周りの視線と、目の前にいる人。

「無事に間に合って、本当によかったです……」


 一時間目と二時間目の間の休み時間。

 周りのざわめきをシャットダウンするため、机にパタン。


 ショートホームルームで聞いた連絡事項なんて、ほとんど覚えていません。

 廊下で、先生を追い抜いていなければ遅刻確定でしたし。

 一時間目の授業も間に合ってよかったという気持ちしか、ありませんでした。


『あの顔が怖い魔女のおかげで助かったのだ』


 鞄の中にいる、トシローさんも大きくため息をついている。


「本当に、天馬先輩が優しい魔女でよかったです……」


 ああ、今度天馬先輩にきちんとお礼を言わなくては。

 でも一年生が二年生の教室に行っては、迷惑でしょうか……。

 そんなことを考えていた時、教室の様子がいつもと違っている事に気付く。

 

 おかしい。休み時間中に、教室がこんなに静まりかえったこと、今までなかった。

 顔を上げてみると、教室の扉の前に見覚えのある茶髪の人が見えた。


 ウワサをすればなんとやら、天馬先輩です。

 一人のクラスメートが天馬先輩に声をかけに行くのが目に入る。

 おそらく、誰への用事なのか確認しに行ったのでしょう。


 このクラスにお友達でもいるのでしょうか。

 ぼんやり考えていると、天馬先輩に声をかけていたクラスメートが走ってくる。


「おい猫村! 天馬先輩がお前に話があるって言ってるぞ!?」


 ざわつく教室。


『猫村さん、天馬先輩を怒らせるようなことしたのかな』

『大人しそうに見えるけど……』


 周りの視線が、とても痛いです。

 中学生になってからでしょうか、周りの視線が気になるようになりました。

 特に周りにとけこんでいるという自信はありません。

 ですが、ある程度空気を読まないと、完全に嫌われてしまいます。

 今の私の平和とは、周りから浮かない程度に、一人でいることなのです。


 ああもう、天馬先輩が怒ってるってどうして決めつけるんでしょう。

 確かに怒っている表情に見えますが、怒らせるようなことをした覚えはないです。

 本当は、教室の前でそう宣言したいくらいですがそんな勇気はありません。


 声をかけてくれたクラスメートの男の子にお礼を言う。

 それから周りの視線から逃げるように、天馬先輩のところへ走る。

 天馬先輩は、居心地悪そうに廊下のかべに寄りかかっていた。


「先ほどはありがとうございました。お礼も言えずにすみません」


 早口でそれだけ伝えた。教室の出入り口の近くには、たくさんのクラスメート。

 その視線が嫌で、思わず肩をすくめる。


 ああ、駄目だ。どんなに天馬先輩が悪い人じゃないと分かっていても。

 天馬先輩と一緒に、注目の的になるのは嫌だと思ってしまう自分がいます。


「いや、大したことじゃねーし」


 天馬先輩は、私の目を見てそう答えてくれた。

 それから小さく舌打ちをして、いらだたし気に髪をかきあげる。


 ああ、せっかく来てくれた天馬先輩を怒らせてしまいました……。

 気持ちと同じように、自然と視線が床に向きます。

 すると、明らかに私に向けられたものでない言葉が響きました。


「見世物じゃねーんだッ! 引っ込んでろッ! お前らに用はねーんだよッ」


 鋭い声。その言葉に、顔を上げる。

 目に入ったのは、あわてて教室の中へと消えるクラスメートたち。

 他の教室の窓やとびらからも見え隠れしていた顔も同時に引っ込む。


「……わりィ」


 急に謝られて、思わず天馬先輩の顔を見た。


「なぜ謝るんですか」


 先輩は、何も悪くないのに。そう言いたいのに、言葉が続きません。

 ただ口を開いたり閉じたりする事しかできない私に、天馬先輩は言う。


「……やっぱり、迷惑だった……よな?」

「え?」

「これ! いらなかったら捨ててくれ」


 天馬先輩は私に何やら紙袋を押し付けると、足音あらく去って行く。

 その背中を見送っていたら、次の授業の始まりを告げるチャイムが鳴った。

 





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