第七話



 朽ちかけた門を叩いて叩いて叩きまくると、やがて薄明かりがつき、作務衣を来た小柄な老人が迎えてくれました。



 小柄でありながら全身から言い得ぬ威厳が迸っているのが、夜目にもわかりました。その威容は、老人の細く冷厳さをたたえた目とあいまい、まるで何万もの大隊を率い指揮を執る将校かのように思え、自分の体が強く緊張していくのを感じました―――。



 数秒間――闇の中、老人と私は無言で見つめ合いました。



 いえ――私が和尚にられていたのでしょう。



 恐怖と驚愕を顔に張りつけ、半死半生の様相の男の奥の奥までを――。


 突然現れた真夜中のそんな来客に、和尚は何も聞かず、


「―――入りなさい」と中に導いてくれました。


 そして、そうです。今あなたが座っているこの場で、こうして向かい合ったのです。




 ―――やはり和尚には、私をひと目みた瞬間から、全てがえていたのでしょう。


 このお堂に向かい合って座るやいなや、

「世を捨て、己の悪を見たか――」、そう言われました。



 驚きのあまり何も言えない私に、熱いお茶を入れてくださり「お堂の脇の納戸に布団があるから、そこで寝ていきなさい」と、おっしゃってくださいました。




 ―――翌朝、朗々と響く読経の声に目覚め、泊めていただいた礼を言わねばと、そっとお堂の後ろで、お経が終わるのを待ちました。



 その時、ふと、このままここで、和尚の下で僧侶として修行させていただけたら、どんなにいいだろう……。

 そんな事を思いました。


 そんな虫のよい話があるはずもないのですが――。


 

 さりとて――、生きるあてもない。


 ここを出たところで、また死に場所を求めて彷徨うだけです。もう浮世に戻る気はなかった。

 人の世に疲れていましたし、何よりこんな「悪」を宿したケダモノのような人間は、戻るべきでもなかろう――と。



 やがて和尚は読経を終えると、こちらを振り返りもせず、


「いたければ、いればいい」、そう言ってくださいました。


 驚きとともに、感謝の念がとめどなく湧き出て、私は正座したまま土下座するように頭を下げ続けました。




 ―――その日から掃除、雑巾がけ、読経を基軸に修行に励みました。


 修行とともに山菜をとり、庭で野菜を作り、裏の湖で魚を釣れば、食べる事には少しも困りません。戦中の事を思えば、とても贅沢な食事とさえ言えました。


 寺といっても、檀家のようなものは持っていませんでした。



 ただ、和尚の力を頼って地域を問わず、全国からごく稀に人が訪ねてきました―――。




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