第四話 【白紙の力】


 day.4/6 [第一言の葉学園:河鹿寮三階]


 がばり、と飛び起きた時には朝六時。どこかわからないどこともしれない部屋の二段ベットの下の方にて俺は起床した。二段ベットの隣には、小型の収納スペースと棚が並んでおり、二段ベットの内側と外側を隔てるようになびくカーテンを開けると、足元には俺の荷物が無造作に置かれていた。


 確か俺は、同じクラスの同級生を助けようとして、須黒とかいう不良に絡まれたんだったか。そして、その須黒の言霊の力により気絶するまでぼこぼこにされて、意識を失って――――今ここにいる。


 いったい、俺が気絶している間に何があったのだろう。


 ――ははーん。俺はひらめく。

 もろもろの情報から考えて、おそらくここは寮だな?


 しかし、頬に手を当ててみても、俺の頬には記憶にある腫れがない。あの殴られた傷がどれほどのモノかはわからないが、少なくとも感触だけでは何事もなかったかのように完治している。


「これは、そういう力を持った『言霊』があるってことだよな」


 あの出来事を夢だとは思わない。なにせ、あの痛みを夢だと判断するほど、俺はバカになることができないから。


「起きたかジン!」


 そんなことを考えていると、先ほどの俺の独り言に反応して、二段ベットの上から声が聞こえてきた。


「向井木、同室だったか」

「そうだぜ。ってか、部屋割りは大体クラスメイトの奴が集まってる感じだな。件の勇気の奴は別部屋だけどな」


 とりあえず、起床の時間だからと着替えをする向井木から、寮に関する話を軽く聞いておいた。

 

 部屋ごとに四人に分かれており、起床時間は朝六時から六時半の間。七時に食堂で朝食を取ることができ、八時から学園でホームルームが始まる。それに間に合うように支度をすればいいらしい。


 そして、同室のメンバーは俺と同じ一年E組の男子生徒だ。


「昨日自己紹介したけど、改めて。僕は福ノ宮ふくのみやかいと。昨日の話は聞いたけど、ジン君は大変だったみたいだね」

「俺は唐栗からくりさとしだ。よろしくな!」

「俺は矢冨 ジン。まあ、よろしく頼む」


 そんな感じで、同室の級友とも親交を深めつつ、次に昨日の須黒についてのことの顛末を聞いた。


 あれから俺の生やした木によって拘束された須黒は、すぐに手持ちの装具であるメリケンサックと傷だらけの俺の殴打痕から騒ぎの犯人とされ、風紀委員会に連行されたそうだ。そのあとはわかっていない。

 ただ、取り巻きと一緒に払田と向井木も事情徴収されたらしい。その時に聞いた話では、一方的な判決にならない分、この騒ぎの結末は少しかかりそうだと向井木は言っていた。


 ただ、風紀委員が零した言葉から須黒の停学は確定。それに、何らかのペナルティがしっかりと下されるらしい。


 そして、気を失った俺は意識がないために、最寄りであった寮に搬送された。寮の案内も受けられず、とりあえずと部屋割りに従ってベッドに安置されたとのこと。


 そして、今俺が起きたところ、と。


 ことの顛末はなんとなく理解した。しかし、怖いのは俺への罰則だよな。


「校則その四。対象を害するための言霊の行使を禁止する。不安だ……」


 手帳を開き、校則を確認すればばっちりと禁止事項に書いてある禁止の文字。間違いなく、自己防衛とはいえ挑発したうえで『言霊』まで使って相手を攻撃したのは俺だって変わらない。

 俺にも、何らかのバツがあってもおかしくないはずだ。


 あー、憂鬱だ。



「……そういや、あれなんだったんだ?」

「あれ?」

「ほら、お前が使った『言霊』。なんて言ってるのかはわからなかったが、明らかに俺の【木】を使ってたよな。あれ、なんなんだ?」


 そうだ。記憶がおぼろげだが、確かに俺はあの時『言霊』を行使した。『言霊』の発動キーである発声を行い、その力を確かに顕現させたはずだ。


 確かあの時。


「女の声で、『描け』って言われたんだよな。そしたら、人差し指が熱くなってよ。確か、こんな風に空中に文字を書いたんだ」

「あ、ちょ! おまっ――」

「え?」


 俺は、昨日出来事を思い出す様に指で宙のなぞる。【木】と俺が描き、なんとなく地面を指さした。その瞬間、床を突き破って木が生えてきたのだ!


「あ……あー」

「あちゃー」

「ちょ、なにやってんだ、ジン!」

「これは愉快なことになったなぁ!」


 俺たちの床の木材の一部が、元になったであろう樹木に形を戻して、天井すれすれまで生えてしまった。そして、騒がしい音を聞いて寮長が飛び込んでくるまであと五秒。


 朝の騒動から少し時間が経つ。


 なお、部屋に生えた木はそのまま。また、言霊を扱いなれていないとはいえ、ここまで派手に部屋を改造してしまったということで罰則が発生した。俺と向井木の二人でトイレ掃除一週間だ。向井木には悪いが、絶対に付き合ってもらうぞトイレ掃除。


 それはともかく、そんな朝の騒ぎを経て朝食を取り、登校をした俺たち。変な騒ぎに巻き込んでしまった同室の他二人に謝りつつ、俺は向井木と話していると、女子寮から登校してきただろう愛衣がこちらへと走ってきた。


 そして、開口一番にとんでもない大声で俺へと怒りをぶつけてきた。 


「ジンはなんでも自分一人でやろうとする癖があるんだから、心配したんだよバカぁあああああああ!!!!」


 とのこと。ただ、その一言で思いっきり叫んだおかげか、そのあとは静かに説教を垂れる。

 まあ、愛衣の言うことももっともだ。向井木をと共に行けばまだ俺が気絶する結果になることもなかっただろう。ただ、風紀委員が駆けつけてきたのは向井木が通報してくれたからなんだよな。


 ……いや、あの場はおとなしく通報した方がよかったか。


 ただ、俺はたぶん通報した後ですぐに同じことをやっただろうけど。


「……バカ、アホ、マヌケ」

「いや、ほんとごめんな」

「……前も考えなしに川に飛び込んで死にかけたじゃん」

「いやだって、おぼれてたネコを見捨てられるわけないだろ」

「……その猫に踏み台にされておぼれかけたでしょ、バカ」


 そんな風に、俺はゆっくりと愛衣の罵詈雑言に平服しながら愛衣を宥めた。ぽすりぽすりと腹をグーパンで殴るという暴力行為も甘んじて受け入れる。


 そのおかげか、ほんのりと機嫌を戻す愛衣であった。それはともかく、愛衣が落ち着いたのを確認していた俺は、向井木と共に愛衣が合流するまでにしていた話に話を戻した。


 その話とは、もちろん俺の能力について。


「なあ、向井木。あれは間違いなくお前の【木】の言霊で間違いないよな」

「まあ、俺もまだ自分の力に慣れてないから何とも言えないけが、おそらくそうだな」


 須黒との一件で、俺はたしかに自分の言霊を使った。ただし、あの能力行使を経ても向井木や愛衣のように手帳の白紙に何か文字が浮かび上がることはなかった。そして、俺の指輪にも何ら文字が刻まれる気配はない。


 だが、朝にやったように、今でも【木】を生やすことはできた。


 まあ、今ここではやらないものの、さっき学園の隅にあった林に一本だけ増やす形で実験してみたが、容易に再現することができたのだ。


 ただし、それしかできない。今のところ、【出】【白】【足】【光】など、いろいろと試しているが、一向に何らかの力が発動する気配がない。さらには、指で文字を書いている最中、画数の多い文字を書いている最中に、ぼんやりとこれ以上は書けないというイメージがわいてくる。つまり、画数制限があるようだ。


 その結果を踏まえて、俺と向井木はいくつかの予測を立てた。


「一つ。発動条件は、俺の指によって文字を描くこと」

「二つ。何らかの制限があり、使用不可能な文字がある。もしくは、何らかの条件を満たしていないために、【木】以外の文字をいまだ使えない」

「三つ。詳細は不明だが、画数に制限があり、画数の多い文字は発動できない」

「四つ。文字を書くという特性上、書き始めから発動までに時間がかかる。俺の【木】は詠唱で即時発動だけどな」


 俺の能力の特徴を予測するとするならば、こんなところだろうか。如何せん、今現在再現できた言霊が【木】しかないのが問題だ。ただ、愛衣の【装】は画数に引っ掛かってしまった。


 よって、【装】の文字の十二画未満の文字しか書くことができないことは確認できている。


 現状でわかるのはここまでだ。それ以上は、いまだ未知と言える。


 ただ、一つだけ。不安なことがある。



――――【    】


――――【  】


 須黒の件にて俺が能力を行使する際に吐き出したあの言葉だ。いや、あれは言葉だったのかもあやしい咆哮だった。


 本来、言霊というだけあって、その能力を行使する際には必ず特定の言葉の詠唱を必要とする。向井木が能力を発動するにも、【木】と一言添える必要があるのだ。おそらく、あの何もない言葉もそれに該当する行為なのだろうが、ただ、再び俺が俺の能力を使う際に、あの言葉なき言葉は出てこない。

 あの時、あの言葉にどんな意味が秘められていたのかを、俺は理解していた。だが、それは朦朧とした霧の中に消えてしまい、今となっては思い出すことはできない。


 ただ、一つだけ。これを、不審と思える理由がある。


 なぜなら、あの時の咆哮は空虚なものであり、本来あるべきはずのものが失われてしまったような感覚があったのだ。


 すでに無くなっているにもかかわらず、そこにあると見紛うてしまう。まるで失ったはずの腕に走る幻肢痛のような。あれはそういう、咆哮だった。


 あれがなんだったのか。それが、俺にはわからない。本来あそこに何かがあったのか。それは、本当は俺に存在していたものなのか。それならば、その存在していたものはどこへ行ってしまったのか。


 そして、あの咆哮と共に聞こえた女の声の正体も。


 俺には、なに一つわからない。


 それが、ただ一つの不安だ。


「まあ、何も能力がないわけじゃなかったんだ。それだけでもよしとするか――――あと、そろそろ放していただけませんでしょうか……」

「やだ。放すとまた一人でどっか行っちゃうもん」


 先ほどからずっと、愛衣は俺の手を抱え込んだまま放さない。どうやら、今度こそ俺が危険なことをしない様に、羽交い絞めにして止めるつもりでやっていることのようだ。

 しかし、俺としては恥ずかしいのだが……おい向井木! カメラで俺たちのこと撮影するんじゃない! 


 

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