2話 帰るべき場所

大義を失った魔法憲兵たちはそれから直ぐにその場を後にした

沢山いた野次馬もいつのまにか消えていき、やがていつもの研究工房ラボラトリーの静けさが戻っていた

「あーあ、何でいつもこう憲兵は脳筋ばっかなのかなあ」

ランクスはつまらなさそうにそう言うとソファーに腰掛けた

「毎回、あれ如きの理論武装で腰砕けるなんて話にならん。いい加減学習して欲しいところだよね」

「でも、相手はランクスの外出時を狙ってきたっぽいわ」

そう言ったのはため息をついたセドナだった。

「ほんとランクスが早く帰ってきてくれてよかった。何事もなく憲兵あいつらを追い払えたから――」

「いやいや、今回ばかりは俺の手柄じゃない」

そう言うとランクスはチラッと窓側に視線をむけた。

そこには居心地悪そうな顔で外を眺めているレヴィが立っていた

「お前が一番感謝したいのは彼だろ」

ランクスのその言葉にセドナは少し頬を赤らめた。

汚い手でセドナに触るな――!

その言葉を言ったレヴィの顔。今まで感じたこともなかったのに急に彼の顔を意識してる自分がいる。

それくらいあの時のレヴィの顔はセドナの胸に焼き付いていた

「ほら、セドナ」

そう言って彼女の肩を押したのはカラだった。

「あんた、あの男に言いたいことがあるんでしょ。だったら――ね」

カラの一言に押されながらセドナは顔を赤くしつつじりじりと近づいていく。

彼の頬もまた少し恥ずかしそうに赤くなっているような気がした。

「あのさ·····レヴィ」

「――あー。やっぱり俺もう帰るわ!」

レヴィはよそよそしくそう言うと急に踵を返すと逃げるように出ていこうとした

だがセドナはそれを阻むように彼の腕を取った

「なんで?ここに来た理由があるんでしょ?」

その一言にレヴィはうっと言葉を詰まらせる。

そんな彼を見てセドナは彼に思うところがあるんだろうなと察した

「レヴィはどうしてここに来ようって思ったの?」

「え――?」

「じゃあ、当ててあげようか?あなたがここに来た理由!」

その一言にレヴィは急に態度を変えて彼女から恥ずかしげに顔を背けた

「いいよ。白状するよ!」

レヴィはそう投げやりに言い放つと不満げに息を吐いた

「なあ、朝起きたら急に豪華な部屋に寝てて、いきなり父親って名乗る男が現れたりするのって――なんかの悪い夢だよな」

「え?」

その一言にセドナは意外な反応を見せた。

「レヴィ、お父さんと出会ったの?」

その一言にレヴィは少し言いすぎたのを悔やんだような顔をした

「ねえ?あなたのお父さんってもしかして――サランド公?」

その意外すぎる言葉にレヴィは分かりやすいくらいぎょっとした表情を浮かべて驚いた

「何で分かったんだ?」

「え――?」

「俺何も口を滑らせてないはずなのに。どこで勘づいたんだ?」

その一言を聞いてセドナはレヴィの胸元で光っているペンダントを取った。

「この前図書館で調べ物してたの。その時このペンダントと同じ紋章がサランド公爵家が使っているって書いてて――それで多分勘づいちゃったんだと思う」

その一言を聞いてレヴィは悔しげにその件のペンダントをギュッと握りしめた。

そして苦し紛れにハハッと笑うと一言小さく呟いた。

「調べればそんなこと簡単に出るんだな…」

今まで知らなかった自分が馬鹿みたいだ――とレヴィは思った。

すべてが遅きに失したのかもしれない。後悔しても仕方ないけどどうしても口の中に苦い味しか残らなかった。

「で、どうするの?レヴィ?」

セドナのその問いにレヴィはなかなか即答できなかった。

そんな彼を見てセドナは優しく微笑んだ。

「いいよ。私はあなたの決定に従うよ」

その一言を聞いてレヴィははっとセドナの方を見た。

セドナは彼の不安をかき消すように優しい笑みを浮かべていた

「どうせあなたのことだからどこにも居場所がなくてここに来たんじゃない?だったらそれはそれでいいと思う。私はあなたを受け入れるよ」

その言葉にレヴィは一瞬どう答えていいのかわからなかった。

それは生まれて初めて受けた慈悲の愛で包まれた言葉だった。

その言葉の意味を噛みしめれば噛みしめるほど目に熱いものが集中する。

だけど、それを見られるわけにはいかなかった

「別に…俺はそういうつもりじゃ…」

レヴィのその逃げの言葉にセドナは彼のジャケットの裾を握りしめて強い視線を向けたまま一言言った。

「いい、レヴィ。ここはあなたの帰るべき場所よ!」

なんの混じりけもないただただひたむきな金と紫の瞳。

彼女のその視線にレヴィは胸を射抜かれた。

「あなたが真実にどれだけ傷ついたか私にはわからない。逃げたい気持ちだってあるに決まってる――だから、無理しないで。逃げていときは逃げていいんだよ」

どうしてだろう。彼女の言葉は自然と自分に優しく刺さる。

意地を張ろうとしている自分が次第と力が抜けていく――そんな気さえ感じさせる。

レヴィはそのまま小さく息を吐くとゆっくりと彼女を見た

「俺は怖いんだ…」

レヴィは一言そういうと肩をすくめた。

「俺の目の前に急に憎々しい父親が出てきて、しかもその相手がとんでもない大物で手が届かないような相手で…頭の中がめちゃくちゃだよ」

「でもそれが真実なんでしょ?」

セドナのその一言にレヴィは自然と瞳から涙が溢れていた。

だがレヴィはそれをもう隠そうともしなかった。

「本当の俺の居場所ってどこなんだ?どいつもこいつもみんな俺の気持ちを理解しているようで裏で何考えているのかわからない! 今更父親面されてももう遅いのに!遅すぎるのに…」

その瞬間、レヴィの身体はふっとセドナへと吸い付くように倒れ込んだ

彼女の白い胸の中はとても暖かかった。

こんなの情けないだけだとは思ってはいたけどそれ以上動くことが出来なかった。

「いいよ。私の胸で泣いて…」

小刻みに震えるレヴィの体をセドナはまるで聖母のように優しく包み込む

そのままレヴィはただただ泣き崩れた

今まで生きていた中で一番泣いたかもしれない。

だがそんな恥じる姿もなくまるで母の胸で泣く子供のようにレヴィは泣いていた。

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