六章 来訪者と怪しい青年ー⑧

 風を切り裂く音と共にまた一人、また一人と喉に矢を受けた傭兵が草原を鮮血で染め上げながら倒れていく。


「お前達! ぼさっとしてないで身を低くしながら村に突っ込め! こんな所じゃただの的だ!」


 後一息で村というところでの想定外の攻撃に足並みが乱れ、隠れる所の無い場所で右往左往する部下にトーゼは呆れながらも指示を出す。


 指示を聞いた部下達は一様に村へと走るが、頭数を集める為に新たに団に入れた戦場を経験していない傭兵一年生や、街のゴロツキ上がり達の動きが悪い事に苛立ちトーゼは舌打ちをする。


 先日の洞窟の騒ぎのせいで散り散りになった部下を半数しか集められなかった事が、ここに来て問題になるとはトーゼも思っていなかったのだ。


 そんな傭兵達に落胆していたのはシェニーも同じだった。


「いくら何でも動きが悪すぎるぜ。半分くらいは素人ってとこじゃねーか」


 村を守りながら亡くなった村人達の敵を討つつもりでいたシェニーは少し落胆した。


 それでもシェニーは冷静に矢を矢継ぎ早に放ち、一撃必中の腕前で村に駆け込もうとする傭兵達を葬っていくが、動きが悪い的同然の敵が何人いても矢を射るのはシェニー一人しかおらず、半数程村への侵入を許してしまう。


「流石にここらが限界か。まあレッカ達の所まで行かせなきゃ問題ねえわな。……そっちは自分で何とかしろよ兄ちゃん」


 ゴーレムに組伏せられているエアレーザーを一瞥したシェニーはフード付きの深紅のロングコートを翻しながら廃屋から飛び降りる。


「フェアリー、こいつに何か有効な武器は無いのか!」


 依然ゴーレムの下から抜け出せないフリックはフェアリーに打開策を求める。


「武器と言ってもこの体勢では頭部バルカン程度しか使えませんが、岩石と土の塊に撃ち込んだところで貴重な弾の無駄遣いにしかなりません。しかし軍曹、地上戦が下手ですね」


 まるで他人事の様な態度を取りながら煽ってくるAIに苛立ちを覚えながらも、地上戦が下手なのは士官学校を卒業後直ぐにタナトスに配属され、その後ずっと宇宙空間での戦闘しかしていなかったのだから仕方がないと自分に言い訳する。


 それこそ、最後に地上で戦ったのは士官学校での模擬戦、それもSAでの戦闘では無く白兵戦の訓練だ。


 白兵戦の訓練教官は士官学校でも鬼教官で有名な人物であり、生徒からはあまり好かれていはいなかった。


 だがフリックは彼のSAも人体と同じ形をしているのだから、白兵戦の技術はSAでの戦闘技術に応用が可能という自論に感銘を受けて人一倍真面目に取り組んでいた。


 その甲斐あってか教官の覚えが良かったフリックは彼からいくつかの、大昔の武道と呼ばれた格闘技術の基礎的な考え方、重心について特別に教わる機会があった。


「……あれだけ叩き込まれたのに肝心な時に思い出すのが遅いとは自分が嫌になるな」


 組み合った状態で押し合いをしている手の出力を片腕だけフリックは敢えて一気に下げた。


 力では部が悪いゴーレムは馬乗りの体勢を活かして全体重を両手にかけていたのが災いし、急にエアレーザーの片手から力が抜けたせいで勢い余って体勢を崩してしまう。


 その瞬間、エアレーザーのバーニヤが火を噴きゴーレムをひっくり返しながら体の下から抜け出すことに成功する。


「少々推進剤が勿体無かったですが悪くない手でしたね」


 補給が出来ないこの世界で弾薬や推進剤を無駄使いできないのはフリックとて理解しているが、下手にケチって機体自体に損傷を追ったりレッカ達を守れないよりは遥かにマシだと判断しての作戦だったと文句の一つもフェアリーに言いたくなるが、今は目の前の敵を倒す事だけに集中すべきだと即座に思考を切り替える。


「フェアリー、奴にミサイルは有効か」


「悪くはないかもしれませんが6発しか無いのですから安易に使うべきでは無いかと思います。それよりも所詮は岩と土の塊なのですから打撃の方が良いのでは無いでしょうか」


 SAで殴り合いをしろというAIに少し呆れそうになるが、絶えず敵と戦況を分析をしているフェアリーが進めるのだから最善の手なのだろうと自分を納得させたフリックは、エアレーザーに搭載されてはいたが今まで一度も使ったことの無い装備を起動させる。


 コックピットからの命令を受けたエアレーザーの両手首の上の装甲がせり上がり、そのまま拳に重なる様に移動した。


 フリックが起動した装備の名は試作型帯電ナックルガード。


 その名の通り常時電流が走る、格闘戦に置いて一番破損する可能性が高いマニュピレーターを保護しつつ敵兵器の電気系統にダメージを与える目的で作られた装備だ。


 だが殴り合いよりもナイフを使った戦闘の方が得意なフリックにはあまり相性の良い装備では無く、今まで試験運用すべきなのは分かっていつつも使わなかった。


 だが今は好き嫌いをいっている場合では無いと腹を括り、電流が迸る拳を上げファイティングポーズをエアレーザーに取らせる。


「魔力を一切感じないのに稲妻を拳に纏わせるとは中々やるではないか。貴様を倒した後我がゴーレムを強化する為に隅から隅まで調べつくしてやる! 行け! ゴーレム!」


 機械という概念を知らなくても自分のゴーレムと同じく人型の鋼鉄で出来た守護神が誰かに操られているのではと疑い始めた魔法使いは弟の復讐も忘れてはいないが、一人のゴーレム魔法を操る者として純粋に守護神が気になり始めていた。


 互いに操られる身である巨人は同時に命令を受け拳を振り上げながら走り出し、互いの頭部にストレートを決めあう。


 第二ラウンドとでも言うべき巨人同士の殴り合いはエアレーザーに軍配が上がった。


 ゴーレムの拳はエアレーザーの装甲に歯が立たず砕け、エアレーザーの拳は逆にゴーレムの頭部を砕いたのだ。


「電流の効果はあまり無さそうだが、確かにミサイルを撃つより効果的だな」


 殴り合いでは圧倒的勝利を得たフリックは、頭部を砕いただけでは倒れないどころか砕けていない拳で殴りかかってくるゴーレムの腹部にカウンターを決め、大穴を空けた。


 流石のゴーレムもこの一撃は効いたのか、ゆっくりと膝を付いて動きを止めた。


「片付いたようだな。フェアリー! お前はここに残って魔法使いをどうにかしろ! 俺は村に向かう!」


 フリックはコックピットハッチを開き飛び降りようとするが何故かハッチが開かず、急に狭いコックピットで立ち上がったせいで強かに頭を打ち付けた。 


「軍曹、お気持ちは分かりますが、どうやらまだ決着が着いていない様です」


 ハッチが開かなかったのはフェアリーが錯乱したパイロットが戦場のど真ん中でコックピットから飛び出すのを防ぐためのハッチ強制ロック機能を起動したのが原因だと瞬時に気づいたフリックは、今度ばかりは堪忍袋の緒が切れそうになるが、モニターに映るゴーレムを見てそれどころではなくなる。


「自己修復しているのか!」


 地面に伏したゴーレムの砕けた部分に周辺の岩や土が集まり元の姿を取り戻していく。


 フリックが操縦桿を握って急いで止めを刺そうとするも、ゴーレムの再生速度の方が早く、立ち上がったゴーレムとエアレーザーの第三ラウンドの鐘が鳴るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る