天馬先輩が渡してくれたもの

「ああ、私の唯一のジマンであるノートが……」


 授業終わりのチャイムをこれほど待ち望んだのは、久しぶりです。

 いつもなら、授業を受けている間が好きなのでチャイムが鳴ると悲しいのですが。

 今日は、本当に必要なところしか写せていません。内容も覚えていません。


 チャイムが鳴るのと同時に、転がるように教室から飛び出しました。

 もちろん、トシローさんが入っているのでかばんも一緒に。


『何をそんなにあわてているのだ? もう帰るのだ?』


 鞄の中からトシローさんが問いかけてくる。


「いえ、帰りたくても帰れません。まだ4時間、授業がありますので」

『だったらなんでそんなに急いでいるのだ』

「他の人に、ジロジロと見られて内緒話をされるのを聞いているのは嫌だからです」

 

 授業中も、教室のあちこちから視線を感じた。

 休み時間になれば、ますます視線の数が増えるのは目に見えています。


(とはいえ、行くあても何もないのですが……)


 授業が始まる前には教室に戻らないといけません。

 それまでどこか、時間をつぶせそうな場所は……。

 ふと廊下の窓に視線が向いた。

 校舎の真ん中には、中庭があってベンチが並べられている。


 気がつけば足が中庭に向いていた。

 そして、ベンチの一つに腰かけて大きなため息をつく。


 クラスメートたちも、わざわざここまでは追って来ないでしょう。

 そう思いながら、鞄の中から小さな紙袋を取り出す。

 さきほどの休み時間に天馬先輩がくれた紙袋。

 

『いらなかったら捨ててくれ』


 そう天馬先輩はおっしゃっていました。

 一体、何が入っているのでしょう。


 恐る恐る、紙袋を開いてみる。


 中には、一冊のノートが入っていた。表紙には、何も書かれていない。

 思わず、ページを開いてみて絶句する。


「うわあ……」


 まず、汚い字が目に飛び込んできた。

 これは、自分以外の人に読ませる気がなかったような書き方です。

 こんなふにゃふにゃの字で書いてしまったら、持ち主だって読み直しにくいと思うのですが……。


 ただ、書いてある内容については興味がわいた。

 ノートに書かれた文字を、食い入るように見つめる。

 見かねたトシローさん声をかけてくる。


『何について書いてあるのだ?』

「魔女のことや魔法のことについて、書かれています」

 

 パラパラとページをめくる。


「……」

『どうかしたのだ?』

「天馬先輩は、魔法や、魔女のことが、大好きなんだなぁと思いまして」


 雑な字ではありましたが、最後のページまで使い切って書かれています。

 それだけ、魔法や魔女について調べ、知ろうとしていたことがうかがえました。


『ワガハイも見たいのだ!』

「トシローさんは、家に帰ってから見ましょうね。ですがその前に……」


 ノートを紙袋になおす。それから、紙袋を腕にかかえた。


『何か、気になることでもあるのだ?』

「……これ、きっと大切なものですよね」


 これはきっと、天馬先輩が魔女になった時に色々調べて回った記録。

 そんな大切なものを、私なんかが借りていてよいのでしょうか。

 周りの目を気にして、目の前にいる天馬先輩を見られなかった私が。


 うつむく私と、鞄の中から私を見つめていたトシローさんの目が合う。


『気になることがあるなら、行動あるのみなのだ』

「え?」

『ミスズは、どうしたいのだ? それが大切なのだ』

「私が……どうしたいのか……?」

『きっともう、ミスズの中に答えはあるはずなのだ』


 トシローさんの、まんまるお目目が私をまっすぐ見つめています。

 その目に映る、自信なさげな私。


「謝り……たいです」

『じゃあ、今から会いに行くのだ』

「今からは、駄目です」

『どうしてなのだ?』


 鞄の中で、首をかしげているトシローさんに、早口で答える。


「もうすぐ、休み時間が終わります。教室に戻らないと」

『じゃあ、次の休み時間に行くのだ?』

「いいえ。授業の合間の休み時間では、お邪魔でしょうし」

『よく分からないのだ……』


 トシローさんが疑問に思うのも、無理はありません。

 本当なら、すぐにでも謝りにいくべきだと頭では理解しています。

 けれど、同時に学校で天馬先輩に会う勇気がないのです。


 自分より年上の先輩たちがたくさんいる二年生のフロアに行くたくないのと。

 学校中であまりよく思われていない天馬先輩に会いにいく勇気がないこと。

 二つの理由が私の足取りを重くさせてしまうのです。


 こうなったらなんとか学校帰りに天馬先輩に出会えるよう、祈るしかありません。


『まぁ、ミスズのやりたいようにやればいいのだ。ワガハイは反対しないのだ』


 どことなくトシローさんの声が冷たく聞こえたのは、気のせいでしょうか……。

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