五章 生活再建計画ー①

「ハア、流石に疲れるな。こんなにキツイ作戦行動はイグリスヤ宙域での戦闘以来だ」


 森と村を3往復させられた上に、大量の物資の積み下ろし、さらには丸一日以上眠っていないフリックの体はそろそろ休息を求め始め、過去の長時間に渡った撤退戦が脳裏を過ぎっていた。


「アッハッハッハ。いやあ、妖精と話せるとは思わなかったぜ。人生何があるか分からねえもんだ」


 豪快な笑い声に驚きフリックが後ろを振り向くと、シェニーが厩代わりに辛うじて屋根のある家に馬車から外した馬の手綱を結びつけていた。


 若い身空で腰を摩るフリックをしり目に、荷下ろしの大半を彼に押し付けてフェアリーとのガールズトークを十分に楽しんだ彼女は大いに満足したようだ。


 少しは手伝ってくれても良かったのでは、と言いたくはなったが、よくよく考えるとシェニーは自分が助けるまでは捕虜になっていた上に相当暴行を受けた形跡があった。


 そんな相手に手伝えと言う方がおかしく、フェアリーもメンタルケアを兼ねて話相手になっているのだろう思い直したフリックは残りの荷下ろしを淡々と続けた。


「お二人共、食事の用意が出来たんですけど、どうですか?」


 疲労からか休ませていたリーナとアルマの二人は眠ったらしく、起こさない様にレッカが小さな声で呼びかけてきた。


 丁度作業が終わったタイミングで、ようやく腰を下ろして休んでいたフリックと再び話し始めていたシェニーもレッカの意図に気づき、身振りだけでそれに応じた。


 眠っている二人をゆっくり休ませる為に食事は外で食べることになり、焚火を囲んでの食事が始まった。


 疲労困憊のフリックや怪我人のシェニーを気遣った優しい味のスープと蒸かして塩を振っただけの芋という質素なメニューではあったが、緊張が解けて一気に腹を空かしていたことを思い出した4人には十分ご馳走だった。


 皆の腹が少し満たされ、食事を口に運ぶペースが落ち着き始めたのを確認したフェアリーが、こういうことは早い方が良いと、食事を続けながらもこれからの方針について話し合うことを提案してきた。


 何故なら傭兵達を森から追い払い村から奪われた物を取り戻せたとはいえ、問題は山積みだからだ。


 まず第一に今後の行動方針だ。


 今回の救出作戦で人数が増えたとはいえ、村人はもう部外者のフリックを除けば村人は5人しかいない。


 この人数では最早、壊滅状態である村での生活を立て直すのは不可能だろう。


 現実的な案としては村を捨て、事情をどこかの街の然るべき機関に説明して保護してもらうのが一番なのだがレッカが猛反対した。


「この村はお父さんが、お母さんが、村の皆が何年も掛けてようやく開拓したんです!私には捨てるなんてこと出来ません!それに……」


 瞳に涙を浮かべるレッカが見つめる先には、ここからは見えないが墓地がある。


 誰だって家族が眠る故郷を離れるのは抵抗があるのだろう。


 不謹慎かもしれないが、フリックはレッカの事が少し羨ましいと思った。


 彼は幼い頃に捨てられ、両親からの愛情どころか顔も知らずに孤児院で育てられた。


 孤児院でも周りに馴染むことが出来ず、幾度か里親に引き取られたこともあったが結局上手くいく事は無く、あちこちの孤児院をたらい回しにされた。


 そのせいでフリックには実家や故郷と呼べる場所が無い。


 だから彼にとって両親と故郷というものは一生手に入らないものだとずっと思っており、両親との思い出が残る故郷があるレッカが羨ましいのだ。


 自分に何が出来るかは分からないがせめて元の世界に戻れるまでは彼女を支えてやりたいと思ったフリックはそのことをフェアリーに伝えさせる。


「ありがとうございます!ありがとうございます!」


 大喜びしながらもレッカは大粒の涙を零す。


 残りたいと言ってはみたものの、自分達だけではどうしよう無いのは分かっていたレッカにとって、フリックは救いの神に見えたのだろう。


「兄ちゃんそいつは嬉しいが具体的にはどうすんだよ。村はこの有様、住む家だって俺達全員じゃ手狭なうえにボロボロ。これじゃあ冬は越せないし越せたとしても俺達だけじゃどうやっても村の復興は無理だぜ」


 現実問題としてシェニーが言っていることは正しい。


 まずは家の問題だ。


 手狭なのは工夫すれば何とかなるとしても空いた穴に板を張っただけで隙間風が入り放題の今の状態では雪が降ることもあるこの辺りの厳しい冬の気温では凍死してしまう。


 そして村の立て直しだ。


 この村の主産業が農業と狩りだが、どう考えても人手が足りない。


 逆にこの二点をなんとかすれば村に留まることが可能だとも言える。


「フェアリー、戦闘以外は俺の不得手だ。何か案を出してくれ」


 こういう時こそ高性能AIの出番とばかりにフリックはフェアリーに押し付ける。


 SAの操縦法から礼儀作法まで教えてくれる士官学校でも流石に村の復興方法までは教えてくれないないのだから仕方がない。


「どうせこうなるだろうと思って計画はすでに立案済みです。ただし、レッカに確認しなければならないことがありますが……」


 確認したい事とは作物の販売方法らしく、それによっては計画に一部変更が必要だとフェアリーは言う。


「街までは遠いので基本的には2週間に一度来る行商人さんに買い取ってもらっています。その時に日用品なんかの村では調達出来ない物の仕入れもお願いしていました」


「それならば計画に変更は必要ありません。現状村から離れられる人材はいませんから」


 今街まで移動できるメンバーで弁の立つものはいないので、商人との取引となると上手く交渉できずに買い叩かれる可能性がある事をフェアリーは危惧していたのだ。


 かといってフェアリーが同行しようとすれば当然フリックも一緒に行くどころかエアレーザーごと行くことになるので村の復興作業が滞ってしまうし、エネルギー消耗の激しい光学迷彩機能を常時発動するわけにもいかないエアレーザーを大勢の人間に見られて面倒な事になってしまう。


 だが、向こうから来てくれるのならば手間が省けると言う訳だ。


「これで計画を確定できました。明日からは忙しくなるので今日は早く休んでください」


「分かった。だが明日の行動予定くらいは教えてくれ」


「明日はまずは奪い返した物資をどうにかします。いつまでも野ざらしには出来ませんから」


 傭兵団から取り戻し、馬車から下した物資は現状村長宅の外に山積みになってしまっている。


 取り敢えず屋外に置いておかない方がいいものを出来るだけ家の中に運び込んだのだが、入りきらない分は大きな布を掛けて外に置いておくしかないのだ。


 しかし食料品なども含めたそれらをいつまでもそのままには出来ないので最優先事項としてはまず倉庫を再建しなければならない。


 あまり時間が無いのでエアレーザーを建築機械代わりにして出来る限り早く倉庫を立て直すのが村復興計画の第一段階だとフェアリーが説明する。


「ふぁぁ、お姉ちゃん眠い」


 説明のきりがいい所でアッカが大欠伸をし始めたのでいよいよ解散ということになり、各自休息を取る為に女性陣は家に、フリックはエアレーザーのコックピットへと帰っていった。


 村に来た当初はずっとコックピットで寝泊まりする気だったフリックも、疲労困憊の今日ばかりは固いタナトスの自室のベッドが恋しくなるのであった。

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