7 寒戸関村

バス停から祝旅館まで歩く。

バス停はトンネルを抜けてすぐの寒戸関村の南側に位置していたが、祝旅館は村の北側にあると言う。


「バス停から祝旅館まで結構歩くんだよね。バス停からの交通アクセスが悪いのが祝旅館の欠点なんだよ。今度バス会社と相談して、バス停の位置をもう少し北側に設置してくれるよう要望を出そうと思ってるんだ」


バス停を降りたすぐ西側には海が、東側には山がある。


地図で見た情報通り基本的に寒戸関村は南北に長い一本道だ。


西側の海には港がある。

マナミさんは先ほどミステリー談義の際、”海からの脱出だ。寒戸関には船着き場もあるよ?”と言っていたが、想像以上に立派な船着き場、いやこれは港湾と言って良いほどの規模だ。400メートル近くはありそうだ。


流石に両津港ほどでは無いけど、その気になれば佐戸に来るときに乗ってきたフェリーが停泊できるんじゃ無いか?


「マナミさん。この港、大きいね」


「うん。今はほとんど使われてないんだけどね」


「昔は何かに使われていたの?」


「うーん。実は私もよくは知らないんだ。ほら、大きいって言っても全くメンテナンスされてないでしょ?使われていたのはもう何十年も前の話じゃないかな?

昔は今と違って村人も多かったらしいし、漁港か何かとして使われていたのかもね。

それか願河原集落との境目にある海部大橋が完成したのが1968年でそれ以前は北側との行き来は船でしてたらしいから、それにも使われてたのかも」


確かによく見ると大きいとはいえ、あちこちボロボロだ。コンクリート部分にはヒビも入っているし、場所によっては崩れている所もある。


「カネちゃん、あそこの船着き場は一部を除いて立ち入り禁止だからね。危ないからいっそのこと使ってない部分は取り壊ししたいけど、村にはそんな金無いしね。放置したままなんだ」


しばらく北に歩いていくと、東側━━右手に大きめの住宅が見えてきた。


「あそこは村長さんである中川五兵衛さん一家の住宅だよ。なかなか立派な家でしょ?」

「そうだね」


例の”豪快で荒っぽいけど、良い人”とマナミさんが言っていた人の家か・・・。


「五兵衛さんはここいら一帯の土地のほとんどを所有しているんだ。いわば寒戸関村の大地主なんだよ」

「それは凄いね。今は不動産が物凄く高い時代だから大金持ちって事になるのかな?」

「うん。でも五兵衛さんは基本的に土地の売却はしない主義なんだ。ちょっともったいないよね」


さらに北へ歩く。

手入れされて無い大きな港を通り過ぎると、今度は海が砂浜になっている。


「へえ。寒戸関には砂浜もあるんだね」


「そう。だから海水浴に来るお客さんもいるにはいるんだ。母さんの話だと昨日まで大学の水泳サークルが合宿で祝旅館に泊ってたらしいし。ただ、ここの砂浜もほとんど手入れされて無いからね。ほらゴミとか海藻であんまり綺麗じゃないでしょ?」


確かに海水浴をするには少し荒れている気がする。


「ゴミは皆で拾って片づければ何とかなるけど、海藻類は中々そうはいかないからね。今後の寒戸関村の課題の一つだと私は考えているんだ。PR出来るような綺麗なビーチならお客さんの呼び込みに繋がるしね」


「確かにそうだね。僕も宿の仕事が少ないときは海岸の清掃に協力するよ」


「え、良いの?カネちゃんアリガトー!まだ本格的な観光シーズン前に出来るだけ綺麗にしておきたいから助かるよ!」


さらに歩く。

途中で2,3軒の住宅があるのに気が付いた。


「マナミさん。あそこの家は誰が住んでるの?」


「ああ、あそこは空き家なんだ。10年以上前までは人が住んでたんだけどね。一応住宅だけ残してるんだ。もしかしたら寒戸関村を気に入った人が移住してくれるかもしれないしね。湿気が溜まらないように換気したり、ネズミ取りを設置して家をかじられない様にしたり、簡単なメンテナンスは定期的にしてるから今でも住める状態だよ」


「そうなんだ。でも買い手はいるの?」


「不動産投資の投機目的での買い取りの話はあったよ。けど未成立。人がいなくなってからは五兵衛さんが空き家の所有主になったんだけど、その後結構高い金額を払っての買い取りの話があったんだ。けど、五兵衛さんは全く話に応じようとさえしなかった。まあ転売目的じゃ無くて寒戸関村を愛して住んでくれる人が相手だったら五兵衛さんも話に応じてたと思う」


まだ歩く。結構祝旅館まで遠いな。

バス停が村の南端にあって、祝旅館が北端だから図らずも寒戸関村を一通り見学出来てしまう。


右手に学校らしき建物が見えてきた。


「あれが【寒戸関小中学校】だよ。今現在寒戸関村から登校してるのはショウ君だけだね」


「勝吾君だけ?それじゃあ生徒全然いないじゃん」


「そんなことないよ。寒戸関小中学校は南側の石田集落、北側の願河原集落からも生徒が通っているんだ。小学生、中学生合わせて全部で20人近くいるよ」


そう言えばバスで石田集落を見たとき結構家があった。人口も寒戸関村よりはるかに多いのだろう。

願河原集落はまだ見てないが、少なくても寒戸関村の6人よりは多いと思う。


「でね、教師は五兵衛さん一人」

「え?村長さんが教師の仕事もやってるの?」

「村長って言っても住人6人だけだよ?むしろ教師が本業だね。悪いことするとすぐにコラー!!って怒られるけど、面倒見の良い鬼教官だね」


「そ、そうなんだ・・・」


五兵衛さんにはまだ会った事無いけど、”豪快で荒っぽいけど、良い人”の意味が何となく分かった様な気がする。


「あと、学校の体育館は冬馬さんの岩谷流古武術の道場としても使われてるんだ」


「冬馬さんは両隣の集落の子にも岩谷流古武術教えてるの?」


「うん。時々体育の時間に五兵衛さんの依頼で教えに来ることもあるよ。ただ、冬馬さんは岩谷流古武術の技はかなり限定的な事しか教えてない」


「というと?」


「岩谷流古武術は剣道や柔道みたいに競技化された武道とは違うんだ。もっと実用的な・・・。そうだね、その気になれば人を殺せる様な殺人術や、気配を殺しての暗殺術、それに悪用すれば泥棒だって出来ちゃう諜報術、潜入術なんかも含まれる。そうした技は冬馬さんは教えていない。教えているのは護身術だけなんだよ」


「そうなんだ。ちなみに岩谷流古武術って冬馬さん以外に教えてる人は全国に何人くらいいるの?」


「冬馬さんだけだよ」


「ん?それってもしかして・・・」


「そう。岩谷流古武術は佐戸に伝わる独自の武術。その最後の継承者が冬馬さんなんだ」


「じゃあ、その冬馬さんが技術の全てを教えないとすると・・・」


「うん。冬馬さんは自分の代で岩谷流古武術を終わらせるつもりみたいなんだ。秘伝書の類も残さないって言ってた」


江戸時代から続く技術が消えてしまうのか・・・。

歴史学科を専攻する僕としてもそれはとてももったいない話だと思えた。



学校を通り過ぎると、また空き家らしき建物が一軒、そしてそのすぐ北側に”祝旅館”と書かれた看板と大きな建物が見えた。

ああ、あれが今日の終着地か・・・・。

と、思ったらマナミさんがこんなことを言い出した。


「カネちゃん。折角ここまで来たら祝旅館に行く前に寒戸関村の一番北端まで行ってみない?」


マナミさんは祝旅館が寒戸関村のほぼ北端と言っていた。

正直僕は長旅で少し疲れていたがここまで来たらあと最後まで見ておいた方がスッキリするだろう。


「分かった。こうなったら全部見ておくよ」

「OKカネちゃん。もう少しだけだからね。あと、今日は疲れただろうから仕事は明日から開始で良いからね」


祝旅館からほんの10メートルほど北側には小さな家が見えた。


「あそこが冬馬さんの家。すぐ近くなんだ」


確かにすぐ近くだ。

お隣さんって感じだな。


冬馬さんの家を最後に急に道が狭くなり坂道となる。

勾配の急な登り道がS字型に続く。


人工物はほとんど無いが、所々に石ころを4つ5つ積み重ねた物が見える。

なんだろこれ。


「マナミさん。この石を積み重ねた物って何?」


「ああ、これ?佐戸ヶ島の北側に特に多いんだけど、幼くして亡くなった子供の霊を弔う為に誰かが積んでるって噂だよ」


「お墓みたいなもの?」


「うーん。カネちゃん”賽の河原”って知ってる?」


「ああ、死んだ子供が行く所といわれる三途の川の河原で、子供が小石を積み上げて塔を作ろうとするけど意地悪な鬼にくずされちゃうって話だっけ」


「そう。全国各地にある伝承だけど、佐戸ヶ島の北側にもそういうのがあるんだ。特に願河原集落にはこういうの多いよ」


「へー。興味深い話だね。けど、賽の河原だと死んだ子供が石を積み上げるんだよね?実際にここに積まれている石は誰が積んでるんだろう?」


「それは私にも分からない。子供の幽霊が積んでいる訳もないし、誰かが積んでいるんだろうけど・・・願河原集落の人かな?」


そう言えばさっきマナミさんは寒戸関村とその両隣の集落には女の子の幽霊が出る、とか言ってたけど・・・まさかね。


さらに道を登っていくと急に視界が開けた。


そして・・・その先には橋がある。


「これは・・・」


僕は言葉を失った。


橋の長さは50メートル以上。

そして橋の真ん中付近まで渡って眼下を見下ろすと・・・。


「これが寒戸関村の誇る絶景スポット。願河原集落との境目、【海部かいぶ大橋】だよ。どう?カネちゃん凄いでしょ?」

「ひぇぇぇ・・・」


僕はかなり情けない返事(?)しか返せなかった。

高い。高すぎる。

橋の下は多分100メートル以上の高さはあるんじゃないか?


「ほら、ここから西の海を眺めるとまるで空を飛んでるような気分を味わえるんだ。夕焼けも凄く綺麗に見えるし、私のお気に入りの場所なんだ」


マナミさんは平気で橋の手すりに手をかけてうっとりと夕焼けに見惚れてるが、僕はとてもそんな真似は出来ない。


僕は海とは反対側、東側の景色を見てみた。

山と山に挟まれた断崖絶壁の谷底・・・。

こ、こっちも怖い・・・!


「ここも寒戸関村のPRに使えるんじゃないかなって私は思うんだ。・・・ってカネちゃん何うずくまってんの?」


「あ、いやこれ足滑らして落っこちたら絶対助からないよね?」


「うん。冬なんかは道が凍結したりしてて結構危険だね」


夏でも怖いのに冬は道が滑るって怖すぎだろ。


「あ、僕十分堪能したんでそろそろ戻らない?ここが寒戸関村の最北端なんでしょ?」


こんな所一刻も早く立ち去りたい。


「うんそうだね。もう夕方だし、暗くなる前に戻ろうか」


マナミさんは同意してくれた。

やれやれ。助かった。


僕は胸を撫で下ろして祝旅館へと、今来た道をマナミさんと引き返したのだった。

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