第九話 大島謀議


秀次、家康、官兵衛の思惑の働く箱根山中戦とまさに同刻のこと。


相模湾へと突入せんとしていた豊臣水軍衆(豊臣、毛利水軍による連合軍)は、とある密議に参加していた。


席上には毛利家家臣である安国寺恵瓊、小早川隆景、さらには豊臣水軍を構成している九鬼嘉隆、加藤嘉明、脇坂安治、長宗我部元親など西国の面々が並び立つ。

またさらにとある武将も堂々と居座っていた。


「.....して、こたびは何故かような島に滞在させられておるのでしょう?」


「我ら水軍衆が密議に参じたともなれば、間違いなく上方より疑いの目を向けられるぞ、、、、」


「...........。」


「それにしてもだ。かような脅し文句に西国武士はひるまぬぞ?よもや手段がないからと泣き言を漏らすでなかろうか?」


「すぐそこまで供回りを連れてこい。いつ襲われてもよいようにしておけ。」


「そなたもこちらにおられるとは......意外ですなあ。」


「...........。いかにも。」


「殿。北条の真意とはいかなるものでしょうか....」


「わからぬ。だが我らの知らぬ何らかの重要な情報を持っている可能性は大いにあり得る。じゃて、あやつらの出した条件の旨味次第で我々も身の置きようを考えなくてはな。」



ザワザワザワザワ


「これはこれは豊臣水軍衆の皆様。こたびはよくぞこの長い長い旅路を超えてここ伊豆大島まで来てくださりましたなぁ。」


「.............」


「、んななななんとそこもとは!」


「ほう。」


場の空気が凍りついた。


静寂と疑惑の心が彼らの恐怖と緊張を煽り、今にも斬りかからんとする勢いであった。


「おおっとかように見つめられてはそれがし氏直も伊豆の海辺に身を投げ出したくなるほど恐ろしい気分になるゆえ、どっと安心してかけられよ。」


「!!!!!」


「北条家当主たる北条氏直殿のお迎えとは、我らもついておりますな。」


「ふざけるのも大概にしろ!第一お主が北条の御曹司などとは一片も信用などしておらぬからな!」


「はははははは。北条家もかようなドラ息子を抱えるとは、よもやよもやの大惨事よのぉ。虎と謳われし北条氏康公のご子孫がドラと呼ばれるとはまこと不憫なことよ。」


「ここまで来ると気味が悪いぞ。隆景殿。こやつ本当に北条氏直と思うか?」


「.......明らかに常軌を逸しておりまする。当主の身の振り方とは到底思えませぬが、、、。」


「この際、私が氏直であろうとあるまいと関係ありませぬ。よく聞いてくだされ。そこもとらの命運は我が手中にあり、好き勝手に物を申して良い立場にはありませぬ。生殺与奪せいさつよだつの権は全てこの氏直にあるということです。」


「!?」


「これはなんと........」


「............。」


「クソっ腹立たしい!良いか?我ら豊臣の天下の軍勢はお主らのひ弱な関東武士と違って勇猛で士気も高い。たかが一大名のくせに我らを苔に扱いおって!もう良いここで斬り殺してくれるわ!!」


「ッな!?加藤殿!」


「ええいかかれ!!」


バタンっ


「お命ここで頂戴いたす。」


「おおおおおおおおお!!」



「.......まれ。」


「.........。?」


「黙れと言っている!」


「っ!?」


「っ邪魔をするな隆景殿。それがし海手のこの軍を束ねる加藤嘉明ぞ!」


「だまらっしゃい!!いい加減にせぬか!」


混沌とした場を制したのは小早川隆景。


「........。」


「貴様。我に物を言うとは命知らずのようじゃな。先に斬られたいか?」


「よくよく考えてくだされ。通常であらば敵方の誘いにまんまと乗ってここ大島まで集まることなどありえませぬ。では何故集まらなければならなかったか。当然のことでありましょう、こここそが本当の戦場であるからです。それも交渉の戦でございまする。」


「.............」


「...........それは興味深い話だな。故にこちらの面々が参じていることに合点がいく訳だ。」


「恵瓊殿まで?」


「.........いかにも。」


「脅し文句でここまで我らを誘導したということは、やはり実のある話でしょうな?氏直殿。」


「もちろん。ただし簡単にはご提供はできませぬ。」


「いいでしょう。こちらとして出せる情報はいくらでもご提供いたしましょう。しかしあなたがたの努力程度ではよほどのことでない限り軍勢が内応するなぞありえませぬぞ。」


「..........さすがは天下に聞こえし賢人隆景殿。いいでしょう。では、なぜここ伊豆大島にて参集して頂いたか貴殿におわかり頂けましたか?」


「.........大島は陸地の少ない軍勢を留めるに向かぬ地.....。湾を抑えるにもやや不向きであり、軍港であるとは考え難いな。陸地にも近く、隠し事をするにもこの北西の地は不向き.......。しかしここ北西の地の真反対にも少なからず平地が存在する.....。」


「いかにも。」


「港湾がそこに存在するならば一体いずこへと.........また隠すならばいったい何を隠すというのだろうか.....。」


「実は最近、耳寄りな情報がありましてな。我が領内で大量に銀が産出されまして。」


「........!!!!」


「お?お判りいただけましたかな?」


「............。」


「??隆景殿。いったい何が隠されているというのでしょうか。」


「隆景殿がここまで神妙な面持ちになるのをわしは初めて見たぞ.......。」


「...........。」


「いや。まだ猶予はある。」


「さよう。今少しのところまで、迫っているとでもいえば正しいですが。」


毛利家中屈指の頭脳たる小早川隆景は戦慄し、額に冷や汗をだらだらと垂らす。


「.....交渉ですぞ氏直殿。こう致しましょう。」


「小早川殿ならそう来てくださると思っておりましたぞ!」


秘めた隠し事と、その「迫りくるなにか」とは。






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