11.一緒にいる

 自分達の部屋に戻ってきたサザとユタカはとりあえずベッドに座って、一息ついた。窓の外は真っ暗で、城の建物の窓から漏れる明かりが点々と輝いている。一日中歩き通しだったので、流石に少し疲れてしまった。

 サザは結った髪を解き、髪飾りのすずらん花を外した。花はまだ元気がありそうだったのでベッドのサイドテーブルの上のコップに挿して水差しの水を注ぐ。小さくても部屋に花があるのは何となく気分が良い。


「こうやって出かけるのは久しぶりで楽しかったな」


 ユタカはベッドに腰掛けた、伸びをしながら言った。


「うん、すごく」


「少し、元気出た?」


「……うん」


 確かに良い気晴らしにはなった。でも、ふと息をつけば、心の中の大きな不安はすぐにサザの元にそのままの姿で戻ってくる。

 ユタカはサザの様子を察したようで、伸びをして後ろに伸ばしていた手を元に戻して、隣に座ったサザの目を覗き込んだ。


「ねえ。ユタカはお父さんとして陛下に会えてどんな気持ちだった?」


 ユタカはサザの急な質問に明らかに戸惑った顔をしたが、暫しの沈黙の後に口を開いた。


「聞いたときは凄く混乱したよ。だって国王が父親なんてとんでもない話しだから。……でも」


「でも?」


「嬉しかった。ずっとずっと会いたかったから。こんなことを言ったら、サザを傷つけるんだろうけど」


「ううん。本当のことが聞きたかったから、それでいいよ」


 サザが俯いたまま微笑んだのを見て、ユタカはそっとサザの肩を抱いた。


「明日から、カーモスの国境に行くんだよな?」


 サザは、ユタカのその言葉が単純な行先の確認ではないことを感じ取った。


「うん。でも私は絶対に仕事に私情は挟まないから心配しないで。元々戦闘は想定されてない任務だし、カーモスに行くと言っても危険じゃないよ。明日は朝早く出るから、ユタカは寝てるかも」


「おれが寝てたら起こしてくれる? サザの顔見ておきたいから」


「……いいよ」

 

 ユタカはサザの返事に笑窪を見せるとベッドの上に足を上げて胡座をかき、サザの腰を抱いて自分の脚の上に引っ張り上げた。


「わっ!」


 サザが突然のことに小さな声を上げるも、ユタカは何事も無かった様に身体に後ろから腕を巻きつけて抱きしめサザの頭に顎を乗せた。


「……どうしたの?」


「抱きしめたかったから抱きしめた」


 サザは自分の身体を後ろから抱きしめるユタカの身体の、想像以上の温かさに驚いた。吐息からさっき店で飲んだ葡萄酒の匂いがする。


「サザ」


「なに?」


「こないだウスヴァがサザにキスしただろ」


「……うん」


「あの時おれは本当にウスヴァを殴りたかった。殺してやりたいとも思った」


「……」


 ユタカが急に物騒なことを言い出したのでサザは驚いて思わず振り向くと、ユタカはそのままサザの頬に手を当てて自分の唇をサザの唇に押し当てた。葡萄酒の味がする。しばらくの間の後ユタカは近づけた顔をそっと離し、親指でサザの唇をそっと撫でた。サザは少し照れて、ユタカと目線を逸らすようにまた前を向いた。ユタカはもう一度サザの頭にとんと顎を乗せた。


「でも、おれは自分のあまりの嫉妬深さに心底うんざりしたよ。サザがあんな状況で、そんなことを気にしてるなんて。こんな奴でごめんな。酒飲んでないとこんな事言えないから」


 後ろにいるユタカの顔は見えないが、サザを抱きしめる腕に力が込められたのを感じた。ユタカがサザはユタカの抑えきれずに溢れたような感情が本当は嬉しかったのだが、あの時の出来事を思うと喜んではいけない気がした。


「サザ。おれは、サザは母親には会って欲しいと思ってるんだ」


「え……?」


「サヤカがサザがイスパハルにいて良いはずない言ってたけど、それは絶対に違う。サザは誰が何と言おうと、ここにいていい。もし違うという奴がいたらおれが絶対に守るから。例えそれが、陛下でも」


「……うん」


「でも。もしサザが本当に母親に会いたくて、カーモスの人間になりたいというならおれはそれを止める事は無いよ。サザは今まで散々辛い想いをしただろ。サザの人生はサザのものだ。どう生きようとサザの自由だよ。だから、サザに幸せに生きていて欲しい。おれの本当に大切な人だから」


「ユタカ……」


 サザはユタカがサザを後ろから抱きしめている理由が分かった気がした。きっと、サザの目を見たら言えなくなるからだ。サザは思わず、身体を捻って真後ろにあるユタカの顔を見た。ユタカはサザが思っていたよりもずっとずっと不安そうな顔をしていて、泣きそうですらあった。

 やっぱり、この人は優しい。優しいから、自分の気持ちを後回しにしてサザの幸せを願ってくれるのだ。それはユタカの大好きなところでもあるが、今はそのユタカの優しさがサザには少し悲しかった。

 ユタカが「絶対にカーモスになんて行かないで、ずっとおれと一緒に居て」と言ってくれたら自分の揺らいだ決心が直ぐに固まったのにと思うのは、我儘だろうか。

 もちろんサザは母親には物凄く会いたい。でもやっぱり母親に会うよりも、弛まぬ優しさを真っ直ぐに向けてくれるユタカと大好きなリヒトとアスカ、カズラとアンゼリカ、そして、沢山のイスパハルの人々と、サザはずっとずっと一緒に居たいのだ。やっと見つけたこの居場所を捨てることは、どうしてもできない。


「私はずっとここにいるよ。ユタカの隣に。カーモスの人間になんてならないよ。ユタカも私の本当に大切な人なんだよ。だからずっと一緒に居よう」


「……ありがとう」


 サザはユタカの身体をぎゅっと抱きしめた。ユタカはそっとサザの身体に手を回して抱きしめ返してくれた。

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