第五話 【生徒会】


 day.4/6 [第一言ノ葉学園:第一体育館]


 今日は朝会がある。

 この学園では月に一度、朝会が実施される。朝会では、学園長の挨拶からはじまり、生徒会からの連絡や新任教師の紹介などが行われていった。


 その間、俺は手持無沙汰に朝会とはまったく関係のない余計なことばかりを考える。彼らが話すのは、事務的な内容ばかりであり、如何せん青少年の興味を引く話題が出てこないのだ。


 ただ、生徒会長に関しては少し驚いたな。ああいう、熱血漢という言葉があてはあるような人間がいたのかと俺は思った。


 壇上に立って、耳がびりびりとするほどに空気を激震させた「おはよう!!」の一言から始まり、その一言一句には気迫というものが備わって、その時だけは余計なことを考えている余裕がなかった。


 なにせ、どの方向を向いていようと、ストレート球を投げてくるが如く真っすぐと発された言葉の内容が、脳内へと届いてくるのだから仕方がない。

 そんな彼の話が始まって、三分ほど。非常に暑苦しいと思っていたのだが、どうやら話も長いらしい。さっき紹介されていた生徒会副会長の眼鏡越しの瞳が、いらいらとしているのが見て取れるのが心配だ。


 ただ、その話も終幕に入ってきたようだ。そして、その最後に一つだけ発表があった。


「さて、新たなる若葉なる諸君。君たちには悪いが、僕達には『言霊』の使い手を育てなければいけない義務がある。そのため、一つのランキングを僕たちは設置した。そして、今から紹介するのは、君たちよりも一つ先へとすでに進んでいる新入生だ。彼らは、それぞれの学年に六人ずついる、『』という地位に既に座している!」


 ワードマスター。たしか、あの時。須黒が自分のことをワードマスターと言っていた。自分がワードマスターであることに偉いプライドを持っていたのを、今でも覚えている。


 この生徒会長の口ぶりからして、ワードマスターとはそれほどに偉い地位のようだ。


 そして、生徒会長の言葉に合わせて、の生徒が壇上に姿を現した。

 そこで、俺は察してしまう。先ほど、各学年にいると言われたにもかかわらず、今現在呼ばれたワードマスターは五人しかいないという事実に。

 そして、その俺の考えを確定させるように生徒会長が補足する。


「今年は初日に問題行動により、ワードマスターが一人欠けることとなった。これは、誠に残念なことだ。しかし、人間とは過ちを起こす生き物だ。過ちを犯さない人間はいない。だからこそ、我々は今回の件は寛容に採択を下した。彼には、またワードマスターに挑戦してほしいところだ」


 そして、ゴホンと息を整え、話を切り替える。


「さて、彼らワードマスターについて話そう。ワードマスターとは、学年ごとに設置された評価ランキング上位六人から選出されるエリートだと思ってもらいたい。そして彼らは、ワードマスターという称号と共に様々な権利を獲得している。学費、学食、寮などのこの学園に通うための様々な費用が免除され、また学園を卒業するために必要な単位も免除される。そう、それほどまでの特別扱いなのだ。そして、ワードマスターとはこの学園が押す『成績優秀者』の称号だ。国家が運営し、未来を担うこの学園の優秀者は、どんな職にだって就くことができるだろう。いわば、今の世でいかなる欲も叶えることができるのだ。それほどまでに、ワードマスターとは素晴らしい境地である。だからこそ、どんな私利私欲だろうが、君たちにはこのワードマスターを目指してほしい。理由はなんだっていい。お金稼ぎのためにいい職に就くため。成績が優秀になればモテるかもしれない。そんな簡単な欲望で構わない。言之葉学園は、優秀なものを歓迎する」


 そして、最後に生徒会長はこういった。


「ぜひとも、この学園を楽しんでくれ。若葉諸君」


 こうして、生徒会長の話は終わった。そして、続いてワードマスターの代表である、入試時の成績最優秀者であり、その結果第一学年一位のワードマスターとしての地位を手に入れた藤家ふじいえ 真昼まひるという女子生徒が、壇上にて入学生代表としてスピーチをする。


 長い黒髪を翻しながら壇上に立ち、凛とした美しさを持つ彼女は、確かにワードマスターという俺たち一年生の頂点に立つにふさわしい品格を漂わせていた。


 決して、須黒とかいう暴君とはまったく違う。やっぱり、アイツはワードマスターになって横暴になったわけではなく、あの暴力行為はあいつの元々の性格だったみたいだな。調子に乗りやすいのだろうか。


 こうして、藤家のスピーチも終わり、俺の朝会の記憶は再びあやふやになっていく。





 気が付けば、授業すらすっ飛ばして昼休みに入っていた。

 ぼんやりと授業を受けていたが、内容はしっかり頭に入っているはずだ。今は考えないことにする。


「あぁー……」


 まだ移動教室などないため、ずっと座りっぱなしだったので肩が痛い。ゆっくりと凝り固まった筋肉を解す様に伸ばしながら、息を吐いていると学園の放送からを知らせるアナウンスが流れた。


「なんだろ」


 向井木が横でそんなことをつぶやく。俺も何かあったのだろうかと考えながら、放送内容を聞いてみると。


『一年E組矢冨ジンさん。生徒会長がおよびです。至急生徒会室までお越しください』


「はい?」


 突然呼ばれた俺の名と共に、クラスメイトからの視線が一斉に俺に寄せられる。


「……確実に、昨日の件についてだろうけど。どうして生徒会長が?」


 こうして、俺の昼休みは始まった。




 第一言ノ葉学園生徒会長。朝会にて暑苦しくもスルーすることのできない覇気のある言葉にて、その存在感を余すことなく俺たちに伝え、一生に残るとも思えるほどの印象を与えた男だ。


 確か名前は、石津谷いしづや 正一郎せいいちろうだったか。生徒会長であり、学年ごとの頂点の名を冠するワードマスターの一人であり、三年生に在籍する第一位ワードマスターでもある。


 七三に分け、優等生然とした風体だが、その身にまとう覇気は荒れ狂う津波のように周囲を渦巻き、注目せざるを終えない威圧感を放つ男が、今俺の目の前にいる。


 生徒会室入室直後。並べられた長机の一番奥に、石津谷会長が座っていた。そして、俺を歓迎するように茶と椅子が即座に用意される。


 ところで、いま天井からお茶用意した忍者みたいな人はなんだったんだ。


「あ、あの。矢冨ジンです。呼ばれたので来ました」


 緊張のために震える声で、俺はこの場に来てしまった理由をいう。そして、何か要件があるであろう石津谷会長は俺との邂逅に合わせて席を立った。


 思わず身構えてしまう俺。なぜなら、ワンちゃん俺も停学の可能性があるからだ。なぜなら、いかに防衛目的と言えど俺は校則を破った身だ。


 校則に書かれていた、他者を害する目的での能力行使の禁止を思いっきり破っている俺は、今や後ろめたさの塊と言える。


 そんな俺は、少し縮こまりながら相手の出方をうかがっていた。石津谷会長が席から立ち上がる。それに合わせて、俺も席から立った。


 そして俺は石津谷会長と向かい合う形となる。静かに俺の方へ歩いてくる石津谷会長は、俺の数歩前で立ち止まると、ゆっくりと口を開いた。


「まさか、入学初日から問題を起こす生徒がいるとは思わなかった」


 やはり、俺が呼ばれたのは昨日の件についてらしいな。


 ごくり、と俺はつばを飲み込む。緊張感から汗が滝のように流れるが、そんなことは気にしていられない。

 俺は、石津谷会長の言葉に集中した。


「基本的に、言霊の力を手に入れることによって、自らの力におぼれ、あのような蛮行に至る生徒は毎年何人かいる。そのための拘束であるが、もちろん暴力のすべてを防げるわけではない――――だからこそ、!!」


「――へ?」


 俺が会長を見上げ、その言葉を一言一句聞き逃さんと注力していると、突然俺の視界から石津谷会長が消えた。

 なぜなら、石津谷会長がとてつもない熱量と共に、見事なまでのを繰り出したからだ!


「……へ?」


 あまりの理知外の出来事に俺は二度見する。土下座する石津谷会長のつむじを二度見する!


「なにやってんだ、正一ィ!!!」

「ぐはぁ!!!???」


 そして、混乱と困惑の極みの中、身動きが取れずにいる俺を置いて生徒会役員の一人に激しい突っ込みを受け、石津谷会長は壁へと激しく叩きつけられた。


 何が起きたかを理解するのに、俺は多少の時間を要したがはっきりと認識することはできた。今、生徒会長が壁まで蹴り飛ばされたのだ。


 そんな暴力沙汰を起こした生徒はいったいなにもだ。そう思い目を見やると、当の生徒の腕には、『庶務』の腕帯が巻かれていた。


 そして、何ともなさそうな生徒会長と庶務の口論が始まる。


「生徒会長が何簡単に頭下げてんだよ!」

「なっ!?? 本来は我々が未然に防ぐべき事柄を失敗してしまったからこそ、彼はけがを負ったのだぞ! そのケガが我々の過失が招いたことならば、誠心誠意の謝罪こそが彼に対する礼儀というものではないのか!?」

「だからと言って気安く下げていいほどお前のお冠は安くねぇんだよクソイノシシが!」


 さて、俺はどうしたらいいのだろう。庶務であろう黒髪の男子生徒と、生徒会長である石津谷会長がケンカをしている。

 殴り合いに発展しそうなほどにお互い掴みかかって拮抗しているのだが、あれは果たして大丈夫なのだろうか?


「あらあら。いつも通りのことだから、気にしないで終わるまでお茶でも飲んでいるといいわ~」

「そうでござる。会長殿達はいつもあんな感じでござる。今日は副会長が風邪ひいて出席してないからまだ平和な方でござる」


 立ったまま状況に理解できなくて呆けていると、後ろから俺を包み込むようなオーラを感じて振り返れば、『会計』という腕帯をつけたおっとりとした女子生徒と、天井からぶら下がる『書記』という腕帯をつけた黒ずくめの男子生徒が現れた。


 彼らに促されるままに席についてみると、彼らも席についた。そして、彼らといつの間にか設置されていた茶を嗜みながら、会長たちのケンカの行く末を見守ることとなるのだった。





 そして、ケンカは十分ほど続いた。その結末は両者消化不良といった感じで、ケンカ内容もうやむやになって潮が引いていくようにケンカは収まった。ともかくとして、改めて生徒会長が俺へと向き治り自己紹介をする。


「見苦しいところを見せた。改めて、僕は石津谷正一郎。この学園で生徒会長をやっているものだ。この度は、我々が気を付けるべき生徒の暴走を防いでくれたことに感謝する。それと、我々が駆けつけるのが遅れてしまったがために、君がけがを負うことになってしまったことにも謝罪しよう」


 今度は土下座なしだ。さっき庶務の人に言われていたことを気にしているようで、あれだけケンカをしていたが、いうことを聞いているということはそれだけ気の知れた中なのだろう。


 ともかくとして、俺はその謝罪と感謝をどちらも受け取ることはできない。


「いえ、俺の独断の愚行で、皆さんに迷惑を書けてしまったのですから、むしろ俺が謝るべきだと思います」


 それが、俺の答えだ。正直、問題解決の素人である俺が手を出していい問題ではなかった。特に『言霊』なんて力を各々が持つこの学園では、対言霊のエキスパートである先輩方に任せればよかったのだ。


 ただ、そんな俺の言葉を聞いても、この熱血生徒会長は意見を変えなかった。


「いいや。君が何と言おうと、君のやった行動は結果として払田少年を救ったことになる。少なくとも、それだけは否定することはできないよ」

「そう、ですね」

「だからこそ、胸を張り給え! 誰かを救うなぞ、誰にでもできることではないのだから!」


 そういって、俺に活を入れるように背を叩く石津谷会長。


 そして、今回の話はそれだけではなかった。


「さてさて、君には他にも要件が一つある」

「は、はい。何でしょうか」

「君は、ワードマスターの条件を知っているかね?」


 ワードマスター。それは、朝会で紹介された学年のトップ集団のことだ。そして、朝会で聞いた内容からすれば、成績優秀な上位六名がワードマスターの称号を受け取ることができる。


「一年生のワードマスターは、入試結果をランキング付けした時に上位に輝いた六名が選ばれた。君を殴った須黒君も、その一人だった」


 『だった』ということは、既に違うということだろう。それはともかく、何故俺にこんな話をするのか。俺はもうなんとなく察しがついた。


「僕は、君に空席となった一年生のワードマスターの座を継いでもらいたいと思っているんだが、どだろうか?」


 それは、一つの誘いだ。おそらく、問題を起こした須黒を止め、その須黒が当初いじめようとしていた払田を助けた俺だからこその誘いだろう。


 ただ、俺は――、


「……断らせていただきます」


 その誘いを断った。


「ふむ。何か理由があるのか?」


 俺の回答の理由を聞いてくる石津谷会長。


「俺は――ワードマスターという称号の凄さはまだわかりません。ただ、百人近くいる中で、六人しか受け取ることのできない称号――それは、とても名誉なものなんだと思います。ただ、俺はそれを受け取る資格がない、そう思っただけです」


 俺は、あの行為を間違った判断だったと思っている。なぜなら、俺はあの行動を最善だと思っていないからだ。

 少なくとも、俺は払田を救えたかもしれないが、それは運がよかったからだ。あいつらの注目が俺へと向いた結果、俺がけがを負った。ただ、最悪あのリンチに払田や向井木も巻き込まれていたかもしれない。


 そして、俺がけがをおったにもかかわらず、そのケガが治療されているということは、これを治療してくれた人に迷惑をかけているということだ。


 だからこそ、俺は俺自身を未熟だと断定する。最善でなかったとしても、運がよかったと言ってしまうような結果を引き起こしてしまった俺は、まだまだなのだ。


 だから、俺はワードマスターという称号を受け取ることができない。


 その俺の答えに、石津谷会長は小さく、そして残念そうに「そうか」と俺の出した理由に納得を示した。


「だが、君には才能がある。誰かを助ける才能が。まだ発芽していないかもしれない、が。きっと、それはどこかで芽吹くことになる。その時に、僕たちはまた君に声を掛けさせてもらうことにするよ」

「その時があれば、ですけどね」


 そうして、今日の昼休みの終わりを告げる鐘がなった。




 ――――昼めし食い逃したな。

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