めでたしめでたし

白い魔法使いは怪我だらけの身体を庇いながら深い森を歩いていた。

ここは黒い魔法使いの本拠地、奈落の森。闇と毒虫が蠢く呪いの土地だ。

「白い魔法使い様、そのお身体では危険です。お戻りください」

「いいえ、もし黒い魔法使いが生きていたら何としても殺さねばなりません。それは私にしか出来ないことです」

年配の軍人の言葉に白い魔法使いは首を振る。たとえ死にかけであったとしても黒い魔法使いは脅威だ。普通の人間では敵わない。満身創痍であろうと自分が何とかするしかないのだ。

「発見、発見ー!く、黒い魔法使いを発見しました!」

遠くから裏返った声で若い軍人が叫んだ。聞こえた瞬間、白い魔法使いは声の方向に走り出す。それに年配の軍人も続く。

「…これは」

辿り着いた先で白い魔法使いが見たのは既に事切れた黒い魔法使いだった。

「うっ、うおえええええ」

遠くの方で若い軍人がえずいている。無理もない。あまりにも凄惨だった。

黒い魔法使いの身体はその殆どが物理的に削れている。これは白い魔法使いとの戦いで負った怪我だけではない。噛み跡などから察するに生きたままこの奈落の森の毒虫に喰い散らかされたのだろう。今も毒虫達は死体に群がっては残った肉を食んでいる。眼球のない片目の穴から百足のような虫が這い出ていた。

これが世界に仇をなした愚かな魔法使いの最期だというのならば、相応なのかもしれなかった。しかし、あまりにも惨い。

「…世界を滅ぼそうと悪心を持った魔法使いといえど、この様な最期を迎えるとは…酷いことです」

年配の軍人がやるせないという風にそう言った。白い魔法使いもそれには全面的に同意だった。


白い魔法使いは周囲の痕跡を探り、黒い魔法使いが最期に魔法を使おうとしたらしいことに気付いた。

「彼は最期に毒虫達を使って呪いを作ろうとしたようです。それが失敗して逆に毒虫達に食われたのでしょう」

「それでこの様なことに?」

「…恐らくは」

そう答えながらも白い魔法使いは本当にそうなのかと内心納得がいかなかった。痕跡を見るに状況はそう間違ってはいないだろう。しかし、それでは説明のつかないことがいくつかあった。例えば、足元に落ちている煙草の吸殻。

そして、何より不可解なのは黒い魔法使いの表情だ。もう息のない彼の口元に浮かぶのは幸せそうな微笑み。最期の魔法に失敗して、生きながら毒虫に蝕まれた人間が浮かべるような表情だとは到底思えない。

しかし、白い魔法使いにはその理由が分からない。この世の誰にも分からないだろう。

「何はともあれ、人類の脅威は去りました。白い魔法使い様、貴方のおかけです」

「いいえ、私は私に出来ることをしたまでです。さあ、黒い魔法使いの遺体を運びましょう。やることはまだまだたくさんあるのですから」


こうして、この世界からは黒い魔法使いという悪が消え、世界には幸せが取り戻された。めでたしめでたしと締めくくられる物語はこれでおしまい。しかし、奈落の旅に出た二人の罪深い魂の結末は誰も知らないまま、物語に書き起こされることもない。


ただ、今も二人は共にある。

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奈落の旅 292ki @292ki

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