20190504①

「なにこれ?」


「ママの日記」


 美香が眉を顰めて、ところどころ滲んだ字で書かれているノートに再び目を落とした。

 一卵性双生児の美香は、水色のヘアゴムで一つにまとめた暗褐色の髪を揺らして、大きく頭を振る。


「日記って……さあ」


「でも、声が聞こえるのは、私も同じだから」


 ママが死んで一年が経った頃、私の頭の中に変な声が聞こえてきた。

 パパは、ママが死んでから二人で経営していたペットショップが大変らしかったけど、頭の中で声が聞こえてくるって伝えたら、パパは超心配をして私のことを病院にすぐ連れて行ってくれた。

 でも、どんなに検査をしても何の異変もなくて、お手上げって感じ。

 それで、悩んでいたパパが私に手渡してくれたのが、死んだママが昔書いていたノートだった。

 ママが「もし、私が死んで美香か利香が変なことを言い出したらこのノートを見せてあげて」って伝えていたらしい。遺言ってやつ?

 渡されたノートは、ママの日記だった。でもところどころ破けているし、赤黒い絵の具で描いた変な絵かシミかもわからないもので埋められているページなんかもあって、なんていうか出来の悪い黒歴史ノートみたいな感じ。

 でも、途中からは普通の日記で、私と美香が可愛いこと、それに本当は妹が一人居たけどやっぱり死んでしまったこと、パパが悲しんでくれたことなんかが書いてあった。

 一番困るのは、ママも似たような声を聞いているってことはわかるのに、具体的なヒントは何も無いって事。

 美香は、私とちがって変な声も聞こえないから、このノートを見て露骨に嫌そうな顔をした。

 わかるよ。私だってママの黒歴史ノートなんて見たらそういう顔する。


「声が聞こえるのはわかったけどさ、結局どういうことなんだろうね。後半はただの日記じゃん」


「わかんない。でも、声が聞こえるだけなら無視してたらよくない?」


「まあ、そうなんだけどさ」


 毎日のように聞こえていた声も、慣れてきたら割とどうでもよくて、まあちょっと五月蠅いから人の話が聞こえなくて困るけど、ずっとぐみをくれみたいなことを言ってるだけだしね?

 優しいママがこんな悪趣味な日記を私たちを困らせるだけのために残していたとは思えない。

 私はもう一度日記に目を落とした。

 日記を見ていると、ところどころラットの解剖方法?とかカエルの絵に×と書いてあったりちょっと不気味だ。

 頭の中に聞こえてきた声についても、最初のページ以外には書いていない。

 その代わりに「たれっこちゃん」という名前が書いてある時が増えた。それは、よくお腹を空かせていた。 

 それから私の友達が事故に遭ったときのメモ、大きな事故が起きたときの日付……。

 目が疲れてきたし、飽きてきた。

 いい加減に五月蠅くて、なんとかならないかなって頭の中に聞こえてくる声に話しかけてみる。


――ねえねえ、あなたがたれっこちゃん?


ぐみくわせろぐみくわせろけちけちしてっとぶっくらしちまーぞ


――ねえ何が食べたいの? ぐみってなに?


ぐみくわせろぐみくわせろけちけちしてっとぶっくらしちまーぞ


 ダメだ。会話にならない。

 美香は飽きてスマホを弄っている。

 私も日記をひとまず置いて、部屋にいるハムスターの世話をするために勉強机から離れた。

 かわいいかわいい大福ちゃん。もうすぐ二歳になるけどまだまだ元気だ。

 ケージを開いて、大福を手の上に乗せる。

 それからぐみくわせろぐみくわせろわたしはぐみだぐみだぐみだぐみだぐみだだいふくぐみぐみぐみぐみぐみをぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみ口ぐみぐみぐみにぐみぐ世話みぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみしたくぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐやだみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみだめぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみママぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみ黒いぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみがぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみぐみ

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