夏が燻る

長月瓦礫

夏が燻る


レスポールさえも凶器に変えることができるならば、睡蓮の花に浮かぶ湘南の風を殺すこともできるのではないだろうか。


耳にこびりついて離れないメロディをギャリギャリに刻んで、知覚能力フル回転させる。

最も、楽しめない俺のほうを世界は異端扱いするのだろう。


ペテン師は安い不幸自慢で笑うし、裁判官は地獄の沙汰も金次第と歌っている。

その一方で「僕は無力だ」と誰かを救いたい奴がいる。


白黒曖昧な正義のヒーローのなんと多いことか。

人はそれをナイフのような思考回路というのだろうが、今に始まったことじゃない。

溜まりに溜まった毒を「うっせえわ」とシャウトして何が悪いのだろう。


青白く輝く猛毒がオードブルのサラダにちょうどいいのと同じことだ。

それが何度も何度も食らいつくされ、使い回され、本来の意味を失った。

たったそれだけの話だ。


「今日も暑いな」


「だな。霧崎からなんか連絡あった?」


「ねえよ。そんなにマメでもないし。

留学先で元気に生きているだろうさ」


「アイツ、今頃何やってんのかねえ。

本当に音沙汰ないから、不安になるわ」


「そうか? タイムスリップでもしてんじゃねえの?」


「何でそうなる」


「……何でだろうな?」


クワガタにチョップでもしない限り、絶対に起きないと思う。

窓の奥でトラックが陽炎を引きずっていく。とにかく思考が回らない。

つい脊髄反射で会話をしてしまう。


「んで、永瀬君の進捗はどーなんですか」


「ぼちぼちかな。そっちは?」


「さっぱりダメなんだな、これがまた」


「へえ、めずらしいな」


「マジ何も思いつかないんだって。助けてくれぇ~」


「三乙してから出直してこい」


とりつく島もないとはこのことか。

ああ、君が愛したこの世界にHello New World。

このふざけた素晴らしき世界は誰の物だろうか。


「天に星、地に花、人に愛ってさ。ぶっちゃけ難しくない?」


それにしても、部長はこのフレーズをどこで見つけてきたのだろうか。

ワカサギに乗って宇宙旅行でもしてきたのだろうか。


「何見たらこんなの思いつくんだろうな」


「俺はお前の正気を疑いたいよ」


とにもかくにも、これが我々文芸部に課せられた課題だった。

シンプル故に、思いつかない。

当たり前のことだからだろうか。


「俺はそのお題聞いた瞬間、小さい頃に観た映画を思い出した。

思いつくままに、そのまま書いたよ」


「これだからネタ被るのは嫌なんだ……。

あの映画さ、ベネチアみたいな感じだったのは覚えてるんだけど」


「そういや、そんな感じだったな」


「だろ?」


俺は何度もうなずいた。

ラストのシーンで大きく映る地球は特に印象的だった。

子どもながらに感動したものだ。


「海に風が、朝に太陽が必要なのと同じように。

君のことを必要とする誰かが必ずそばにいるよ」


「あれ、そんな歌だったっけ。

何かカッコよかったのは覚えてるんだけど」


「俺も聞くまで思い出せなかったんだ。

けど、なんか耳に残ってるんだよな」


それもまた、耳に残るフレーズだ。

懐メロとはまた違うのだろうが、非常に印象深い。


「あのバカにハッピーセットのおもちゃ、ぶっ壊されたっけなあ……」


人が美しい思い出に浸っているときに混沌をぶつけるな。

夢から覚めて、一気に現実に引き戻された。


「お前はいいよなあ、お気楽ハッピーエンドって感じで」


会話をする気も起きず、俺は机に突っ伏した。

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