新人・志藤 凛の嘆き

「どう思うぅ?榊原くん。やっぱりまたスカラー化、頻発するのかなァ?」


長官室に呼び出された一茶子は、長官とお茶をすすりながら、高そうなソファに座り、高そうなテーブルの上に、ダルそうに横たわる猫の腹を撫でていた。


「データ不足のため、何とも言えませんが…連続2回のスカラー化、そして前回のフェーズ3発生から約1ヶ月経過後の、間の空かない発生。

スカラー線の本質、発生源等が解明されていない以上、ここ数年の件数激減に比べれば、増加の兆しが大いに『ある』、と考えておいた方が良いかと思っております。」


「そうだよねェ…いつどうなるかわからないから、スカウト活動にもそれなりに力をいれてるわけだしねェ…。」


この気の弱そうな男は、山吹欣二やまぶききんじ64歳。

半国家組織である、ラージナンバースクワッドのトップである。


「どうだい、その後。今回の新人さんたちは、4名だったよね?上手くやれているかい?そろそろリーダーを決めるころだと思ってねぇ。」


欣二も高そうなソファに腰掛け、猫の腹をわしゃわしゃと撫でる。


「そうですね。能力的には、誰が突出している、ということはありませんが…

志藤 凛 隊員が最も真面目で、訓練時の態度も良好です。品行方正、という言葉がしっくりきますね。

リーダー役のポテンシャルも、十分にあるかと。」


「ニャァー」


「おぉーザ・ボス、可愛いですねェー。おやつですよぉー。

…あとは本人次第、ということになるのかなァ。」


欣二は満面の笑みで、ポケットからチュールを取り出し、封を切る。


「ええ。今の時代、無理やりやらせるとパワハラと言われかねませんし、何より皆若いですからね…。

明日、リーダー適性を判別することを兼ねた最終訓練ですから、その結果次第ということにはなりますが…私は彼女を推薦します。」


「ふむ。じゃ、明日を楽しみにするとしましょうかねぇ。」


2人はそう言って、組織で飼っている猫…ザ・ボスを無言で愛でるのであった。



「輝く緑は正義の証!

疾風ガンナー・ライメードファイヤー!

ここに参上!!」


1人の短髪スポーティな少年が、訓練場の片隅で名乗りを上げながら、カクカクと不慣れなポージングをキメていた。


「ねぇ遠藤くん…何してるんです?バカなんですか?」


それを見たポニーテールの小柄な少女が、額の汗を拭いながら冷ややかな視線を送る。


「やっぱさ、戦隊といえばキメゼリフ…そんでキメポーズだろ?!明日のために練習しとこうと思ってよ!!」


「ふーん。頑張ってくださいね。じゃ。」


「おいィもっとノってこいよォ!みんなでキメポーズやろうって!!俺が考えてやるからさぁ!!」


この少女が、一茶子にして品行方正と言わしめた、

ルーキー・志藤 しとう りん14歳である。


「遠藤くん…『コードネーム』、自分で考えたんですか…?」


「そりゃそーだろ!記念すべき、俺のコードネーム!んで、決められるの一回こっきりなんだぜ?!他のヤツになんか任せられっかよ!」


この少年は、遠藤未來えんどう みらい14歳。

今回スカウトされ入隊したルーキー4人のうちの1人である。


人員が増えすぎたことで、多くの問題を抱えている最中の『スクワッド』。

だが、もちろんさまざまな事情で辞める者もいるし、何よりスカラー線による諸々の事件は『災害』なのだ。


いつ、どこで起こるか分からない。


そんな時に「人員が足りない」という結果になってしまっては、組織として意味が無くなってしまう。

それに、東京が『怪人無法地帯』と化した際は、人手不足の影響による余計な被害が多かった。それをよく知る現在の上層部は、何は無くともそれなりの規模の人員を確保しておくのが妥当、と考えているのだ。


「え?!お前ら自分で決めないの?!

じゃあどうすんだよ?!誰に決めてもらうんだ?!コードネーム『だけは』家族にも教えられねーんだぜ?!」


組織には、もちろんルールがいくつかある。


・隊員が未成年の場合、組織、及び『スクワッド』に所属することは、家族には開示される。その家族には、守秘義務が発生する。


・但し、コードネームは家族といえど完全非公開である


・コードネームは変身時に使用するため、基本的に変更できない。


・本人、もしくはスクワッドメンバーが決定権を持つ。


・しっくり来なかった場合、個人情報を伏せ、ヒーロービジュアルのみを公開した状態で一般公募が行なわれることがある。


※一部のルールを抜粋



「ぼ、僕は考えてるところなんだけど、なんか良いのが思い付かなくってさ…。」


ヒョロッとした、一見身体の弱そうな長身の少年が、パイプ椅子に腰掛けたまま、焦ったような口ぶりで声を出した。


「私も、うーん…考えてるんだけどねー。こういうの苦手、っていうかー。

可愛ければ何でもいいかなー、って思うのよねー。」


ハツラツとしてはいるものの、物言いや内容はあまりハツラツとしていない少女が、にこやかにスマホを叩きながら続ける。


「なぁンだよお前らー!自分のコードネームなんだから、そこはやる気出せよー!…そうだ!俺が考えてやるよ!

あ、志藤はどうなんだ?!」


未來は『あり得ない』とでも言いたげな顔と態度で、その場で軽く地団駄を踏み、最後に凛の方に問いかけた。


「…わ、私はそういう、子どもっぽいのはやらないんです!ただ、遠藤くんに考えてもらうのだけは絶対イヤ!」


「えー?!何でだよ、考えさせてくれよー!」


「変なのにされそうだもん、ダメです!」



しょうもない喧嘩、もとい戯れを楽しむルーキー2人と、その様子に呆れながらも、明るい眼差しで見守るルーキー2人。


しかし、3人はまだ知らなかった。


そう、1人だけが知っていた。





凛が、自分のコードネームを考えるのが楽しくてここ数日ロクに眠れず、


「明日の最終訓練、すっごい不安だな。頑張って考えたコードネーム、みんなに受け入れてもらえるかな。」


と嘆いていることを。

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