『ジュエル【Je W El】』

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『ジュエル【Je W El】』

 皇紀2880年、人類の平均寿命は300歳を超え、やまいほとんどが克服された。


 過去には若年層の激減や流行病はやりやまい、更に大量殺戮兵器の使用により、人類の存続が危ぶまれたが、首脳陣の努力で危機を乗り越え、人類は再び、生物の頂点に君臨した。


 しかし、ここで新たな問題がしょうじた。


 年齢とは無関係に、性交を必要としない妊娠、出産が可能となり、人口が爆発的に増加したのだ。


 ……皇紀2700年には、既に人類を外惑星、或いは宇宙居留地に移住させる為の理論が確立していたにも関わらず、人々は地球から離れる事を固辞し、結局実現には至らなかった。




 ……かつて、『日本』と呼ばれていた地域……現在は『MLMain Land32541エリア』と呼ばれる地域に、小規模な研究所があった。そこでは研究者『カツメ・ジロウ』が、人知れず、人口問題解決の糸口を掴もうと躍起やっきになっていた。


 彼は先人たちが確立し、頓挫してしまった、人類が居住可能な惑星を捜索する研究を続けていた。


 彼の妻『シェリル・ジェム』も科学者で、彼女は、夫が移住可能な惑星を発見し、移住作業が始まった時の為に、安全な冷凍睡眠装置を研究していた。



 ジロウもジェムも、よわい百を越えていたが、外見は30歳程度に見える。


 そして二人には、8歳と5歳の子供がいた。 


ジロウの口癖くちぐせは「この子たちの為にも、必ず、この研究を成功させる」 ……だ。




 ある日、ジロウが宇宙空間に、無数にはなった分析衛星の一つから、喜ばしいデータが届いた。 


 地球と比して気温が低く、酸素濃度がかなり低いが、充分に居住可能な惑星を発見したのだ。




 一家は歓喜し、勇んであらゆる研究機関にメールを送ったが、いずれからも協力どころか返信すら無かった……。



 こうなったら、直接その惑星に行き、そのデータを持ち帰って、研究機関に直談判じかだんぱんするしか無い。


 一家は、宇宙航行が可能な航空機『ロケッチャー』に必要な機材を搭載し、目標の惑星へと旅立った。




 皇紀3020年、彼らはようやく目的地に到着した。


 手持ちの分析器をすべて駆使して、惑星全ての詳細なデータを収集した。


 多少のフォーマットは必須だが、資金さえ調達出来れば、単純計算で、全人類の70%を移住させる事が可能だ。



 一家は、文字通り、手に手を取って喜び合った。


 長年の苦労が成果に変わった瞬間だった。



 …地球に帰還する準備を進めていた矢先、帰還プログラムを入力していたジェムの手が止まった。



 ……バイオ燃料が……不足している……。


 それは、本当に単純な計算ミスだった。


 この惑星の引力が地球と比して強力で、大気圏離脱に成功しても、地球に帰還するには燃料が不足していたのだ……。



 惑星の探査データを解析しても使用可能な成分は発見出来ず、ロケッチャーの内装全てを外して軽量化をはかっても、帰還するには燃料が足りなかった。




 その時、ジェムが喜びの声をあげた!


 たった一つだけ、地球に帰還する方法がある……と言う。


 それは……


 冷凍睡眠装置を改造して、人体を死蝋化させ、それをバイオ燃料に置換する方法


 ……だった……。



 ジェムが……「ワタシと子供たち……3人分の質量の燃料でジロウは帰還できるわ」……と笑顔で告げた。


「そんな事、出来る訳がないだろう! それならオレを死蝋化しろ!」……とジロウがジェムを怒鳴りつけた。


「ジロウ、冷静に聴いて……」


 ……ジェムがジロウを優しく抱きしめ、語り始めた。


「ワタシも子供たちも、ロケッチャーの操縦は出来ない。 それに、この星のデータを持ち帰って、人類を救えるのは……ジロウだけよ」 ……と言って、そっとキスをした。


 ジロウは、ジェムの腕を振りほどき、


「もう、その話は止めだ。 何か別の手段を考えよう。」……と言って、ロケッチャーのコントロール・ルームを出た。


 ……コントロール・ルームの前では、子供たちが心配そうにジロウを見上げていた。


「パパとママ、ケンカしてたの?」


 ジロウは、二人を抱きしめ


「ケンカなんかしてないよ。 お話に夢中になってただけだ。」 ……と言った。




 何か方法は無いか? 見逃している事は? 


 あらゆる可能性を考えるが、答えが見付からない……。 無い袖は振れないのだ。




 ……その時、銃声が響いた。


 冷凍睡眠室の方向からだ。




 ……冷凍睡眠装置の中で子供たちが、それに寄り添うようにジェムが…物言わぬ姿で息絶えていた。


 


 ……涙すら出ずに座り込むジロウの目に、ジェムが最期に残したであろう、3D録画装置が入った。


 魂の抜け殻のようなジロウが、力無く、録画装置の再生パネルに触れた。


 再生された映像には、つい数分前に録画されたとは思えないほど明るい笑顔のジェムと、照れ隠しにおどけた子供たちが映っていた。


 ジェムは最早もはや、自分では操作が叶わない、死蝋化遺体からバイオ燃料を抽出する方法をジロウに伝えたかったのだ。


 ジロウを悲しませたく無いからか、映像には、別離わかれの言葉は遺されていなかった。


 ジロウには、それが却ってつらかった……。




 ジェムの遺言の通り、3人の死蝋化遺体から抽出したバイオ燃料を添加したロケッチャーは、ジロウの悲しみと反比例するごとく、皮肉なほど軽快に、地球に向けて航行を始めた。


 ジロウは、このままちてしまおう…と思う気持ちを必死におさえ、冷凍睡眠装置に横たわった……。



 ジロウが目覚め、到着した地球は、既に人類の生存許容数を超過しており、禁忌とも言える『ライフ・トリアージ法』が施行寸前になっていた。


 ジロウの発見を知った人々は、掌を返したようにジロウを称え、彼の惑星に移住する計画を急ピッチで進めた。 


 ……彼の惑星は、『Je W El 〜ジュエル』と名付けられた。 


 人類の新たな希望をはぐくむ、宇宙の『宝石Jewel』を意味すると共に……


 『ジェ“Je”mme』 そして二人の子供、『“W”イリーily』、『“El”le』 の頭文字を冠した名だ。


 『ジュエル移住計画』の第一陣が旅立つ数日前、ジロウが、彼のロケッチャーの中で、死蝋化遺体で発見された。


 自殺だった。


 ……遺された遺書には


 『私の身体は、バイオ燃料に置換して、ジュエル移住計画初号に使用して欲しい』


 と書かれていた……。




 皇紀3200年の晴れ渡ったある日、巨大な宇宙船が惑星ジュエルを目指し、旅立った。



 宇宙船の名前は『ジャイロ』 


 …… 移住計画の提唱者『ジロウGyro』の名を冠した船だ。







『ジュエル【Je W El】』・完



 ご高覧頂き、感謝申し上げます。


 ありがとう御座いました。


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