第38話 研修受け入れ農家の苦労

 翌朝、功は収穫の準備をして研修生の到着を持ったが秀志は約束通り朝5時に現れたものの、春樹は姿を見せなかった。

「秀志、春樹さんは来てくれるんだよね」

「待ってください。limeのトークを送ってみます」

 秀志は、スマホを取り出すと何やら入力している。

 無料通話の方が早そうなのだが、早朝なので気兼ねをしているか、通話形式で会話するのが苦手なのか、あるいは両方かもしれないが、早く作業を始めたい功としては微妙に苛立った。

 秀志が送信ボタンを押してからしばらくすると、返信が戻って来た。

「寝坊したから先に始めてくれと書いてありますね」

 秀志が文面を読み上げるのを聞いて功はため息をついた。

「仕方ないな、収穫を始めよう。ヘッドライトを貸すからこれを使って」

 功は余分に購入してあったヘッドランプを秀志に貸すとニラを栽培しているビニールハウスに向かう。

 作業をする際には両手を使うので、懐中電灯では使いづらいため、ヘアバンド風にベルトを使って額にセットするヘッドランプが不可欠なのだ。

 ネギ栽培とニラ栽培の大きな違いはネギが掘り起こして根付きで出荷するのに対してニラの場合は株元を鎌で刈り取る点にある。

 このため、ニラは最初に丈夫な株を養成して、良く年春から夏にかけての収穫終了までに多ければ七回ほど刈り取って収穫するのだ。

 功が現在収穫しているのは四月に定植したもので、定職後百日程度育ててから収穫を始めたのだが、収穫と出荷調製作業が生育に追いつかず、伸びすぎたニラは自重を支えられずに倒れる寸前となっている。

 おまけに、開口部から飛び込んだネギアザミウマが広がりつつあるので早急に収穫して、刈り取った株元にネギアザミウマ防除用の薬剤を灌注処理したいのだ。

 山本事務局長は野口から功たちの現状を聞いたらしく、作業のスピードアップのためのお手伝いも兼ねて研修生を送り込んだのだが、遅刻した研修生を待っていてはむしろ作業が遅れかねない。

「とりあえず、僕はこっちのうねから刈り取るから、秀志は隣のうねを刈ってくれ。気を付けて欲しいのはニラの株を踏みつけないことと、株元がベトベトしたのがあったら軟腐病が発生している可能性があるから僕にその場所を教えること。そのうち春樹さんも来ると思うから作業を始めよう。今日は二十コンテナ刈り取る予定だ」

 功は更に刈り取ったニラをコンテナに詰める際の並べ方も秀志に教える。

 コンテナに詰める量がまちまちだと、その日の出荷に見合った量を計算して刈り取ることが出来ないから、コンテナの詰め方は意外と重要なのだ。

 功と秀志が目標量の半分ほどを刈り取ったところで春樹が作業に加わった。

「おはようございます。寝過ごしてしまってすいません」

 春樹が申し訳なさそうに謝るので功は遅刻の件はことさら注意せずに佐合の説明を始めた。しかし、功としては秀志にしたのと同じ説明を春樹にもう一度繰り返さなければならない。

 それでも、人数が増えたことは作業の進捗に大きな影響を及ぼし、普段よりもかなり早く収穫作業を終えることが出来た。

 周囲はようやく夜が明けて明るくなり始めており、功は秀志と春樹に告げる。

「このコンテナを作業場に運んだら、害虫の防除を始めます」

 功と研修生二人は刈り取ったニラを詰めたコンテナを作業場に運び、品質低下を避けるために作業場にクーラーをかけてから薬剤散布の準備を始めた。

 灌注処理と言えども高圧の動力噴霧器を使わねばならず、功と研修生は雨合羽を転用した防除衣と薬剤散布用のマスクを着用する。

「今日使うのはネオニコチノイド系の農薬で処理後の出荷停止期間も長いから注意が必要なのです」

 功が説明すると、春樹は感心した様につぶやく。

「ふーん、宮口さん研修受け入れするだけあってきちんとしているんだね、農業研修センターや農林業公社の先生と同じようなことを言ってくれる」

 功は、大事なことなので皆同じことを話すのだと説明しようかと思ったが、偉そうなことを言っていると思われそうで言葉を飲み込む。

 功は普段は一人で作業を行うことも多いため、動力噴霧器の長い耐圧ホースを上手くさばくためにニラのうねの末端などの要所にはホースをひっかける支柱を立ててあるが、研修生が居ればホースを取り扱う補助作業をしてくれるので作業は楽だ。

 秀志と春樹は交代で補助作業を行い、手の空いた一人は功の作業を見学することになったが、功の作業を見学していた春樹はうんざりしたようにつぶやく。

「一株当たりにものすごく時間をかけるのですね。もう少し効率的な方法なないのですか」

 功は手を止めないで答える。

「葉が茂っている状態だと十分に薬剤を散布することが出来ないから、刈り取った時の株元にいる害虫を退治するのが効率的なのですよ。但し、卵の状態だと効き目がないし、アザミウマの蛹は幼虫から蛹になる時に株元の地面にもぐり込んでいるから、卵の孵化と蛹の羽化後にもう一回防除しないと効き目がないのです」

 春樹は無言で功の説明を聞いていたが、功の説明にリアクションを示さないまま秀志と作業を交代する。

 害虫のネギアザミウマの防除作業を終えた功は秀志と春樹に言った。

「朝食のための休憩時間を取ります。一時間経ったら作業場に来てください」

 秀志と春樹は各自が防除衣を脱ぐと、朝食のために戻って行き、功は伸びすぎたニラの草丈を短くカットしてから母屋に食事に向かった。

 調整作業中にカットすると作業時間をロスすると思って、省力化を図ったのだ。

 真紀が作った朝食を食べながら、功はすでに一日分働いた気分で妙に疲れを感じる。

 雰囲気を感じ取ったのか真紀が心配そうに尋ねた。

「秀志君や春木さんは真面目に研修受けてくれたの?作業ははかどった?」

「大丈夫、二人とも真面目だし、人数が増えたお陰で作業もはかどっている。この分なら研修を受け入れる予定の三日間で四月植えの畑の収穫を終えて、その後は六月植えの畑の収穫に取り掛かれそうだよ」

 山本事務局長の研修生を活用する作戦は功たちにとってありがたいもので、作業遅れを取り戻して早めに出荷するニラの品質を回復できそうだが、その分気苦労が増える話だった。

「功兄ちゃん、今日は二十ケース出荷する予定でしょう。それっていくらになるの?」

 起床したばかりの萌音が尋ねるのを聞いて、功は昨日出荷場で聞いた販売単価で素早く計算する。

「最近の販売単価で計算したら六万円から七万円の間くらいかな」

 萌音は驚いた様子で朝食を食べていた箸を止める。

「すごい、毎日そんなに売り上げがあるんだ!」

 功は温厚な笑顔を浮かべて萌音にうなずいて見せるが、真紀と考えた栽培スケジュール通り順調に栽培できたとして、売り上げは七百万円程度。

 そこから肥料や燃料などの経費も支払わなくてはならないので手取りの金額は減る。

 家族で暮らしていくことを考えると、現状の二十アールのビニールハウスから倍の四十アールに増やすことが必要で、真紀の名義で補助事業を申請して増設する計画が進行中なのだった。

「今日の所は秀志君と春樹さんが想定通りに出荷調製してくれるかどうかが問題ね」

 真紀が面白そうな表情で功に話しかける。

 功たち三人は一日に五ケースのニラを調製して箱詰めすることが出来るが、研修生の秀志達にはそのスピードは望むべくもない。

 とりあえず功たちの半分の量を想定してニラを刈り取ったのだが、どうなるかは未知数だった。


 

  



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