決行

「野村、どうした?」

「いや、どうにも痒くてよ」

 と耳を掻く野村に斎藤が苦笑する。

「そろそろ合図が来る頃だ。気ぃ緩めるなよ」


 外から爆発音とともに、地鳴りが響いた。


「ほら来た。行くぞ」

 と言った途端、さらに爆発音が続いた。

 斎藤が顔をしかめる。野村は耳を掻きながら外を見る。

 周りの警備員たちはホール内へ飛び込んでいく者、外へ様子を見に行く者と大騒ぎである。政府高官たちのSPであろう。

 ホール内から林、高橋が出てきた。

 林は斎藤をこそこそと物陰に促す。

「どうなってる?」

 と聞きながら林の表情は相変わらず動かない。

「思ったより早く敵が来たらしい」

「問題は?」

「ない」

 よし、と林は永井組をまとめて会場へ戻っていった。

 斎藤は残った蒼龍隊のもとへ。

「野村、プランBだ。

 隊をまとめて移動しろ」

「よしきた」

 相変わらず飄々とした返事だ。こいつから緊張感というものを感じたことがない。

 それでいい。緊張感も信条も、愛も情も必要ない。ここに必要なのは、こうして黙って耽々と仕事をこなす人間だ。

 野村は蒼龍隊をまとめて出て行った。それとは反対に、斎藤は会場の奥へ入っていった。


 宝物庫は三階から地下一階まで書庫・資料庫が広がり、中央は吹き抜けになっている。

 庸平・千紗は一階を奥へ進む。

「えーと階段は…」

 走りながら庸平が地図を開くと千紗、

「大丈夫。地図は頭に入ってるから」

「お、そうか」

 庸平は何やら嬉しそうだ。

「疲れてないか?まだ体力は残し…」


 ドンッ


 と、外で何やら破裂音がした。

「やっぱり急ごう」

 二人は速度を上げて階段を駆け下りる。

 すると後ろを走る庸平の頭上を銃弾がかすめた。

「左に!書庫の中に入れ!」

 書庫の奥へ走ると、本棚を背に千紗を座らせ、庸平は階段の方を窺う。

 すると続々と銃を構えた男たちが下りてくる。どうやらこの国の人間じゃない。

 1人、2人…そして10人目が足を乗せたとき、庸平がスイッチを押すと階段は爆発して吹き飛んだ。

 男たちが騒然とする。


 すると再び上で爆発音が響いた。


「野村たちだな。次はどっちだ?」

「あっちに階段がある!」

 千紗の声に焦りが出てくる。

 千紗が指したのは、階段の爆発に狼狽えた男たちがいる方向だった。

「よし。俺の後ろから離れるなよ」

 庸平は男たちの方へ手りゅう弾を投げると、小銃を構え本棚の反対側から出ていった。


 二人は身を屈め棚から棚へ駆け抜ける。


 すると、庸平が千紗を手で制止した。

 前から静かに銃口が伸びてくる。

 飛び出た庸平はそいつを抑え、持ち主の首へナイフを沈みこませる。

 さらに奥からくる敵へ拳銃を撃ち込み、前の列から出てきた敵へ横蹴り。

 それからあっという間にその階の敵を制圧した。

「大丈夫か?」

「うん」

 無理に口角を上げる千紗の顔は、覚悟が固まっている。

「よし」

 奥へ進むと千紗の言う通りに階段があり、その先を重たい扉が阻んでいた。

「こちら桐野。扉の前だ。

 加藤、用意はいいか?」


 斎藤はシンポジウム会場の裏口に出た。

 その前に装甲トラックが数台停まっている。

 トラックには政府のマークが入っていた。

 斎藤はその先頭の荷台に乗り込んだ。

 中央に机がありその周りを軍服を着た男たちが囲んでいる。

 斎藤は隊長らしき男のもとに歩みよった。

「あんたらも大変だな」

「余計なおしゃべりは無しだ」

 ハイハイ、とおどけた顔をする斎藤にかまわず隊長は話を続ける。

「奴らの狙いは本当に宝物庫の宝なんだな?」

「ああ、間違いねえ。

 あんたら政府軍はうちの捜索隊の援護を頼む。

 ブツを見つけたらあんたらに受け渡す」

「よし」

 トラックの列が発進し、林の中に入ると銃声が聞こえる。

 宝物庫入り口前で木陰に隠れて銃撃戦を繰り広げる蒼龍隊がいた。

 トラックを降りた斎藤は野村のもとへ駆け寄る。

「どんな感じだ?」

「思ったより数が多いんだ」

「急がねえとな」

 すると斎藤の後ろで大きな爆発音がした。

 政府軍の部隊が一斉にロケット砲を撃ち込んだらしい。

「よし、制圧完了だ。

 俺は政府軍と桐野たちの救出に向かう」

「政府軍は信頼できるのか?」

「もうやるしかない。

 お前たちは管制室の加藤の護衛、残りは俺たちを援護しろ」

「了解」

 斎藤たちは林を飛び出し宝物庫へ駆け出した。


 庸平と千紗は地下2階の薄暗い書庫の中にいた。

「よし、加藤、また鍵を閉めといてくれ」

背後の重い扉から鍵のかかる音がした。

 二人の前には棚が立ち並ぶ。

「よし、どこから探す?」

「こっちよ」

 千紗について行くと、棚の列を通り過ぎてしまった。

「こっちじゃないのか?」

「こんなとこにあったら王室も政府もとっくに見つけてるわ」

 庸平は首を傾げる。

「まだ部屋があるのよ」

「まずそれを探すのか」

 そう、と言いかけた千紗の口を庸平の手が押さえた。

「シッ…もう来たらしい」

 確かに、大勢の足音、声が階段を降りてくる。すると扉が爆発し、男たちがゾロゾロと駆け込んできた。

「どう探すんだ?」

 千紗はスマホを取り出し、画面を見せつける。

「壁か床にこのマークがあるはず」

 二人はべったり身を寄せ、息を潜めて前に進む。


「いたぞ!」


 棚の間から銃弾が飛んできた。

 二人は急いで走り抜ける。

 庸平は無造作に無線を取り出した。

「斎藤、上の状況はどうなってる」

「地下1階で交戦中だ!」

 と叫ぶ斎藤のもとに野村がやって来た。

「野村、いいところに来た。

 進もうにも後から後から敵が出てきやがる」

「わかった。ここは俺たちでおさえよう」

「頼んだ。聞こえたな桐野!

 すぐに政府軍を連れて降りる!」

「急いでくれ」

 そこへ前から現れた敵を庸平が瞬殺。

 その後も次々と出てくる敵と庸平が揉み合う後ろで、千紗は床のマークを探していた。

 それから走っては倒し、倒しては探しを繰り返すも、敵は減らずマークは見つからない。

「あったか?」

「ない!」

「来たぞ!走れ!」

 棚の間を走り抜ける。

「待て!」

 庸平が咄嗟に手を出して千紗の行く手を阻んだ。

 次の瞬間、目の前に閃光が走り、二人は後ろへ吹き飛ばされた。

 地面に叩きつけられると、素早く庸平は立ち上がり千紗のもとへ。

「おい!大丈夫か!」

 むせている千紗を抱えて物陰に身を潜める。

 幸い、敵との間は今の爆発で倒れた棚やなんやが塞いでくれていた。

 その奥から男たちの怒声が聞こえる。

「火器は使うな!

 ブツがあったらどうする!」

「さっさと終わらせようぜ!

 だいたいこんなところにはねぇよ!」

「女は生捕りにしろ!」

「そんなこと言ってられっかよ!

 ブツが手に入ればいいんだ。俺たちは行くぞ」

 それを聞きながら庸平は眉間に皺を寄せ何か考えていた。そこへ、無線が入った。


「桐野、今降りる!」


「よし」

 千紗を見るとまだ頭がふらついている。

「行けるか?」

「うん…」

 周囲で足音と銃声が増えてきた。

「斎藤たちが来た。俺たちも急ごう」

 庸平は手を差し出し千紗を引き起こす。

「庸平!」

 庸平の背後に現れた敵を見て千紗が叫んだ。

 咄嗟に身を翻し庸平が始末する。しかし、敵はさらに続々と現れる。

 庸平は一人の間合いに入り、その首をナイフで切り刻む。さらに右の男の腹へひと突き。

 その後ろで立ちすくむ千紗に、敵が背後から忍び寄った。

 気づいた庸平が反転してナイフを投げる。

 そのまま千紗の手を掴み引き寄せた。

 二人は手を握りしめたまま駆け出した。

 千紗がふと横を見ると、先ほどの爆発で倒れた棚がある。その下の妙な窪みが目に留まった。あそこに何か…。


「あった!」


 と千紗が立ち止まると、庸平は彼女を棚の陰へ突き飛ばした。

 そして千紗に覆い被さった庸平の上を、銃弾が流れていく。

 すぐさま庸平は身を起こし、後ろへ銃を構えた。


 銃を向けた先では、敵は倒れ、別の男が立っていた。


「遅ぇぞ斎藤」

 庸平はゆっくりと立ち上がった。

「文句なら他の隊員に言え。

 自分の手柄ばかりで援護の意味をまるでわかっちゃいねぇ」

 千紗は自分の頬に何か温かいものがついているのに気づいた。

 斎藤の隣で話している庸平の肩口と右足から、赤いものが流れ落ちている。

「まだ時間は稼げるか?」

「政府軍もまだまだ元気だ。

 充分やれるよ」

 庸平は千紗のもとに駆け寄る。

「大丈夫か?」

「うん」

 瞼の下に涙が溜まっている。

「庸平…血…」

「心配ない。かすっただけだ」

 平気な顔をしているが、汗が噴き出している。

「見つけたのか?」

「う…うん」

 千紗の指す方を見ると、倒れた本棚があった場所に、確かにマークが入っている。

 庸平が手を差し出した。

 その手を掴み千紗は立ち上がる。

 その様子を見ながら、さすがに斎藤も心配になった。

「ほんとに大丈夫か?」

「おう」

 庸平は千紗の肩にポンッと手を置いた。

「まだ仕事があるからな」

 そう言うと千紗を引っ張り走っていった。

 斎藤は首をひねる。いやに柔らかい表情をしていた。もしかすると庸平は…。


 マークに駆け寄ると千紗はポケットからイビツな物体を取り出し、床のマークにはめ込む。

 それを一回転させると床が開き、地下道が現れた。

「よし、行こう」

 地下道へ飛び降りた庸平は小さな呻き声を漏らした。それを見た千紗は顔をしかめる。

 入口の蓋を閉めると、視界を暗闇が阻む。

 千紗が懐中電灯を取り出し前を照らしても、道の先は見えない。

 二人はとにかく前へ進む。

 やがて開けた場所へ出た。

「ここ…なのか?」

「たぶん…」

 壁際に窪みがある。

「庸平、火」

「おう」

 庸平は取り出したマッチに火をつけると、千紗が照らす窪みへ投げ込んだ。

 やがて火は大きな炎となりその空間を明るく照らし出した。

 中央に石台、その上に小さな箱が乗っている。それへ千紗が手を伸ばす。


 ゴクリ、と庸平が唾を飲む。


 箱は簡単に開いた。

 中には便箋ほどの紙が5枚入っている。

 千紗は紙束を取り出して見つめる。

「それか?」

「うん、これよ」

「よし、何分いる?」

「そうね…10分」

「了解。斎藤、10分だ」

 無線を切ると、庸平は台座にもたれかかって座り込んだ。

「大丈夫?」

「ああ。気にせず始めてくれ」


 数日前のこと。庸平が千紗の部屋にやって来た。

「どうしたの?」

「話しておきたいことがある」

「何?」

 千紗はベッドの上で座り直した。

「今度の作戦だが、政府軍と手を組む。

 斎藤が手筈を整えているところだ」

「政府軍って…信用できるの?」

 庸平はニヤリと笑った。

「敵の敵は味方だ」

 千紗の顔はまだ晴れない。

「この前襲ってきた奴らを覚えてるか?

 調べたところ、奴らの国籍はバラバラだ。

 つまり、この国の政府以外にも、動いているところがある。

 政府も他の国には取られたくないだろう」

「でも、出るときは?渡す気がないと知ったら政府軍も無事に出してはくれないわ」

 急に庸平が神妙な面持ちになった。

「そこだ。入るのはいい。問題は出るときだ」

「どうするの?」

 庸平は言いにくそうに頭を掻いた。

「千紗、地図が手に入ったら全て記憶しろ。本物は破壊する」

 再び千紗は言葉を失った。

「いいか、千紗が地図になるんだ。

 そうすれば千紗の命は守られる」

「でもそんなの…」

「重たい役を与えてしまってすまない。

 でも可能ならそれが一番安全だ。

 できるか…?」

 千紗は目を閉じ考え込んだ。

 庸平はゆっくり顔を寄せる。

「難しいことを言っているのはわかってる。

 だが千紗を信じて言っているんだ」

 その言葉に千紗は目を開いた。

「うん、やる」

「よし」


 地下道の中、千紗は紙に目を通しながら、身を寄せるように庸平の隣に座り込んだ。


「血がつくぞ」

「いいの」


 二人が黙ると、静寂が空間を包みこんだ。

 庸平には千紗の心臓の震えだけが伝わってくる。

 1分にも1時間にも感じられた。任務など忘れてこの時間を愛でたかった。

 しかし10分は思ったより早く来た。

「庸平…」

「ん?」

「終わった」

「情報は?」

「手に入った。たぶん」

 庸平は震える千紗の手を握った。

「大丈夫。上手くいく」


 斎藤は肩口で鳴る無線をとった。

「どうだ?」

「終わった。今から出る」

「了解」

 今度は全体へ無線を繋ぐ。

「斎藤だ。二人が出てくる。急いで準備しろ」


 蒼龍隊の今井が管制室に駆け込んだ。

 中で無数の機械を加藤がいじっている。

「用意は?」

「いつでもいいぞ」

 管制室の下、一階では野村が三人の敵を相手にしていた。

 最後の一人を倒すと、その上に馬乗りになりとどめを刺す。

「ん?」

 と野村は顔を上げた。

 何かかすれた音が聞こえる。

 間もなく、館内のスピーカーから今井の声が出てきた。

「館内の諸君、戦闘を止めてよく聞くんだ」

 徐々に銃声が鳴りやんだ。

「俺たちの仲間二人が地図を手に入れた。

 そして、よく聞けよ。地図は燃やした」

 地下一階で男たちがざわつきだす。

 斎藤はそっと二人がいる地下道の入り口に駆け寄った。

 今井は続ける。

「安心しろ。地図の情報は残っている。

 地下道にいる女の頭の中だ。

 その二人が今から出てくるが、何もするなよ。

 女が死ねば地図の情報も消える」


 庸平は千紗に拳銃を渡した。

「撃ってみて」

 不信に思いながら千紗は引金を引く。

「空よ?」

「そうだ。今からそいつを千紗の頭に突きつける。

 だがこいつが俺たちを守ってくれる」

「わかった」

 そう言うと千紗は天井の蓋を開いた。

 上から斎藤の顔が覗く。

「いいぞ」

 庸平に押し上げられ、千紗から外へ出る。

 前を見ると全軍がこちらを睨み付けており、千紗は足がすくんだ。


 ポンッと頭に何かが乗った。


 見上げると庸平の手がある。

「地図はほんとに燃やしたのか?」

「ああ」

 全軍の前で庸平は地図の燃えかすをばら蒔いた。

「この通りだ」

 そのまま千紗の腕を掴んで引き寄せた。

「地図は、ここだけだ」

 と、千紗の頭に銃を突きつける。

「俺たちは別にいらないんだ。その宝ってやつも、この女も。お前たちの手に渡らなければな。

 最後の希望を消したくなければ、誰もそこを動くな」


 今井と加藤が1階へ下りると野村が待っていた。

「車は?」

「城島が待機させている」

「よし、俺たちも出よう」


 機関銃を肩から下げた斎藤を先頭に、庸平と千紗も一歩ずつ踏み出す。

 他に誰も動く者はいない。言葉を発する者もいない。ただ中央を歩く二人を見つめている。

 階段に着くと、斎藤が先を促した。

 二人は振り返ることもなく登ってゆく。

 庸平の身体が熱を持ち始めているのを感じる。

 血管の脈動とともに、血液が千紗の肩へ伝ってくる。

 一階へ上ると、外の光が見える。

 腕を組む千紗の力が強くなるのを感じた。


「大丈夫。あと少し」


 出口まで来ると、外にバンが停まっている。

 後ろの扉が開き、中から野村が出てきた。

「残りの奴らは永井組に合流した」

「よし」

 千紗に続いてバンに乗り込むと、庸平はその場に倒れた。

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