六章 来訪者と怪しい青年ー⑦

「彼ら、中々勇敢なようですよ軍曹。森から出てこちらに真っすぐに向かってきます」


 少し村から離れた地点でエアレーザーを停止させたフリックが傭兵達の動きを伺っていると、彼らからはこちらが見えているにも関わらず、エアレーザーを目指すように進軍を始める。


「ただ勇敢なだけならいいが、この戦力差を前にして躊躇わず進軍してくるのは何か策がある証拠じゃないのか」


 エアレーザーのカメラアイで捉えた敵の顔は皆怯えなど無く、前回子供騙しの作戦に引っ掛かり、蜘蛛の子を散らした様に逃げ出した傭兵達と同じとは思えない程で、寧ろこれから始める略奪行為に邪な欲望を滾らせているようにすら見える。


 それもその筈だろう、彼らにはとっておきの秘策があるのだから。


 エアレーザーから少し距離がある所で進軍を止めた傭兵達は扇状に広がり、それぞれ武器を抜くとまるで突撃の合図を待つかのような姿勢を取る。


「貴様達、我が慈悲を受けながら何故この地に再び現れた! 今一度生き残る機会をくれてやっても良いがどうする!」


 フェアリーがエアレーザー搭載のスピーカーで以前合成した音声を使い傭兵達へと最後通告を行う。


 これで追い払えれば御の字だとフリックは思っていたが、傭兵達の返答は撤退で無く一人の男が一歩前に出ただけだった。


「おい! 守護神! お前の使いとやらはどこにいる!」


 ローブで隠していた顔を見せた男にフリックは驚いた。


 何故ならその顔は自分の手で額に穴を空け葬り、洞窟近くに埋葬した筈の男の顔だったからだ。


 狐に摘ままれた様で歴戦の戦士であるフリックも流石に狼狽する。


「軍曹、落ち着いてください。彼の顔をスキャンしましたが軍曹が屠った男の顔と僅かに相違点がありますので兄弟、それも恐らくは双子と思われます。幽霊やアンデッドなどの非科学的な存在では無くタダの人間です」


 フェアリーの報告に動揺していた自分が恥ずかしくなり、大きく深呼吸をして跳ね上がった心拍数を落ち着かせたフリックは操縦桿を強く握り直して臨戦態勢に入る。


「我がこの場にいるというのに使いを気にするとは無礼千万! 貴様は何者だ!」


「うるさい! 貴様の事などどうでもいい! 我が弟の敵を出せと言っているのだ!」


「先生、落ち着いてください。どうせ村に隠れているか何かでしょう。それより手筈通りに魔法を頼みますよ。その間に部下に村を襲わせて道化師もどきも探させて捉えておきますから」


 怒りが抑えきれずに肩で息をする魔法使いの肩に手を置き、トーゼが耳打ちする。


 彼としては魔法使いの復讐などどうでもよく、それよりも守護神が暴れだす前に早く魔法を使わせたいのだ。


 魔法使いはトーゼの言葉に少し冷静さを取り戻したのか、トーゼの手を振り払いながら懐から文字と記号がびっしりと書かれた札が張られた拳大の石を取り出した。


「絶対に逃がすんじゃないぞ。お前達、離れていろ! 巻き込まれても知らんぞ!」


 傭兵達に警告を発した魔法使いは、慌てて自分からトーゼや傭兵達が少し離れたのを確認すると、石を天高く放り投げながら叫ぶ。


「ウェイクアップスレイブゴーレム!」


 空中で制止した石は札を中心に光りだすと次の瞬間、周りの土や石が同じ様に浮かび上がりった。


 そして魔法使いが投げた石に次々と纏わりついていき、あっという間に巨大な塊を形成した。


 フリックが想定外すぎる事態に呆気にとられ、フェアリーが未知の現象をエアレーザーの全機能を使い観測している間に更に石の塊は変化を遂げる。


 球体上に纏まった石と土のに亀裂が入り、その部分が剝がれるように動き、人型に変形したのだ。


 これで全てが終わったとばかりに、岩石の巨人とでも言うべき物体は空中から大地に土煙と轟音を立てながら着地すると、生物の様に咆哮を上げた。


「フェアリー、あれはSAなのか……」


 この世界の技術力ではSAと同等の兵器は存在しないとフェアリーが結論付けた筈にも関わらず、目の前に現れたエアレーザーとほぼ同等のサイズの巨人にフリックは驚きを隠せない。


「前回あの男の弟が火球を発生させた時と同じエネルギーがあの物体から観測できますが、スキャンの結果は人工物の類は一切検出されません。ただの石や土などのこの付近の土壌を構成しているのと同じ物質の塊であり、SAでは無く、我々が知らない技術で作られた巨大人型兵器としか言えません」


 未知の存在へと下手に攻撃を仕掛けていいものか判断が付かず、フリックが迷っていると、戦いの火蓋は岩石の巨人が走り出したことで切って落とされた。


 走り出した巨人はエアレーザーにタックルを決めると、そのままエアレーザーを押し倒す。


「お前達! 私のゴーレムがアイツを抑え込んでいる今のうちに村へ迎え!」


 巨人同士のぶつかり合いに驚き固まっていたトーゼと傭兵達は、魔法使いの言葉に我に戻ると作戦通り村を襲う為に一斉に村へと走り出した。


「クソ! こいつ並みのSAより重い! このままじゃ村が!」


 フリックはゴーレムを何とかどかそうとエアレーザーを動かすが、パワーでは負けていないのに重量と体勢の悪さからゴーレムの下から抜け出すことが出来ない。


 このままでは村に、レッカに傭兵達の魔の手が迫ると思うとフリックの胸が引き裂かれそうになる。


 だがその時、突然コックピットに通信が届く。


「兄ちゃん、ここは俺に任せな。あいつらにはレッカ達に指一本触れさせねえからよ」


 何故通信越しに彼女が力強い声でそう言うのかフリックは理解できなかった。


 それでも薄々彼女は戦う人間だと感じていたフリックは、今は彼女を信じるしかないと決心した。


 だが多勢に無勢なのは変わりない。


 フリックは少しでも早く援護に行く為に目の前の岩石の巨人を打ち砕く事に今一度集中した。


 一方の傭兵達は、最大の障害である守護神がゴーレムによって抑え込まれている事で戦意が高揚し、自分達を一瞬で殺せる武器を持つとはいえ、道化師もどき一人しか残る敵はいないのだから皆で一斉に囲んで襲えば何も問題は無いと心に余裕すら出来ていた。


「ヒャッハー! もう一度あの女共を抱けると思うとたまらねグフ!」


 欲望を心に留め切れずに声出した男の喉に、深々と矢が突き刺さった。


 想定外の事態に驚き、傭兵達は足を止め矢が飛んできた方向を見る。


 傭兵達の目に映ったのは、村外れの廃屋の屋根の上に立つ深紅のフードを目深に被った弓を持つ女だった。


「テメエら外道に、このザッケ村からこれ以上何も奪わせねえ」


 普段の明るい彼女から発せられたとは思えない程冷たい声で呟いたシェニーは、再び弓に矢を番えた。

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