返す。


「あら。こんにちは。随分と威勢がいいのね。フラれた……いえ、負けヒロインの後輩さん」

「な、なななななんでそれを……? ……あ。せん、ぱい?」


 地獄の底から漏れ出たような声に、俺の背筋は凍る。しかし、先程の話は聞かれてはいなかったらしい。あ、あぶねえ……。


「これは違う! その、七海の電撃についてだな、なんとかしようとアイデアを……」

「こ、こんな女に一体何が出来るって言うんですか? 勉強の出来る胸だけ女が……」


 七海? それもう褒めてない? お前さっきから褒めてるだけじゃない?

 椎名はくすくすと笑うと。


「あら、そちらは貧相なものをお持ちみたいで。頭も、胸も」


 ぎりぎりと歯を噛み締める音が聞こえた気がした。七海は顔を真っ赤にしたまま、自らの胸を隠すように抱いて、言う。


「ちょうどいいんじゃこれくらいがぁ……」


 そう。この二人は昔から死ぬほど仲が悪い。

 後輩と、幼馴染。俺にとってはどちらも大切なものなのだけれど、彼女らにしてみればそんなことは一切関係ないわけで。


 睨み合う二人の間でばちばちと火花が散る。


 俺はそこで思わず目を擦る。

 ……あれ? これマジで散ってない?

 あの、七海さん? これ青い電気、散ってませんか?



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