第12話 ケント国 婚約破棄の翌日

ケント国王太子のトゥーゴは焦っていた。生意気なリリシーアを追放して意気揚々と王宮に帰って来たが、すぐに父王に呼び出されたからである。


普段なら、自分のことなんて興味も無い父親が、こんなふうに呼び出すなんてリリシーアの件だなとすぐに分かった。


(追放は、ちょっと早まったかもしれないな)


悔しいが、国王はリリシーアのことは一目置いていた。かわいがっているというよりは、便利に仕えるやつ、程度ではあるが。



ケント国は数年前、王弟であるシェルバート叔父が消えた際に危機に陥っている。なにせ、叔父の影響力が広すぎて、彼が消えた途端、色々なところで弊害が起きたからだ。王城内を、血相を変えた事務官たちがバタバタと走り回り、国王の面談や承認を求める官僚が列をなし、他国からの問い合わせがひっきりなしにやってくる。


王は、普段やらない書類の内容を確認するのも億劫そうで、大好きな競馬や賭博場へ行けないストレスに、毎日、周りの者に当たり散らしていた。


あの時は、子どもながらに、『もっとうまく叔父を使っていればよかったものを』とあきれたものだが、、、


そこに、リリシーアが現れたのである。もちろん、小うるさいオーク公爵家の娘ということで、最初は王も警戒はしていた。しかし、話してみると、あの頑固な父親、オーク公爵がよほど疎ましいのだろう、『もう、家には帰りたくない』とまで言い出した。


「陛下の、なにかお手伝いができるといいのですが、、、私に出来ることといえば外国語とか勉強くらいしか、あ、書類の整理くらいなら」


何だこいつ、自慢かよ、と私は不快に思ったが、父王は彼女を気に入ったようだった。特に外交は叔父が担当していたから、外面のよいリリシーアは多少は役にたったようで、そこから便利に彼女を使い始めた。


「ちっ、追放は早まったかもなあ」

「トゥーゴさまあ、リリシーア様を追放したことを後悔しているのですかぁ?でも、、、確かに追放くらいだと、、、いつか復讐されるかもしれませんわあ。私、怖いです!本当なら死罪だったのに、、、」

「大丈夫だよ、私がきっと君を守ろう」

「でもでも、確実に死、、、

「トゥーゴ様、国王が先程からお待ちかねです、速やかにお入りください!」


いつの間にか拝見の間に来ていたようだ。呼び込みの侍従がなんだかオレを睨むように感じる。こいつ無礼だな、父親付きじゃなかたら今頃、、、


「何をしておる、さっさと入らんか」


国王の怒鳴り声が響く。


嫌だな、いつもにまして機嫌がわるそうだぞ。

仕方なくミアを連れて部屋に入ると、いつもの二日酔い顔ではあるが鬼の形相をした国王と、これでもかと宝石を身に着けた気だるそうな側近達が待ち構えていた。


「お前は使えんやつだな」


第一声がこれだ。


「リリシーアを追放したそうだな」

「私は王太子です。リリシーアは私を軽んじ、私の愛する人を殺害しようとしました」


国王は、はあぁとため息をつくと、


「じゃあ、お前がリリシーアの代わりになるんだな」

「え!?パーティーで外人の接待をすればいいのですか?」

「外人の接待だけですめば良いがな」

「恐れながら」


と宰相が進み出た。


「リリシーア様は外国との交流だけではなく、折衝、交渉、接待、書面でのやり取りなどを行っていました。ほとんどの国で、通訳なしです。それから、国王の名代として国中の視察や公共事業の是非、福祉や教育なんかも担当されていました」


「はあ?」

「お前が全部やれ、今日から」

「え、私は外国語が出来ませんが?」

「リリシーア以上にやれ、あの小娘でもできたんだ」

「ま、待ってください、王たるもの、下の人間をうまく使うことこそが仕事ではないのですか」

「じゃあ、うまく使ってやれ」


「あ、あのっ、王様!」


真っ青になっている王太子の腕にしがみつきながらも、豪奢な拝見室を見回していたミアが急に発言した。


「なんだ、お前は」

「王太子殿下の、つ、妻となるミアです」

「おい、ミア、今はだまっとけ」

「お願いです、リリシーア様を死刑にして欲しいです」

「・・・・・娘、婚約したいなら勝手にすればいいが、首をハネられたくなかったら黙っとけ」

「ひいっ!!」


ミアは自分の首をさすりながら黙り込んだ。


「ち、父上、私はこのミアと婚約式の打ち合わせやらドレスと宝石の選定や旅行の予定も立てていて、、、ッうわっつ


王太子は広い拝見の間の隅の方まで飛んでいった。国王が思いっきり顔をなぐったからである。


「いいか、そんなヒマがあるなら、リリシーアを見つけて連れ戻してこい。アイツが外交担当になってから国の収益はさらに上がった。これから本命のシュタイン帝国との取引が始まるはずだったのに、アイツにしか分からないことだらけだ。


リリシーアに優しく接して虜にしろ、それがお前の役目だ。見つかるまでは、お前がリリシーアの代わりに働け」


国王は拝見の場をあとにしながら吐き捨てるように王太子に言う。


「オレの側室が相次いで妊娠している。おまえがいつまで王太子でいれるのか楽しみだ」


あとに残されたトゥーゴとミアは肩を寄せ合って震えていた。

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恋を知らない悪役令嬢は異国で元軍人閣下に囚われる 柴犬 @maruyoko

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