陰陽師

夢から覚めると彼女の手足は痺れていて、なんとなく輪郭までも薄くなっている。

「まただ。はやく祠を探さないと」


6年ぶりに津雲城に来た。彼女は、城の裏手の登山道を入って行く。1時間ほど歩いたところに緑のフェンスで囲った大樹寺跡があった。寺があったとは思えないほど何もない草原が広がっている。まるで時が止まったような静寂がここにある。


「史蹟 大寿寺跡」


古地図を見る。

「ここから西に三千歩かぁ」不安になりながらも彼女は山道を歩いて行く。鳥の声が心地良い。


「夕方までに着くかしら?」彼女はぼそっと呟き、そのまま歩いた。辺りはだんだん薄暗くなり、やがてすっかり日が落ちてしまった。


真っ暗な山の中で彼女は途方に暮れていた。泣きたい気分だ。


「どこか休めるところは無いかなあ」不安と焦燥に押しつぶされてへとへとになりながら暗闇を歩く。歩き疲れて、ふと前を見ると神社が見えてきた。沢山の灯籠が薄暗い夜道を照らしている。しんと静まり返った空気が漂う。古い石段に不気味さを感じながらも、彼女は勇気を振り絞ってそこを訪ねてみた。

「すみません。あの、道に迷ってしまって・・・」中から黒い着物の男性が出てきた。彼女は暗がりでやっと見つけた人の温もりに安堵の表情を浮かべたが、やがてそれは驚きに変わった。水晶の中に見た陰陽師だった。

燭台を持つ陰陽師が言う。

「どうぞ此方へ」ゆっくりと背を向け、中に入って行く。彼女もそれに続いた。


中に通されると、あの夢の中で見た水晶玉もある。横には巫女姿の水晶玉の女性。

「あなたは・・・」彼女はそれ以上声も出ない。


「さあさあ」と陰陽師。

「あなた様を待っていましたよ。あなた様は鶴姫の生まれ変わり。津雲藩の誤った時の流れを止めることができるのは津雲の血筋であり、鶴姫生まれ変わりである千鶴様のみ。どうか、この誤った時の流れを記す書物を火に焼べてください。さすれば、正しき時の流れに戻ります。鶴姫様も亀姫様も、そして未来のあなた様も」陰陽師は呪文を唱え始めた。

一本のろうそくの火がゆらゆら揺れ始めた。

「えっ、そんなこと。私は・・・」

「さあ、早く。このままだと、あなた様の存在自体も無くなってしまいます。消えかけた手足だけでなく、姿形もその存在さえも。無かったことになってしまう。赤月の夜が明けてしまう前に、さあ。」


彼女は戸惑いながらも痺れる手で言われるがままに火に書物を焼べた。大きな地響きとともに、地が揺れ天井が崩れ彼女の上に落ちてきた。


朝日がさして彼女は目が覚めた。どうやら山の中で気を失っていた。いや、眠ってしまっていたのだろう。彼女の後ろには古い小さな祠と山桜、真っ二つに割れた水晶玉、和紙の燃えた跡があった。彼女の輪郭は戻り、痺れは無いようだ。

ポケットから鶴姫伝説の冊子を取り出し、見る。にっこりと彼女は微笑んだ。山桜の花びらが風に吹かれてはらはらと舞っていた。


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水晶の夢 中村胡蝶 @yk9140

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