第5話


 砂漠は真っ平なわけじゃなくて、公園の遊具くらいの高さの丘が何個もある。目に入った小さな砂の丘を一つ越えると、その先も同じように砂漠が続いていた。仕方が無いのでさらにそのまま歩き続ける。


「なぁ叶斗、いつまで歩き続ければいいんだ」

「そんなの知らないよ。そもそもこの星には文明はあるの?」


 いくら砂漠を歩き続けても街や人里を見つけられなければ意味がない。ポルックスが出てきた鏡の彫刻がとても立派だったからどこかに人が暮らせるような大きな街があるような気がするけど、それが今いる場所からどれだけ離れているのか、歩いてたどり着けるのかも僕達にはわからないのだ。


「あるに決まってるだろ、大きな都市だってある。人がたくさんいて、凄い奴もいる。そこに行けばきっと俺の事を知っている奴も地球に戻る方法を知っている奴もいるはずだ」

「それを聞いて安心した。ところで、ポルックスは自分の事は覚えていないのに、都市があることもこの星の名前も覚えているんだね」

「あぁそうだよ、悪いか」

 ポルックスは少し不機嫌そうに答えた。僕の言い方が皮肉に聞こえたのだろう。

「別に悪くはないよ。僕はこの星の事を全然知らないからさ、知ってることは全部教えて欲しいかな」

「自分の住んでいる星について全部説明しろなんて無茶を言うな。知っている事なら答えてやるから、いちいち質問してくれ」


 たしかにそうだな、と僕は納得して思いついた質問を片っ端からしてみることにした。

「じゃあ、この砂漠の広さはわかる?」

「めっちゃ広い」


 しかし、返って来たあまりに雑な答えに早くも心がくじけそうだ。この砂漠がめっちゃ広いことくらい宇宙の惑星初心者の僕にだって想像がつく。


「この星は殆ど砂漠に覆われているの?」

「俺の知ってる場所は砂漠だけど、他のところは知らねぇな」


 これもまた曖昧だ。僕は日本から出たことが無いけど外国に砂漠があることをちゃんと知っているというのに。ポルックスはもっと自分の住んでいる宇宙の惑星に興味を持った方が良いと思う。


「大きな都市があるんだよね、どれくらい科学が進んでるのかな」

「どれくらいっていうのは?」

「例えば、テレビはある?」

「あるに決まってるだろ」

「飛行機は?」

「なんだそれは」

「人や荷物を載せて空を飛ぶ、羽の生えた鉄の塊」

「さては俺を馬鹿にしてるな。そんな丈夫で、しかも鉄でできた生き物いるわけないだろ」


 どうやらここは、僕の住んでいる日本よりも不便な所のようだ。テレビはあるけど飛行機は無い。この調子じゃきっとロケットもないだろうな。そんな世界で僕はどうやって地球まで戻ればいいんだろう。


「まさかと思うけど、魔法があったりする?」


 自分でもなかなか突拍子もない質問だけど、これだけ不思議な事が起こる世界なら魔法があってもおかしくない。魔法で空を飛んだり瞬間移動できるなら飛行機が必要ないのも納得がいく。


「魔法? 聞いたことがない法律だ」


 でも、僕の予想は外れてしまった。




 知りたいことはたくさんある筈なのに、返事が曖昧なせいか砂の上を裸足で歩いて疲れてきたせいか、僕の質問タイムは思いのほか直ぐに終わってしまった。結局わからないことだらけで何も得られていない気がするけど、どうでもいい会話をしていく間で少しだけポルックスの事を知ることが出来た。


 ポルックスは見た目の割に・・・といっても僕と似たような顔だけど、第一印象の割に世話焼きなところがあるみたいだ。面倒そうにしながらも僕の質問には丁寧に答えてくれるし、知らない言葉は聞いてくれるから話しやすい。


 思えば、家族以外の人とこんなにちゃんと喋ったのは何年ぶりだろうか。僕がクラスメイトと話す内容は「プリント後ろにまわして」とか「ちょっとそこどいて」くらいだ。クラスの奴等と仲良くすることに興味がわかない僕がこんな風に長い間話していられるのはポルックスが僕によく似た見た目をしているからか、非日常的な状況のせいなのかはわからないけど。なんだか年の近い友人が出来たみたいで少しだけ嬉しくなってしまう。


「なんか疲れてきたな」


 僕よりも平気な顔で砂の上を歩いていたポルックスのつぶやきに、僕も共感する。

「そうだね。もう結構歩いた気がするよ」


「でも何も見えてこないな。喉も乾いたし腹も空いてきた」

 僕は昼ご飯をしっかり食べたからお腹は空いていないけど、確かに喉は乾いた。

「大きな街じゃなくていいから、せめて誰かに会って飲み物を貰えたり出来ないかな」


 デタラメな星座の一つを目印にして同じ方向を歩いている筈なのに、歩いても歩いても景色は変わらない。僕たちはいい加減疲れてきた。


 そんな風に泣き言を共有しながらダラダラと歩き続けて、たぶん6つ目になる砂の丘を越えたところで景色に変化が訪れる。


「おい、あれはなんだ!」


 ポルックスはそれが見えて直ぐ、どこにそんな体力があったのかと不思議になるくらいの勢いでダッシュしてその場所へと向かった。僕はもうへとへとだったのでゆっくりとそれに追いつく。


「看板だ」

 ポルックスが見つけたのは砂漠のど真ん中に建てられたベニヤ板の看板。看板には文字が書いてあり、ポルックスが読み上げた。


「『コノサキ ナガレボシセイゾウコウジョウ』だってさ」


「流れ星製造工場?」


 製造しているモノが聞きなれているのに想像が出来ない存在という点はさておき、この世界にも工場があることに僕はなんとなくほっとする。看板の右下に描かれた正円の中に大中小の三つの流れ星が描かれたロゴもなんだかポップな印象で、不安だらけだった広くて肌寒い砂漠に一筋の一等星が見えたような気分だった。

 僕が心を和ませていると、隣で看板とにらめっこしているポルックスが身体を大きく右曲がりにひん曲げて眉間にしわを寄せている。もしかして、この星の住人からしても流れ星を作るというのはおかしな話なんだろうか。


「どうしたの、難しい顔してるよ」

「あぁ」

 ポルックスは首と上半身を傾げたまま答えた。

「叶斗、流れ星ってなんだ」


 なんだ、そこからか。でも工場があるのにポルックスが知らないという事は単純にこいつにも一般常識が無いんだろうな。


「えーと、宇宙空間にある物質・・・ゴミとかが大気圏に衝突して光って見える現象の事なんだけど」

「よくわからないな、それはどうなるんだ?」

「地上から見ると、星が空から降ってくるように見えるんだ」

「なんだそれは、つまり危険なものを作ってる工場ってことか?」

「いや、そういう危ないものでは無いよ、たぶん。それに、流れ星は落ちる前に願い事を言えば叶えてくれるとも言われているんだ」

「へぇ、そりゃ凄いじゃないか。そうだ、俺達の願いも流れ星に叶えてもらえばいい。工場に行って流れ星を2,3個もらいに行こう」


 流れ星に願えば叶うというのは地球人が作った迷信なのでここでも有効かはわからない。そもそも流れ星を製造するというのも不思議な話だ。何のために作っているのだろうか、まさかポルックスの言うようにたくさん願い事ができるようにじゃないだろう。


「貰えるかどうかはわからないけど、工場に行けば人がいるだろうし行ってみようか」


 そんなわけで、僕たちは看板が指し示す方向に進路を変えて再び歩き始める。


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