決戦3

 斎藤はちょうど敵にとどめを刺している野村のもとへ。

「野村、脱出準備だ」

「了解」

 すると洞窟内にスピーカーの音が響き渡る。

「諸君、我々は目的地に到達した。

 あとはこの女がブツを取り出すだけだ」

 斎藤と野村は顔を見合わせる。

「間に合わなかったのか!?」

 さらにスピーカーの声は続く。

「お前たちが潔く撤退すれば女は生かして返してやる」

 声の主は隣の千紗に囁いた。

「もうお前たちに勝ち目はない。

 早くブツの場所を吐け」

「仲間に、一言だけ」

 いいだろう、と男はマイクを手渡した。

「みんな聞いて。

 奴らには嘘を言ったの。"あれ"はここにはない」

「なに!?それはほんとか!」

「ええ。あなたたちに"あれ"は渡さない」

「てめぇ!」

 千紗を殴る音がスピーカー越しに鳴ると、音は途絶えた。

「おいおい、大丈夫かよ」

 さすがの野村も心配そうだ。

「ああ、今は桐野を信じるしかねぇ」

 そう言いながら斎藤も不安を隠せない。


「ブツはどこだ!」

 男は倒れた千紗の胸ぐらを掴んで詰め寄った。

「言うわけないでしょ」

 千紗は男の股へ蹴りを入れた。

 男がうずくまった隙に立ち上がる。かといって逃げ場があるわけではない。

 来た道は敵軍で溢れかえっている。

 反対へ走ってみたが、厚い岩壁が行く手を阻む。

 千紗は岩に背をついた。

「てめぇ、もう我慢ならねぇ」

 男は千紗へ向けて拳銃を抜いた。

 千紗の顔に恐怖が走る。

「早く言え。言わねぇと1ヵ所ずつ身体を吹き飛ばす」

 敵で充満したあの道を庸平でも来れるわけはない。

 千紗は覚悟を決めた。

 男が目前に迫る。

「まずは左手だ。3…2…」

 千紗は目を潤ませながら、血の滲む唇をグッと噛み締めた。


 そのとき、頭上から二人の間に黒い影が降り立った。


 男の腕から血しぶきが上がる。

 拳銃を握った手が地面に落ちた。

 続けて庸平は、叫び声を上げる男を肩から斬り下ろした。

 奥の男たちが一斉に銃を向け押し寄せる。

「いいのか?彼女に当たるぞ」

男たちの足が止まった。

「チッ…、斬り殺せ!」

 号令とともに男たちは斬りかかった。

「目を閉じてて」

 優しく後ろへ声をかけると、庸平は男たちへ向かって駆け出した。

 一人、また一人と斬り倒す。

 庸平はこのときも生き生きしていた。だが快感ゆえではない。

 千紗に会え、守れることが、庸平の人生に喜びを与えていた。

 殺すために戦ってきた。だがどうだ。守るために戦って初めて、人は生を与えられるのだ。

 刀の音が止み千紗が目を開くと、男たちは無惨に転がっている。

 前から、庸平が歩いてくる。

「待たせた」

 千紗は瞬きもせずに見つめる。

「遅いわよ」

 ニコリ、と涙を溜めて笑った。

「終わらせよう」

 コクリ、と頷いた。


 千紗が走り出すと、庸平はそのあとに続く。

「在り処はわかってんのか?」

「うん」

 千紗の目に迷いはない。

「あの地図に?」

「ええ、そうよ」

 目の前に石段が現れた。

「待った」

 庸平が千紗を制止する。

「今井、寺内、まだ上か?」

「ああ、かなり敵が多くて手こずってる!」

「俺たちも上に行く。なるべく敵を引き離してくれ」

「了解」

 庸平は行くぞ、と千紗に頷いた。

 機関銃を構えると、そろりそろりと石段を上る。

 石段が折り返すところで、上から複数の足音が下りてきている。

「待ってて」

 階段をかけ下りる男たちは、ナイフや拳銃を手にしていた。

「女は生け捕りなんざ、無茶言うぜ」

「にしてもえらく入り組んだ階段だな」

 折り返しの踊り場まであと十数段。

 そのとき、機関銃を構えた庸平が踊り場に仰向けで滑り込んだ。

 瞬く間に男たちは撃ち倒される。

「よし、いいぞ」

 二人はさらに上へ進む。

 また折り返しが見えてきた。

 庸平の足取りが慎重になる。

 折り返して次の階段を見上げると、ちょうどナイフを手にした男たちが下りてくるところだ。

「絶対に俺の前に出るなよ」

「うん」

 ナイフを構えた庸平めがけて、男たちが襲いかかる。


 まず先頭の男の額へナイフを投げ刺すと、左からナイフを振り上げてかかる男へタックル、首をえぐり裂いた。


 反転すると、千紗に迫る男の首へ一突き。階下へ投げ落とした。


 息つく暇なく、上段から庸平の顔めがけ突きが伸びる。左手でそれを押し受けると、腕を掴んで男を階下へ投げ飛ばした。

 千紗はかろうじてそれをかわす。


 続いて上段にいる敵へ庸平は駆け出した。

 間合いに入ったところで、敵は庸平の腹めがけナイフを突き込む。

 右手のナイフでそれを払うと、左手を後頭部へ回し、引き寄せた顎へナイフを突き上げた。


 血が庸平へ降り注ぐ。


 そんな血まみれで人を殺していく庸平に、千紗はもう、恐怖をおぼえることはなかった。

 庸平は真剣に相手を殺し、真剣に千紗を守っていた。

 千紗もそれを、よくわかっていた。

 目前の敵を片付けても、まだ階上に敵が迫っている。

「庸平、私にも武器を」

「ダメだ」

「でも…!」

「千紗を汚さないようにするのも俺の役目だ」

 千紗はクスリと笑った。

 頑固な庸平はこれ以上言っても聞かないだろう。

「わかった。頼んだわ」

 そこからの庸平はさらに力がみなぎったかのように次々と敵を倒していった。


 やがて階段に終わりが見えてきた。

 最後の一人にとどめを刺す。

 階段の先には、通路が十字に伸びていた。

「大丈夫?少し休んだ方が…」

「いや、いい。急ごう」

 すると右の道から足音が近づいてくる。

 身構えてそちらを照らすと、今井と寺内の顔が見えた。

「見つけたのか?」

「この奥らしい」

「そっちはさっき行ったが行き止まりだぞ」

 こっちなんだろ?と庸平が顔を向けると、千紗は頷いた。

 二人の前にくると、今井も寺内もその場に座り込む。

「どうでもいいが、敵が多すぎる」

「わかっていたことだろ」

 今井という男は、任務はこなすが無駄口が多いのが庸平は気にくわなかった。

「お前たちは斎藤と合流して脱出の準備をしろ」

 指示を出すと庸平と千紗は先を急いだ。

 少し行くと、確かに行き止まりが見えてきた。

「どうするんだ?」

 千紗は黙って上を指さす。

 なるほど、暗くて気づかなかったが、上へ空洞ができている。

 ライトを照らすと、その空洞の壁面に穴が見えた。

「あれか」

「行ける?」

「任せろ」

 庸平が上へ銃をかざすと、銃口からロープが放たれ穴の上に打ち込まれた。

「掴まって」

 千紗が庸平にしがみつくと、二人は穴の前まで上昇した。

 穴は一部屋ほどの広さしかない。

「見て」

 千紗が照らした先には、壁一面に何やら壁画が描かれていた。

 その中央に、光を反射させている物体がある。

「これが…?」

「うん…」

 千紗は恐る恐る足を踏み入れ"それ"を取り出すと、静かに懐に収めた。

「……終わり?」

「うん、終わり」

 沈黙が流れる。

あまりの呆気なさに庸平は唖然とした。

「結局、それはなんなんだ?」

 と千紗の方を見ると、壁画を見て声を失っている。

 やがて息を整えて庸平の方へ向き直った。

「私たちは誰の意思でここにいるの?」

「誰って、そりゃあ…」

「地図が私たちをここまで導いた。じゃあ地図の意思はどこから?」

「わからねぇ。要するにどういうことなんだ?」

 すると千紗は、穏やかに笑って顔を上げた。

「フフ、知らぬが仏よ」

 庸平が怪訝そうに首を捻ったところで、あたりに轟音が響き、地面が揺れ出した。

「なんだ?」

「遺跡が崩れてる…。

 これを取ったからよ!」


 斎藤は落ち着かずウロウロ歩き回っている。

 周囲では轟音を響せて揺れる遺跡に、敵も味方も動揺している。

 そこへ庸平の声が入った。

「斎藤聞こえるか」

「どうなった!」

「千紗は無事だ。ブツも手に入れた」

「そりゃよかった。

 で、こりゃどうなってる?」

「遺跡が崩れ始めている」

「そりゃまずいな」

「急いで脱出だ。"奴"に連絡しろ」

「了解」

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