七章 冬備えと噂話ー①

「もうこれだけあれば十分です。お疲れ様でした軍曹」


 次の木を切ろうとしていたフリックはフェアリーに制止され、エアレーザーにチェーンナイフを仕舞わせると代わりに切った木を持たせた。


「ようやくか。いい加減今夜一晩くらいはゆっくりと寝かせてもらうぞ」


 目の下に濃い色の隈を作ったフリックは狭いコックピットで体を伸ばしながらうめき声を上げる。


 マルコス訪問からの傭兵来襲という大騒動から数日が経ち、村に再び平穏が訪れる中、フリックには平穏の代わりにブラックな労働が待ち受けていた。


 大騒動の間作業が一切できず、更には騒動が収束した後も後処理に追われたせいで本来最優先で行わなければならない倉庫再建や冬備えが全く進まず、フェアリーが立てた計画には大幅な遅れが生じていた。


 ただでさえギリギリのスケジュールで動いていた事もあり、このままでは致命的な結果に成り兼ねないと判断した無慈悲なAIであるフェアリーに命じられるままにフリックは、朝は日が出るよりも早く起こされ、夜は誰よりも遅く日付が変わってから眠る生活が連日続けていた。


「何を言っているんですか軍曹。まだこの後木材を村に運んでから食事調達の為の狩りと倉庫再建作業が待っているのですからで今日も深夜まで働いて頂きます」


 遂に操縦桿から手を放して労働を放棄したフリックを、フェアリーが代わりにエアレーザーを操り村へと強制連行する。


「……そもそもエアレーザーを使った作業はお前がやれば良かったんじゃないか」


 勝手にエアレーザーを操るフェアリーにフリックが毒づく。


「お忘れですか? 私はあくまでサポートシステムですので武装の使用は制限されているんですよ」


 そもそも通常のSAにはフェアリーのようなAIは搭載されておらず、試験機であるエアレーザーに搭載されているのは不足している実働データを収集するためなのだ。


 その為、フェアリーが暴走したり、ハッキングによって乗っ取られるなどの不測の事態が起こる可能性を危惧した技術者達によって、フェアリーがエアレーザーを自らの肉体として使えぬ様に色々と制限が設けられている。


 例えば武装の使用には必ずパイロットがコックピットに乗っている必要がある為、木の伐採に使うチェーンナイフがフェアリーだけでは使えないのだ。


「そうだったな。じゃあせめて村に着くまでは休ませてもらうぞ」


「どうぞごゆっくりお休みください。到着まで5分程ありますから」


 レッカ達を驚かさぬ様に歩いて帰っても直ぐに村まで帰れる移動速度を恨みながらフリックはせめて目だけでも休ませようと瞼を閉じた。


 村に到着したフリックはコックピットからフェアリーに無理やり追い出されると、倉庫へと向かう。


 パイロットスーツの身体拡張機能で人間重機と化したフリックの活躍とマルコスの部下達が滞在中手伝ってくれたおかげで何とか骨組みまでは完成している倉庫前では、レッカとシェニーが鹿や兎を捌いていた。


「おや、その大量の獲物はどうしたんですか?」


「ああ、ちょっとこいつを手入れしたから調子を見に軽く一狩り行ったら思ったより取れちまってな。レッカに手伝ってもらって干し肉とかにするのに下準備してんだよ」


 つまり今日は狩りに行かなくて済むと心の中でフリックはガッツポーズしながら、フェアリーにバレて代わりの仕事を命じられぬうちにいそいそと大工仕事を始める。


「そういえば気になっていたのですがなぜ貴女はあれだけの実力を持ちながら傭兵達に捕まったのですか? 返り討ちは無理でも逃げる事は出来た筈です」


 フェアリーの心が無い故の質問に空気が凍り付く。


 確かにそれはフリックも疑問には思っていたが、レッカ達の手前聞かない様にしていた。


 流石のシェニーも癇に障ったのか一瞬顔に怒りが覗いたが直ぐにバツの悪そうな苦笑いへと変わる。


「実は俺、酒に弱くてな。コップ一杯の葡萄酒でぐでんぐでんになっちまうんだ。普段は飲まない様にしてたんだが、あの日は村の奴に勧めらてお祭り騒ぎの雰囲気乗せられて飲んじまってな。そこに傭兵達が来たもんで、体は動かねえし武器は床下に封印していたしで真面に抵抗できなかったんだよ。……正直考えるよ。あの一杯を飲まなかったらってな」


 巨体を俯かせて落ち込むシェニーを、汚れた手を拭ったレッカが抱きしめた。


「シェニーさんは悪くありませんよ。悪いのはあの傭兵達なんですから、気に病まないで下さい。こうして一緒に村を立て直してくれているだけでもお父さんもお母さんも、村の皆もきっと喜んでくれていますよ」


 体格差があり過ぎて抱きしめ切れていないが、シェニーはレッカの胸で少し泣くと、すっかりいつもの明るい彼女を取り戻して顔を上げた。


「ありがとなレッカ。全く大人の俺が子供に慰めれるとは情けねえ話だぜ。こっから先は張り切っていくぜ!」


 拳同士を突き合わせて気合を入れ直したシェニーはフリックを手伝い始めた。


 レッカも再び獲物を捌く作業に戻り、3人はしばらく無言で作業に没頭した。


 しかし、そんな静寂も話好きのシェニーによって直ぐに破られることになる。


 レッカに気づかれぬ様に近づいてきたシェニーがフリックを肘で小突くと、小声で話しかけてきた。


「兄ちゃんさあ、結局この村に残るって決めたのってさ、ここが気にったのかレッカに惚れてるからなのどっちなんだよ」


 シェニーの揶揄い半分の質問に、その手の話題に慣れていないフリックは噴き出した上に手元が狂って思い切り金槌で自分の指を叩いてしまう。


 パイロットスーツのお陰でダメージが軽減されたものの痛いものは痛く、フリックは思わず絶叫を上げてしまう。


「……なんか悪かったな兄ちゃん。でも初心な反応で分かりやすくて面白いな」


 堪え切れずに爆笑しながらフリックの背中を叩くシェニーに、涙目のフリックが無言の怒りを発するがスルーされてしまう。


 この後、騒ぎを聞き付けたレッカに手当てされたフリックは、する方もされる方も顔を真っ赤にし、シェニーとフェアリーの二人を揶揄うネタにされるのだった。

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