左回りの懐中時計

黒猫館長

「異郷で生まれ、故郷で消えゆく」

 仕事のない日もジュリー・ブラッドリーに休みはない。ブラッドリー家の召使として家事に従事していた。今はイギリスにある巨大な屋敷の厨房で、同僚のメイドモモセヒカリと共に夕食の用意を進めているところである。


「煮物の用意は終わりました。あと魚の仕込みも。」


「ありがとう。ならあと刺身包丁とか研いでおいてほしかね。お造りは恥ずかしかもん出しぇんけんね。」


「承知いたしました。…っていうかこれ超本格的な日本の懐石料理なんですけど…。いつ解禁されたんですか?確か、ホームシックになるからこっちでは極力和食は出さないことになってましたよね?」


「今日はエリザベート様のお友達が来るそうばい。日本のうまかもん出しちゃりたかとって。んー、こんくらいん出汁でよかね。」


 モモセは椀のスープの味を確かめつつ、ジュリーに答えた。その言葉を聞いてジュリーの顔は少し陰った。


「…全く聞いてないですね。わー嫌な予感がしてきたぞ。」


 長年の経験から碌な目に遭わない予感をひしひしと感じていた。



 ジュリーはエリザベートの友人が着くと連絡があったので屋敷の玄関に控えた。もう一人の屋敷のメイド、ジューンが運転する車が到着し、扉が開く。


「ようこそおいでくださいました。レア・エヴァンズ様。」


 ジュリーは彼女に頭を下げる。ちなみに名前を聞いたのは五分前である。白みがかった金髪のレアはジュリーを興味深そうに数瞬眺めると、彼に両手で指さした。


「おお!君があの有名なジョニー君だね!」


「ジュリーです。」


「ははは!/(^o^)\ナンテコッタイ!」


 なんだこいつという気持ちを隠し、ジュリーは扉を開ける。


「ディナーの用意ができておりますので、どうぞこちらへ。」


「あーららたんぱくなのねー。」


「人見知りなのよ。いつもあんなだから友達の一人もいない残念な男、存分に嘲笑してちょうだい。」


 ジューンはそう言いながら、レアと肩を組んだ。短めの白髪と、だらしなく着たメイド服がトレードマーク。ジュリーはその行動に少し顔をしかめた。


「ジューンさんお客様に失礼ですよ。」


「はっ!私の社交能力を甘く見るんじゃないわよこの駄犬。あなたと違って私なら初めて会った女の子と数十分で親密なお友達になれるのよ。ねえレア。」


「そうねジェーン!」


「ジューンよ。」


 二人でグッと親指を立てあう。まあエリザベートの友人ならいいかとジュリーはあまり追求せずに二人を屋敷に招き入れた。


 玄関にはすでにエリザベートが待機していた。レアが入ってくると満面の笑みを浮かべる。


「久しぶりだなレア!会えてうれしいぞ!」


「やあリズ!私もうれしいわ!」


 エリザベート・ゼクス・ブラッドリーこの屋敷の主だ。リズというのはニックネームである。それにしても…。


「三回もおんなじネタはやらないわ。だってつまらなくなるもの。」


「ナチュラルに心を読むのはやめてほしいです。」


 その対話を聞いてジューンは笑った。


「ぷっ、貴方って本当に単細胞よね。わかりやすすぎるのよ。」


「せめて素直といっていただきたい。」


 少し納得のいかないジュリーだった。


「さあレア、今日はうちのメイドが存分に腕を振るったディナーだ。積もる話もあるがまずは楽しんでほしい。こっちだついて来い。」


「あらあら、強引ねーリズ。でも嫌いじゃないわ。」


 レアの手を引き案内するエリザベート。その貴族らしからぬ立ち振る舞いは公であれば困ったものかもしれないが、ゆえにレアという女性がエリザベートにとって大切な友人であることを示していた。ジュリーとジューンは何も言わず二人の後ろについていった。


 夕食を終え、レアは満足げに腹をさすった。まるで我が家のようにリビングのソファーにもたれ、隣に座るエリザベートの肩をたたく。


「最高にデリシャスだったわ!日本ってやっぱり素晴らしい国ね。」


「そうだろう!我が家の誇るモモセの作った料理だからな!」


 その言葉にそばに控えていたモモセは頭を下げる。


「光栄ばい。」


「かわいくて礼儀正しくて料理上手なんて、いいメイド捕まえたわねリズ!もう彼女無しじゃやっていけないんじゃない?」


「そうだな。ジュリーなどモモセがいなければこの国じゃ働いてられんと言ってるくらいだぞ。」


「あらあら。ももちーがお嫁に行ったら大変じゃない!」


「も、ももちー?」


 ひとしきり笑った後、レアは深呼吸して少し真剣な声色に変え言った。


「じゃあ、本題に移ろうかしら?」


 その言葉にエリザベートも目を細める。そしてモモセに言った。


「モモセ。ジュリーを呼んできてくれ。」


「はい。」


 そのころジュリーは食器の洗い物をしていた。ジューンはその手伝いである。ジュリーが洗った後、それをジューンが乾いた布でふく。原始的だが、割と高級な器を機械で乾燥させる度胸はなかったのだ。


「それにしても珍しいですね。ジューンさんがメイドらしい仕事をしているなんて。」


「私だって好きでこんなことしていないわ。雑用はあなたの仕事でしょう?愛しのモモセがどうしてもっていうから仕方なくよ。」


「偶にはジューンさんの手料理も食べてみたいものですがね。」


「あら、偶には作ってあげているじゃない。ついに海馬体も腐ったのかしら?」


「いっとくが、スムージーを手料理とは言わせんからな?」


 そんな会話をしているとき、モモセがキッチンに入ってきた。


「何ばいちゃついとーと?…ジュリー君、エリザベート様が呼んどーけん来んしゃい。」


「馬鹿なことを言わないでちょうだい。私のいちゃつきたいのはあなたよモモセ。」


「何馬鹿なこつ言いよーと?ジューンちゃんはうちと残りの洗いもんね。こっちが終わったらうちらも行くけん、ジュリー君は先に行っとってね。」


「承知いたしました。」


 ジュリーがリビングに入るとエリザベートがここに座れと自らの隣を示すので遠慮なく座った。目の前にレアがいる形で話が進む。


「それでジュリー、頼みがあるんだが。」


「お断りします。」


「ぷっは!いきなり断られてる!」


 エリザベートの頼みを瞬時に断った。その様子を見たレアは吹き出しエリザベートは頭に怒りマークを付ける。


「なーんだジュリー?レアの前だから緊張しているのか?いつものように従順でいいんだぞ?いつものようにわかったよお姉ちゃんでいいんだぞ?」


「割と従順なことは認めますが、俺は大体いつもこうですよ。レア様はご友人なのですから体裁をとりつくろわなくてもよいのでは?」


「…。」


「いててて!何無言でつねってくるんですか!?貴女は握力ゴリラ以上なんですからもげる!頬の肉がもげる!」


「何がゴリラだ無礼者!せめてライオンの顎の力並みといえ!」


「咬合力のことですかね!?どちらにせよ握力お化けですよ!ってことで離せえええええ!」


 そんなやり取りをみてさらに笑いが抑えられなくなるレア。ジュリーは頑張ってエリザベートの手を引き離すと、話を戻した。


「冗談はさておき、頼みとは何でしょうか?」


「それは私から。」


 レアはコホンと咳ばらいをすると真剣に話を始める。


「そういえば、ジュリーって冷たそうに見えたけど案外違って安心したよー。」


 わけがなかった。なんともテンポが合わない会話にさすがのジュリーも困った表情を隠しきれなかった。


「そ、そうですか。」


「うんうん、その感じなら旅のお供にぴったりだわ。」


「旅のお供?」


 そこにエリザベートが言葉を付け加える。


「ああ。今回お前に頼みたいのは、レアの里帰りの護衛だ。」


「里帰りに護衛って、どんな紛争地帯に住んでたんでしょうか?」


「違うわよ。むしろ争いのない平和な町だったみたい。」


「みたい?」


 レアの発言にジュリーは少しひかかった。まるでレアがその里に言ったことがないようであったからだ。幼少期のことで記憶があいまいな可能性、もしくはと思考を巡らせているとすぐに答えが返ってきた。


「正確には私の両親の故郷かしらね。私はこのイギリス生まれだから両親から聞いた話と、遺書からしかよく知らないのよ。」


「遺書…失礼ですが、ご両親はすでに亡くなられているのですか?」


「うん。世間的には行方不明ってことになっているけどね。」


「…行方不明ですか。」


「私の両親はね、胎児に戻って消えたのよ。」


「はい?」


「これを見てもらった方が早いかな?」


 渡されたのは彼女の両親が残した遺書だった。ジュリーはそれを読む。そのには彼女の両親の過去についてつづられていた。彼女の両親はかつて時を操る神器によって永遠を手に入れた国に住んでいたこと。変化がなく終わりのない人生に辟易した二人は町を出て普通の生活を求めたこと。しかし彼らが離れたことで神器は暴走をはじめ自分たちの体の時を少しずつ戻し始め、いづれ消えてしまうこと。そして、レアに対する謝罪の言葉が書かれていた。


「お前にはこの神器の回収を頼みたい。人が消えるまで時を戻すことができる神器など、危険極まりないからな。」


「なるほど、だからですか。この神器の影響がレア様にも表れている。異様な力の流れがあるとは思ってましたが納得しました。」


 ジュリーにはこの数年で発現した能力がある。それが粒子操作。ジュリーはこの世を形成する粒子、粒子性を持つエネルギーを観測し操ることができるのだ。ちなみに頭がパンクするので大した操作は行えない。ざっとエネルギーの流れを感知したり、簡単なものを作ることが彼の限界である。


「リズたちのことは知ってるわ。ただの人間である私にはちょっとこの町に一人でたどり着けそうにないのよ。お願い。私の里帰りに協力してください。」


 レアはそう言って頭を下げる。事情を知ったジュリーニ最早断る理由はなかったのだが、モモセはそこに苦言を呈した。


「待ってください。人ば消してしまうほどの神器なんて危険すぎるばい。以前の槍の神器回収任務んことば忘れたと?体中血だらけで、ほんなこつ死んでしまうかもしれんかったばい!またあげん目に遭わせるつもりなんですか!?」


「…。」


 部屋に来たモモセはエリザベートをにらむ。槍の神器、ジュリーは勝手にグングニルと呼んでいるがこれの話はまたの機会に。あの時はジュリーの驚異的な再生能力があったとしても生死にかかわるレベルだったのは確かだ。


「ああ。その可能性を考慮してジュリーに頼んだのだ。」


「ふざけん…!」


 激高しかけるモモセの頬にそっと触れ、ジュリーは言った。


「まあ、神器の力の矛先がレア様以外に向かった場合、一番対処可能なのは俺ですからね。消える前に神器にたどり着けば何とかできますか。」


「ジュリー君!」


「モモセさん、心配してくださってありがとうございます。ですがこの仕事に就いた以上、多少の危険は仕方ありませんよ。もちろん、死ぬつもりなんて毛頭ない、危なくなったら逃亡してもいいですよね主様?」


「ああ。サリム兄さまの協力の下、お前の安全の確保に最善を尽くすつもりだ。」


「だそうです。神器の回収はどちらにせよ誰かがやらなきゃいけないですし、納得していただきたい。」


「…わかっとーばい。ばってん伝えな気持ちは伝わらんけん…本当は嫌なんやけんね。」


「はい。いつも心労をかけさせてしまってすみません。」


「…デザート持ってくるばい。」


「お願いします。」


 モモセが部屋を出る。


「…ごめんなさいね。君の危険のことについて思慮が浅かったわ。ももちーにも悪いことしちゃった。本当に断ってくれてもいいからね。」


「いいえ。大丈夫ですよ。モモセさんも俺のことを大切に思ってくださるから怒ってくれただけです。レア様と主様を嫌いになったなんてことはないと思います。」


「でも…。」


 言いよどむレアにジューンが手を上げていった。


「心配なんていらないわ。以前の経験を踏まえ私たちはより安全な回収プランを構築している。この男がどんなひどい失敗をしようが、死なせたりしないわ。」


「ああ。」


 ジューンの励ましにエリザベートも同意する。その言葉にジュリーはふっと笑っていった。


「頼もしく聞こえますけど、これ四六時中監視ストーキングする宣言ですからね。本当に気を付けてくださいね。」


「ぷっは!/(^o^)\ナンテコッタイ!」


 少しだけ心の鉛が消えた気がしたレアであった。



 一日目_

 

 レアの指示の下、ジューンの運転する車に乗り、二人は車で行けるところまで向かった。車が止まり、レアとジュリーは車を降りる。


「送迎ありがとうございました。」


「別にあなたのためなんかじゃないわ。仲良しのレアのためよ。」


「ありがとねジェーン。…じゃあ、行こうか。」


「ジューンよ。…ねえレア。」


「何かな?」


 するとジューンは指をさしていった。


「送迎のお礼ならその豊満な胸をもませてくれないかしら?」


「おいおいおい何言ってんですかジューンさん?」


「いいよー。」


「いいんだ!?」


「どんと来なよベイビー。」


 レアが胸を張ると、ジューンは遠慮なくその旨をもみ始めた。女性同士だからできる所業だなとジュリーは目をそらした。


「おお、やわらかい!エリザベート様の弾力のある胸とはまた違う、これはこれはまるで高級柔らか枕!いい、いいわ!」


「実況すんなよ…。」


 ジュリーは聞こえないくらいの声でそう呟いた。ジューンは満足すると、お礼を言って手を離した。


「ジュリーも揉む?ここには自信あるのよ?」


「一時の欲に流されるとろくなことにならないのでやめときます。」


「そうよ。この男に揉ませるくらいならその分私が揉むわ。」


「あんたはもう少し自重しろ。」


「あははは!…ザーんねん。じゃあ改めて、行こうかな。」


「ええ。気を付けてね。」


「うん。じゃあねジューン。行ってきます。」


「行ってらっしゃい。そこの駄犬、ちゃんとレアを護衛しなさい。襲ったりしたら殺すわよ。」


「心配なさらずとも、襲いたくなったらまず犠牲者に選ぶのは貴女ですよ。せいぜいおびえて待っていてください。」


「はっ!そしたらモモセに泣きついてにゃんにゃんしてやるわ。エロい意味で。」


「うわーたくましい。では、いってきます。」


「ええ。さっさと行きなさい。」


 ジューンに見送られ二人は歩き出した。目の前は山である。それはそれは雄大な緑の生い茂った山々を目の前にして、ジュリーは今回の依頼を受けたことを普通に後悔した。


「あー疲れたー。」


 一時間ほど歩いてレアはそう叫び、ジュリーに休憩を呼び掛けた。仕方がないのでそれに従う。


「まさか神器の回収のために登山することになるとは思いませんでしたよ。あ、水分補給はしっかりしてくださいね。」


「ありがと。」


 ジュリーがペットボトルを渡すとレアはそれを飲み一息ついた。


「一応ルート的には登るっていうより、山の脇を進んでく感じかな。」


「ちなみにこのペースだとどのくらいかかりますか?」


「んー、大体今ここらへんだから、…あと一か月くらいかな?」


「はい?」


「一か月。」


「…どのような計算で?」


「一日十時間時速三キロで進んだとして、一か月。」


「…。」


 ジュリーは大きく深呼吸し、立ち上がると、荷物とレアを強引に背負って走り出した。


「え、ええ!?どうしたのジュリー!?」


 およそ人間に出しうるスピードではない速さで走るジュリーはそのまま叫んだ。


「ひとつ言わせてください。」


「何?」


「イギリス横断できる距離じゃないですか!」


「そうだね。」


「そうだねじゃない!この樹海の中一か月もいたら心が死にます!温室育ちなめんなよ!」


「ぷっは!確かに!」


「笑い事じゃないです!道案内しっかりお願いしますよ!」


「はいはいオッケー!あ、そこ斜め右行ってね。」


「よく考えるとどうやってそこまで正確に指示できるんですかね!?」


 そうしてジュリーは時短のために数時間ぶっ通しで走る羽目になった。その後、


「今日はここまでにしましょう。」


「ありがとう。…血涙出てるけど大丈夫?」


「能力の使い過ぎです。最初は視力落ちるとかデメリットあるかと思ったんですけど、ほぼノーリスクらしいです。兄さんにむしろどんどん流せとか言われたくらいには。」


「わーお鬼畜ー。」


「テント建てましょうか。」


「うん。あと、ジュリー一つ困ったことが…。」


「なんです?」


「トイレどうしよう?」


「紙とスコップはありますのでテントの風下のほうでして来てください。」


「ええ野蛮…。」


「逆に一か月もこの森の中でどうするつもりだったんですか?簡易トイレなんてそんなに用意できませんよ。」


「考えてもなかったわ。」


「あなたの評価を今一度見直すことにします。悪い意味で。」


 レアが花を摘みに行っている間、ジュリーは血涙を拭きテントを立てた。敷いたシートの上に座りペットボトルの水を一口飲む。その後レアが戻ってきた。


「何か女の子として大事なものを失った気がする。」


「二十代後半の方が女の子ってちょっと変な気がします。」


「うるさいわ!」


「申し訳ありませんが、一時間だけ寝かせてください。さすがに走り続けて疲れたので。」


「わかったよ。」


「ありがとうございます。」


 ジュリーはそう言って座りながら眠りについた。


 約一時間後、ジュリーは目を覚ます。


「起きました。」


「おぉ♪(ノ)’∀`(ヾ)自動目覚まし時計。」


「そういう訓練しましたから。明日のルート確認しましょう。」


 その後明日通る道の確認をしたのち、食事をとった。


「では今日は早めにお休みください。明日早朝に出発いたします。見張りをしておきますのでご安心ください。」


「あら?一緒に寝ないの?」


「貴方はもう少し危機感を覚えた方がいいかと思います。肉食獣に食われたいなら別ですがね。ではおやすみなさい。」


「おやすみ。」


 そして夜レアは眠りにつき、ジュリーは見張りを行って一晩を越した。


二日目


 ジュリーは走った。吸血鬼としての身体能力と能力をフルに活用して力の限り走った。そして日が上がりきる前に疲れ果て、テントの用意をする。


「はあ…はあ…キッツい…。」


「すごいわジュリー!二日で半分超えちゃった。」


「之でも怪異の王とか言われているらしい吸血鬼の眷属ですからね。嫌でもさすがにもう今日は無理です。」


「知ってる知ってる。あっちに小川があったから水組んでくるね。ジュリーは休んでて。」


「わかりました。溺れないように注意してくださいね。」


「川でおぼれたりしないわよー。じゃあ行ってくるね。」


 しばらくして「キャー!」と悲鳴が聞こえ、川でおぼれたレアをジュリーが助けに行く羽目になったのは想像に難くないだろう。


「どうだね私の出汁の入った水のお味は?」


「一気にまずくなった気がします。」


「あ、ひどい!」


 湯を沸かしながらジュリーは嫌そうにため息をつく。その態度にレアはタオルで頭を拭きながら口を尖らせた。


「男の子ってそういうのうれしくないの?私顔は悪くないでしょ?」


「俺の知り合いはそうやって自分の顔の良さを妙に理解して武器にしている人多いんですよね。はあ。」


「使えるものは何でも使うべきよ。」


「諸刃の剣ってことを理解していただきたい。あと、どんな美女の老廃物でも所詮老廃物です。それなめて喜ぶとかどんな変態ですか?」


 ジュリーは沸いたお湯をカップ麺にそそぐ。


「つれないなー。あれかしら?いつも女の子と一緒にいるから耐性着いたとか?」


「ちょっと何言ってるのかわからないです。」


「ほら私が胸を強調しても興味なさそうだったじゃない。」


「今のご時世視線すらハラスメント認定される世の中なんですよ。」


「生きづらいねぇ。」


「もう少し寛容な世界になってほしいものです。」


 その後、三分たったのでカップ麺のふたをとる。二人はそれをすすりながら話を続けた。


「彼女いないの?」


「いませんね。これでも見てくれの悪さには自信があります。」


「人間見た目じゃないよ。」


「レア様に言われても説得力ないですね。」


「リズとかどう?ちょっと粗暴だけど、いい子よ。」


「あの人家事ほとんどできませんからね。生活できないと思います。」


「じゃあももちーか。」


「結婚するなら最高の人ですよ。俺が釣り合うわけないですけど。」


「卑屈だなー。そういえばジューンって仲悪いの?いつも妙に君への言葉がとげとげしいけど。」


「別に仲は悪くないですよ。まああの人男嫌いのようですし、あっちがどう思っているかははかり切れませんけどね。」


 雑談と昼寝をしたのち、昨日と同じように夜を越した。


三日目


「やばいですね。」


「どうかしたの?」


 走りながらジュリーはぼそりとそう言った。質問するレアにジュリーは空を指さした。


「そろそろ一雨きそうです。しのげる場所を探しましょう。」


「あらあら。わかったわ。」


 そうして二人は山のふもとにある洞窟上の場所に目を付け入った。石を材料に作ったクリスタルの水除を創り一息つくと、すぐに雨が降り始める。


「わーお。これは土砂降りだわ。」


「山の天気は変わりやすいですからね。今日はここで寝泊まりになりそうです。」


「わかったわ。」


「…髪短くなってきましたね。」


「あ、わかる?」


 ジュリーの発言にレアはあっけらかんと答える。ジュリーはそれに目を細め、雨の降る外を眺めながら言った。


「目測一年ってところですかね。大体十数センチ。それを図るために伸ばしていたのでしょう?」


 レアの髪は基本短髪なのだが、二本だけ異様に長く伸ばした髪の束があった。前まで腰より下まで伸びていたそれは確かに短くなっていた。


「うん、そうよ。若返るなんて世の中の女性の悲願だよね。」


「貴女、本当に何しに行くんですか?」


「どういうこと?」


「神器の影響はおそらく指数関数的に増大します。ここまま向かえば、消えますよ。あなたのご両親と同じように。」


 彼女の話から選択的に人の時を戻しているのであろう神器が彼女にも確かに影響を及ぼしていることは、ジュリーが出会った時から感知していたエネルギーの流れからわかっていた。本来対象ではない彼女には数百キロの遠い地では大した影響はなかったものの、こうしてそれに近づくにつれ神器は確かに彼女の時を奪っていた。おそらく本気で走れば、明後日には目的地にはたどり着けよう。しかし、それは彼女の消滅を意味しているであろうことはもはや明白だった。


「そうだな。…ジュリーはさ、心ってどんな形をしていると思う?」


「心、ですか?」


「私はね、いうなれば砂時計みたいな形をしてると思うの。いくつかの柱に支えられながら立つ一つの砂時計。中に何か大切ななかみが入ってる、そんな砂時計。」


「…。」


「その柱が、自信とか誇りとか人からの愛情とか。それが無くなってしまうと、柱が壊れて傾いてガラスが割れて、痛いのよ。」


「それが、俺の質問と何の関係が?」


「私はね、心の中身を探しに来たんだよ。どこかに落としてきてしまった大事な砂を見つけたくて来たの。」


「中身ですか?俺には貴女に精神的欠陥があるようには感じませんが。」


「なんていえばいいのかな?私は昔から思ってたのよ。何かがおかしい、何かが正しくないってね。まるでぽっかりと空白があいたようなそんな感じ。最初は他者に答えを求めた、ほら私モテたからお付き合いとかして埋められるかなと思ったんだけど無理だったわ。」


「表面的なお付き合いしかなさらなかったのでは?」


「ははは、そうかも!」


 ジュリーはコーヒーを淹れ、レアに一つ渡した。レアは飲もうとしてアツっと顔をしかめると、コーヒーを冷ましながら話を続けた。


「だから両親が消えて、故郷の話を聞いたときはなぜか納得したよ。きっとここに答えがあるって確信して故郷のことを調べ始めた、それが大体リズと出会ったくらいかしらね。これでも頑張ったのよ私。」


「人間だれしも心の飢餓感を抱えてるものだと思いますがね。」


 ジュリーはカバンからスケッチブックを取り出すと、鉛筆を走らせ始めた。


「あ、それ見張りしてる時にいつも書いてるよね。何を書いてるのかしら?」


「教えませんよ。素人は他人にあまり自分の絵を見られたくないんです。」


「あ、そういわれるときになるなー。」


「レア様。」


「何かしら?」


「俺としてはあまり主様を悲しませたくはないんですよ。それでも一緒に行くつもりですか?方法はまだたくさんあるはずです。」


 ジュリーはスケッチブックに目を向けたまま、そういった。ゆえにレアがどんな表情であったかはわからないが、彼女は


「行くよ。それでいいの。」


 そう答えた。


四日目


 雨が止むと、すぐに出発した。その日二人はほとんど言葉を交わさず、ただ一日が過ぎていった。


そして五日目の朝


「/(^o^)\ナンテコッタイ!」


「おはようございます。いかがいたしましたか?」


 起きた瞬間レアは騒がしかった。テントから出たレアは昨日と印象が少し違っている。


「胸が、…自慢の胸が縮んじゃったわ!」


「目算十年戻ったってところですか。まずいですね。」


「冷静だね君!後悔しないの!?私の柔らかな高級枕にもう触れないんだよ!」


「あなたはもう少し恥じらいを覚えてください。っていうか問題はそこじゃないでしょう?」


「え?私のお胸以上に何か問題が?」


「冗談だと思いたいけどたぶん本気なんですね。…簡単に言いますと、今日中には目的地に着くはずなんですよ。」


「それは朗報だわ。」


「しかしこのペースだと、貴女は目的地に着く前に消える可能性が高いです。」


「オーマイガー!」


 レアはオーバーリアクションののち、目を伏せて微笑した。


「でも、その可能性は考えてたよ。仕方ないことだわ。」


「…俺の能力を使えば神器の影響を軽減はできますよ。時間制限付きで根本的解決にはなりませんし、それで光明が見えるわけではありませんがね。」


「驚いた。君ならじゃあ帰りましょうかとかいうと思ったのに。」


「かえっていいなら帰りますよ。じゃあ帰りましょうか。」


「いやいやいや、進もう!もう少しだけ、付き合って。」


「承知いたしました。」


 出発の準備を終え、ジュリーは能力を発動し走り出した。


その道中、


「ジュリーはさ。」


「はい?」


「リズが結婚できると思う?」


「できるんじゃないですか?貴族の令嬢ですし、家庭的ではありませんが善い人です。容姿の良さもありますし、結婚したいと思う男は多いのでは?」


「そうねー。でもあの子、自分より強い人としか結婚しないって言ってたわよ。いると思う?」


「吸血鬼の真祖より強い…ですか。いないとは言いませんが選択肢は一気に狭まりましたね。」


「でしょ?だからね、君にはリズと末永く仲良くしてほしいのよね。君がいればきっとあの子も寂しくないだろうし。」


「まあ、善処します。」


 神器の影響力はどんどん強くなる。レアの体はそれにつれ縮んでいき、今や子供サイズだ。しかし多少の無理をしたおかげか、目的地に到着する。そこはただの山だった。レアはジュリーにはよくわからない装置を見比べぽつりとつぶやく。


「うそ…。どこにも…ないじゃない。」


 レアはジュリーの背から降りるとへたり込む。


「そっか、戻っちゃったんだ場所すらも、残ってないんだ。」


 ジュリーは血涙を流しながらあたりを見渡す。そして青く光る剣を創り出しいった。


「そういうわけでもなさそうですよっと。」


 ジュリーが剣を振るうと、まるでガラスが割れるかのように景色が割れた。レアはそのありからざる光景を目を見開いて眺めていた。割れた景色が地へ落ち消えると、そこには国があった。石造りの建物の立ち並ぶ人がいないこと以外、つい先ほどまで生活がなされていたような国が。


「ぐう!マジか、神器の力きっつ。早めに見つけないとあんまり持たないですよ。」


 レアは何も言わずに歩き出した、その体はどんどん縮んでいく。そしてレアは涙を流した。


「そっか。ここが私の故郷。」


 ジュリーは神器を探した。一番力の強い場所、それはすぐに見つかった。しかし、


『近づけないぞ。どうするか…時間がない。』


 このまま触れようとすればおそらく二十年ほどのジュリーの人生などすぐに奪われてしまうだろう。自分一人では対応できそうになかった。対処出来うる人間を呼ぶことを決め携帯を取り出そうとしたのだが、そこでレアが言った。すでに幼児ほどの姿になった彼女はある場所に指をさす。


「じゅりー、あそこに私を置いてくれないかしら?」


 その姿を見てジュリーは確信し、何も言わず彼女を彼女が指をさした祭壇のような場所へ連れて行った。


「そう、みんなここで祝福されたのよ。生まれたことを出会えたことを。」


 ジュリーは祭壇の隣に座り顔を伏せた。


「ありがとう。私はいまとても…幸せよ。」


 限界だった。能力が弱まると、祭壇から赤ん坊の泣き声が聞こえた。しばらくその声が続くと、か細く消えていった。するとあたりが一面光に包まれ、目を開くと世界は一変していた。たくさんの人間たちがまるで予想外のことでも起こったかのように呆然と立ち尽くしていた。そしてすぐに騒がしくなる。知らない言語だ。ジュリーは目元をハンカチでふくと立ち上がり、彼らのことなど気にせず歩き出した。


「あrひあお!!!」


 神器の場所まで行くと何か人間が叫んでいたが無視してそれを手に取った。神器は懐中時計のような形をしていて、左回りに回っていた。そしてそれを止める。すると微弱なエネルギーの流れがすべて消えた。人間がやかましく叫び襲い掛かってくる。それを気絶させ、外に出た。外は騒がしかった。その中に理解のできる言語で離す男女がいた。


「どうして私たちはここに?たしかに私たちはイギリスに…。」


「すこし、お話いいですか?」


 彼らを人のいない場所に呼び話をした。


「この神器は回収させていただきます。あなた方の永遠は、これで終わりです。」


 二人はそれに納得した様子で、男のほうが言う。


「それで良いのです。人間にその神器は手に余る。永遠なんてあるだけつらいだけですよ。変化がない世界は死と同じですから。」


「あなたの人生観などどうでもいいですね。」


 それに男は少しむっとした様子だったが、ジュリーは気にせず続ける。


「ところでお二人は、レア・エヴァンズという女性をご存じですか?」


「いいえ。エヴァンズは私たちの姓ですが。」


「そうですか。ならいいです。」


 もう目的は終えたはずだった。しかし、ジュリーは少し考えると次のように言った。


「…あなたたちは恋人か夫婦でしょう?もう時は動いているのですからどうせ交わってガキ作ると思います。」


「「え、はい!?」」


 二人で妙に初々しく赤面するのでジュリーは嫌そうに顔をしかめながら続ける。


「そのがきんちょ、ちゃんと愛情込めて育ててくださいね。もしできてなければ殺しますよ。では、さようなら。」


 二人は意味の分からないという顔をしていたが無視してその国を出た。そして電話をかける。


「サリム兄さんですか?神器の回収完了しました。転送お願いします。」


 すると、ジュリーの目の前にワームホールが現れ、そこから男が現れる。背が少し高めで、異様に容姿の整った銀髪の男だ。白衣をはためかせた彼の名前はサリム・ブラッドリー。ジュリーとエリザベートの義兄、神器や魔具、超常の生物を研究しているマッドサイエンティストである。彼の能力であるこの空間魔法はマーキングした相手と自らの空間をつなげ自由に移動することも可能だ。


「おそい。」


「予定の六倍速いですよ。どうぞ。」


 ジュリーは神器を渡す。


「あと、そこの人間たちはどうも魔術を使えるものもいるようです。対処は任せます。」


「ああ。それで、簡単に渡していいのか?これは俺の依頼品ではない。」


「ええ。価値のわからない一般市民に核兵器の発射ボタン渡すより、脅威度のわかっている一国の大統領に渡した方がましでしょう?別に完璧に信用しているわけではありませんがね。」


「なら信用できるようにまた研究の手伝いにこい。人手が足りん。」


「えー。」


「えーじゃない。」


 サリムの力を借りてジュリーは屋敷に帰還した。


「お帰り!けがは…ないようやね。よかったばい。」


「はい。…シャワー浴びて寝ます。」


「あ、うん!」


 シャワーを浴びてさっさと眠りについた。


 目が覚めると頭のあたりがいい感じに暖かかった。この感触は覚えがある。モモセが後ろから抱きしめていたのだ。


「おはよ。」


「はい。」


 これは割といつもあることである。しかし今日はその上腹と足が重かった。見てみるとジューンが腹にエリザベートが太ももを枕にしていた。


「何してるんですか?」


「見ての通りよ。私のモモセを貸してあげているのだからこのくらい奉仕なさい。」


「ジューンちゃんのじゃなかよ。」


「ジュリー、ご苦労だった。レアも本望だったろう。」


「ええ。」


「…。」


「…。」


「あの、走りすぎて足と腹筋パンパンなんでやっぱ普通に枕使ってください。」


「仕方ないわね。」


「まったくだ。」


 二人が起き上がり移動しようとすると、ジュリーは二人を抱き寄せ抱きしめた。


「「む…。」」


「二度寝します。」


 寝息を立てるジュリーを見てエリザベートは笑った。


「アマっ子が。」


 それに対してモモセは浮かない顔で彼女に問いかける。


「エリザベート様とジューンちゃんな気づいとったんやろ?レア様が消えるつもりやったこと、こげなと自殺と同じばい。…ほんなこつこれで、よかったと?」


「止めたさ、だけどあいつの意志は固かった。それ以上私には止められなかったよ。」


「…。」


「それに、別に完全に消えたわけじゃないはずだ。ただ時が戻っただけ、きっとまた会える。私はそう信じているよ。」


「そうやろか?」


「だが一つ寂しいのは、あいつと生きた記録がもはや私たちの頭の中にしか残っていないことかな。」


 人々の記憶や写真など様々な記録からレア・エヴァンズという女性の存在は消えていた。それがあの神器の力だ。並外れた魔力を持つエリザベートたちにその影響はなかったもののその記憶はきっと徐々に薄れていくだろう。


「そうでもないわよ。」


 ジューンはベッド横に置いてあったかばんを探ると、一冊のスケッチブックを取り出し開いた。それを二人に見せる。するとエリザベートは微笑んだ。


「あいつにしては、おとなしすぎないか?」


「ジュリー君らしい描き方ばい。」


「今はこの下手な絵で満足しておきましょう。きっとまた会えるわ。その時は、あの高級枕を揉みしだきましょう。」


「変態やね。」


「貴女に言われるのは本望よ。」


 スケッチブックには優しく笑うレアの姿があった。


「心の中身ね…。」


 それがいったい何だったのかいまだジュリーにはわからなかった。それはきっと誰しもが抱える問題で、多くの人がその飢餓感に苦しんでいるのだろう。その生涯で答えにたどり着く者はどれだけいるのだろうか。ジュリーはこうして眠っているときはそんな苦しみは感じないのでそんなに興味はなかったが、また彼女に出会ったら問い詰めてやろうと思ったのだった。


 

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