18時30分

棗颯介

8月7日(土)

★18時02分


 18時30分発の下り電車が到着するまで、あと28分。部活が終わる時間は決まっているから、学校を出て普通に歩けば18時前後にはこの駅に着く。

 無人駅のホームで古びた手すりに身体を預けながら眺める西の空で、昼間あれだけ私を照りつけていたお日様は満足げに今日の役目を終えようとしていて、数刻前まで青い空に映えていた白い雲の色が今は淡いピンクに染まっている。私がいるこの駅の頭上には夜の訪れをゆっくりと待つ深い青色。遠い遠い西の空には優しい茜色。千切れ雲の合間を縫うように西の空に飛んでいく二羽の鳥が見えた。

 誰もいない駅から見える“今日”という世界は、もう終わろうとしていた。


★18時16分


 空の広さに隠れていた街がにわかに光を帯び始める。まるで“今日”への弔いのお線香みたいだ。民家には明かりが灯り、駅からほど近い路地の電柱に少しだけ頼りない光が宿る。

 毎日のように、毎日を想う。あの明かりの一つ一つに集まっている人たちは、“今日”という世界が終わることを毎日どう思っているのだろう。世界が変わらないまま明日を迎えることは一日だってないのに。

 せめて私だけは、“今日”という世界を覚えていてあげようと思う。


★18時28分


 あと2分で電車が来る。私を“明日”という世界へ連れていく。

 少し前まで西の空に広がっていた茜色は、今はもう黒ずんだ青に染まりかけている。もしも世界が茜色のままなら、“明日”に行かなくていいのかな。さっき飛んでいった二羽の鳥は、茜色を助けに行ったのかもしれない。“今日”という世界を終わらせないために。

 夏の夕暮れに温く優しい風が私の頬を撫でる。

 “明日”に進みなさいって、“今日”の世界に言われた気がした。


★18時30分


 時間通りに到着した電車に乗る間際、私はもう一度だけ振り返る。

 “今日”の世界は、今日も終わった。


「———さようなら」


 私は、“明日”に進む。

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18時30分 棗颯介 @rainaon

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