第十三話 第二次神流川の戦い① 戦支度

かつて天正壬午の乱にて戦は起こった。


場所はここ神流川。


関東管領滝川一益、対して北条氏邦と北条氏直など両軍計6、7万にも及ぶ関東最大の野戦である。


織田氏による東国支配構想の下に着々と進められてきた支配の関係は完全に消え去ったのだ。


それは織田氏と北条氏の絶妙な関係が、本能寺の変によって崩れたためだ。


氏邦や氏直らの奮戦により、多数の犠牲をもってしてこれを撃滅。この大戦によって、上野の支配、ひいては北条氏の旧武田領侵略の糸口となった。


無論、その戦いに昌幸の姿もあった。





そして時は現在に戻る。





「ひい、ふう、みい、なるほどこれはやはり。」


「利根川、鮎川、そして神流川......支流も多く集まるこれらの地は、骨の折れるものじゃな、、。」


「父上。我らは先方として物見に参った訳ですが、後方の本隊は現在いずこまで行軍を進めておるのでしょう?」


「おお信繁(幸村)か。そなたにはをさせていたゆえに知らせておらんかったわ。」


「はっ。例の作戦は上々にござりまする。」


「うむ、それは感心だ。


して、上杉殿や前田殿率いる本軍だが、要所の箕輪城や厩橋城(前橋城)を早くも陥れ、利根川以西はほぼ完全に掌握した。あとは南下するのみ。そこでわしの勧告により敵方北条氏邦に働きかけたゆえ、ここ神流川周辺が主な戦場となるのだ。」


「.....なるほど。味方さえも騙すために、北条方にも一芝居打ってもらうと?」


「......いかにも。良いか信繁よ。人心とは薄情で傲慢だ。ゆえに全く馬鹿らしいことでも妄信してついてくる。実力のないものが思い上がる。


そして、戦においてそれは重大な危機だ。」


「つまり、?」


「誰もこたびの戦の展望を持ち合わせていないということだ。神流川の戦いはその緒戦に過ぎず、わしの置いた布石の一つなのだからな。」


「............」


「安心せい。万事この昌幸の手のひらの上にある。」


「........はっ。」




−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



露の滴る早朝、霧の晴れぬ中こたびの主戦力たるその軍は到着した。




「........着いたか。」


「はっ。殿、これでよろしかったので?」


「.........ああ。まだ心許ないがな。」


「..........」


「恐らく相手方の軍もまだ到着しておらぬだろう。本庄城よりも西の金窪城に一度入り、それから様子を伺うとしよう。」



「はっ。御意のままに。」




真田昌幸より文が届いてから翌朝より、氏邦は鉢形城を出立した。


兵数はおよそ5000人。


しかしその大半は河越城から派遣された援軍が主であり、氏邦直下の鉢形衆は1000人にも満たなかった。


氏邦の家臣らは断固として出撃をこばみ、ついには氏邦とともに出陣しなかったのだ。


「4、5000人にも及ぶ兵力を有する鉢形衆は多くが鉢形城に籠城してしまった........やはり強行軍は間違いだったのであろうか、。」



「いやしかし、、」



馬上よりその主戦場を睨み、氏邦は時間稼ぎのすべを探す。


「時間を稼ぐことさえ出来れば、、この戦まことに勝つやもしれぬ、、、。」



『徳川家康は豊臣秀吉本軍を離脱し、ついに裏切った。退路は2つ考えられるが、どうやら我らが元々辿ってきた碓氷峠を逆行して本領へと帰還しようと企んでおるらしい。そうなればたちまちのうちにこちらの前田、上杉両軍は徳川軍への攻撃を開始するだろう。ゆえにそこまでの時間稼ぎが肝心。氏邦殿の実力に期待する。』


真田昌幸から提示された情報は2つ。


一つは徳川家康の離反とその退路としてこちらからの退却を選んだこと。


一つはということだ。



「家臣に申したとて、誰も信じなくて当たり前のことだ.........。」


「..........」


「......だがこれも悪くない。手のひらの上で転がされ、利用されるならば、とことん利用されたほうがずっと良い。


わしの命を賭してでも、この大戦は勝たねばならんのだからな、、、。」


氏邦は思案したのち、まだ後続のづらりと続く軍勢を眺めいぶかしむ。


「それにしても、河越城からの援軍とは、ちと意外であったわ。」




★史実において、北条氏は各自籠城策を採りむやみやたらに兵を失う判断をしてしまった。


だが、今回は一度上野、武蔵、下総などの兵を全て河越城へ集結させ、要所要所へと再配置する戦略となっている。


つまり、上野が「素通り同然」だったのは、兵士が全くいなかったからだ。


さらに、その河越城には「とある歴戦の猛将」が指揮を執っているという。★



そしてその氏邦の睨むとある援軍も、ただの援軍にあらず。まことに精強さ屈強さを兼ね備えた「異形の軍」であったのだ。



「ここまでのお膳立てとは。これではまるでわしが昌幸殿と河越城に居られる何者かに踊らされているようじゃな。」


「......はて?河越城には氏照殿か当主たる氏直様が居られるわけではないのでしょうか?」


「いや。兄上と当主らは小田原城におって、息災は.........不明だ。」


「..........」


「まあ良い。わしの力を思いきり振るうことのできるまたとない機会。腕がなるというものだ!みな、わしについて参れ!」


「「はっ!」」




【第二次神流川の戦い】


東山道方面軍

約3万5千


北条氏邦

約5千



《主な戦場》


①神流川を挟んで東側、中央に位置する金窪城の正面と西側


②戦場の東端、本庄城と本庄原


③神流川を挟んで西側、毘沙吐一帯


《氏邦勝利条件》

・敵軍撤退、もしくは分割


・金窪城、本庄城、そして倉賀野城それぞれの占領。戦域の完全な掌握


《東山道方面軍勝利条件》

・敵軍の撃退、殲滅



《氏邦敗北条件》

・大将の敗走


・本庄城に真田昌幸以外の敵軍が侵入する


★条件変更の可能性あり



《東山道方面軍敗北条件》

該当なし





いよいよ、大規模野戦の戦端は開かれた。



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