天馬先輩

魔女は遅刻しない(多分)

「しまった!」


 目覚まし時計を止めた記憶は、ありませんが。


「遅刻だけは、勘弁かんべんです!!!」


 いつも起きている時間の三十分も、現時点でずれ込んでいます。


「目覚まし時計が鳴らないなんて! 電池切れでしょうか……っ」


 あたふたとベッドから起き上がる。

 すると、私の隣で寝ていたトシローさんがどや顔をした。


『さっきそのキカイ、うるさかったのだ。ワガハイが止めてやったのだ』


 ああ、あなたでしたか……。


 何も言い返す気が起きず、ただただ、ため息が出た。


「トシローさん、私は学校に行かなくてはいけません」

『ガッコー? それは学ぶところなのだ?』


 トシローさんが目を輝かせる。


『ワガハイも一緒に行くのだ』

「いやいや、駄目だめですよ。さすがにまずいです」


 学校に動物を連れて行ったら怒られます。


『大丈夫なのだ。ワガハイ、おとなしくしてるのだ』

「そういう問題ではありません。動物を連れて行っては駄目なのです」

『見つからないようにするのだ。だから、置いて行かないでほしいのだ』


 うるうると目をうるませるトシローさん。う、卑怯ひきょうです。

 そんなかわいい目で見つめられたら、断りにくいのです……。


「私は今、落ち込んでいるのです。トシローさんの面倒めんどうまで見切れません」


 ああ私の少ない自慢じまん、無遅刻無欠席記録がとぎれてしまいます。

 思わず、大きなため息がはき出される。


 すると、トシローさんがにやっと笑った。


『ワガハイを連れて行くなら、今からでもガッコーとやらに間に合うのだ』

「いやいやいや、無理ですって!」


 現在、八時を回ったところ。学校へは、歩いて三十分はかかる。

 まだ制服に着替えていないし、顔も洗っていない。

 そうなると、どう考えても八時三十分のショートホームルームには間に合わない。


『昨日、ミスズは魔女になったのだ。魔女のミスズは、遅刻しないのだ』

「そんな、ホウキで空を飛べるわけでもないですし無理ですよ……ん?」


 今私、なんて言いました……?


 頭の中に流れる、物語に出てくる魔女の移動の方法。

 ホウキにまたがり、自由に空を飛び回る魔女さんのイメージがわいてきます。


「魔女って、ホウキに乗って飛ぶことはできますか」

『もちろんである。ミスズは、魔女なのだ』


 当然、といった表情のトシローさん。


「決まったホウキじゃなくても、大丈夫なんですか」


 頭の中で、選ばれたホウキをどこからか、引っこ抜いてくる絵が浮かんだ。


『もちろんなのだ。ホウキなら、なんでもいいのだ』


 ああ、どんなホウキでも問題はないのですね。よかった。


『ただ、ホウキにも性格があるのである。相性の悪いホウキだと、言うことを聞いてくれないこともあるらしいのである』


 それは困りますね。……しかし今は、考えている余裕よゆうはありません。

 急いで家にあるホウキを見つける必要があります。


 急いで学校に行く準備を整えて、食パンをくわえて家を飛び出した。

 うまく行けば、ホウキに乗っている間に朝食は食べ終わることができるはず。


 お目当てのホウキは、玄関を出てすぐの場所に、二本並べて置いてあった。

 二本のうちの片方はボロボロ、もう片方はピカピカ。

 ボロボロの方は、そういえば昔からあるような気がします。

 ピカピカのホウキの方は、庭掃除そうじに使っていたのを見ました。

 汚れたらすぐに買い換えるので、これも新しく買ったものなのでしょう。


「うーん、どちらを持っていくべきでしょうか……」


 本当はピカピカの方を持っていきたいところです。

 けれども、ピカピカの方を持って行ってしまったらお母さんにバレてしまいます。


『美鈴、ホウキなんか何に使ったの』


 そう聞かれてうまくウソをつける自信がありません。

 なので、なくなっても気づかれにくそうなボロボロのホウキを選びました。


「ふつうに、ホウキにまたがればいいんですか」


 学校の掃除の時間、ホウキにまたがって遊んでいる人を見かけました。

 その人たちのことを思い出しながら、ホウキにまたがります。


『そうなのだ。あとは、ガッコーに向かって飛べと思うだけでいいはずなのだ』

「はず……」


 トシローさんの言葉を信じてよいのでしょうか……。


 そう思いつつ、ホウキにまたがる。


『ガッコーに向かって飛ぶのだ!』

「学校に連れて行ってください」


 私と、トシローさんの声が重なる。すると、ふんわりと体が浮く感じがした。


「トシローさんトシローさん! なんだか飛べそうです!」


 私があわてて言うと、トシローさんもホウキの柄に飛び乗る。


「危ないので、かばんの中に入っていてくださいね」


 ホウキの柄に持ち手を引っ掛けた鞄のチャックを開き、トシローさんを入れる。


『ぎゅうぎゅう詰めなのだ』

「少しの間、我慢していてください」


 トシローさんが鞄の中に入った瞬間、ぶわっと私の体は空へと舞い上がった。

 急に地面から空へと風で飛ばされる葉っぱの気持ち、少し分かった気がします。


 ホウキさんは、勢いよく空へと飛びあがると、ある方向に向けて飛び始めました。

 すごい速さです。目が開けていられないくらいです。


 ホウキで飛ぶことができた喜びを感じるひまなんて、ありません。

 私は、必死にホウキさんにつかまっていることしかできませんでした。


『お、なんだかスピードがおさまってきた気がするのだ』


 しばらくして、トシローさんの声が聞こえてきた。

 おそるおそる目を開けてみる。すると、遠くの方に見慣れた校舎が見えた。


 おお、これなら遅刻はどうにか、まぬがれそうな予感です。


 安心して思わずため息が出る。その時。手元のリボンにふと、目が行く。

 昨日、トシローさんと契約をしたときに現れた、リボン。

 その真ん中にある石が、点滅している。


「……」


 少しすると、石は光らなくなった。そしてそれと同時に……。


「……なんだか、嫌な予感がします」

『同じく、なのだ』


 ホウキの動きが、止まった気がした。

 そのまま、真下に急降下!


「ぎゃあああああ! まだ死にたくないですうううぅぅぅぅっ」

『それは、ワガハイも同じなのだあああぁぁぁっ』


 こんな何もない場所で、高い場所から落ちて怪我をしたりしたら!

 どう説明すればいいんですかああああ!?

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