第24話 夜明けのカフェで米を炊け!

【前回までのあらすじ】

野球部のおにぎり弁当四十人前を作るため、ミフネ、フブキ、サユリの三人は、早朝の校門前に集合した。

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 土曜日の朝四時、あたりはまだ薄暗かったが東の空が白々と明けてきている。

三人の影が学校の裏門前に集う。

正門側と違ってこちらは住宅街に面している。

前日に預かっていた鍵を使って、校門の南京錠を開けた。

正門は、シリンダー式の鍵で、その重要性から貸し出しは許されなかった。

サビついた閂かんぬきのけたたましい音に一瞬三人は慄おののくも、人ひとりが通れるだけ門扉をあけて三人は一人ずつ素早く校中に入った。


三人の足音は、無人の校舎に反響しながら敷地の奥へと進んでいく。

敷地の片隅にある小屋が見えてきた。毎日のようにここに来ているが、白々と明けていく空に照らされたカフェ・ヤシマベースを見るのはこれが初めてだ。

鍵を開けて中に入ると、すべてのカーテンを開け放ち、室内に光を取り入れる。

東向きの高い位置にある丸窓からもやわらかい光が差し込み、部屋が命を吹き返すかのように感じた。

いつも通りの姿を取り戻したカフェを見て、三人はようやく大きな息を吐いた。

「なんだか、泥棒に入っているみたいね」

「こない静かな学校初めてや。サユリ、今日は寝坊せんかったんじゃの。」

「当たり前やが~。今日は大口顧客の野球部様にお弁当作って届ける日やで~。昨日の夜はぜんぜん眠れんかったわ~」

そう言うと、サユリは、かばんの中から封筒を取り出した。

「見て~。こんなん作ってんで~」

サユリは名刺ほどのサイズの紙・何十枚を封筒から取り出して見せた。そのカードの中央には、美しくデザインされた「Café YASHIMA BASE」の文字が記されていた。ミフネとフブキは、「うわー!」と本格的なカードに歓声をあげながら、カードを手に取った。

「おにぎり弁当のラッピングにこのカード入れたら、まさに『うちの商品』って感じがするやろ~。宣伝にもなるし、裏にはメッセージも書けるで~」

裏返すと、そこにはサユリ特有の丸文字で「試合がんばってね!」「必勝だよ!」などのメッセージが書かれていた。

「うわ~、これ見たら野球部員喜ぶとおもうわー」

「やろ、やろ~」

人見知りのサユリは、こういうデザインやコミュニケーションに関する発想には脱帽してしまう。

ミフネは、カードを手に取って眺めているうちにあることに気が付いた。

どのカードにも、ヤシマベースのロゴの下に「PB」という項目で電話番号のような数列が書かれている。

「この『PB』っていうのは何?サユリの自宅の電話番号?」

「なんよんな~。最近のトレンディな高校生は、ポケベル持ちよるが~。ウチもほら~」

そういうとサユリはポケットから小さな画面のついた手のひらサイズの機械を取り出した。ミフネは、テレビドラマでビジネスマンがこういったポケットベルを使って連絡を取り合っているのを見たことはあったが、実物を目にするのは初めてだった。ましてや、高校生が持っていることに驚かずにはいられなかった。

「サユリすごいがー!どうやって使うんそれ?」

フブキも驚いているということに、ミフネはポケベル不所持高校生が自分だけでなかったと安堵した。

「電話をこの番号にかけてな、たとえば、『ア』って打ちたいときは11『イ』は12…ってプッシュホンで押すんや~。そんでな~……」

二人は大盛り上がりだが、ふと時計に目をやると針はもう四時十分を過ぎていた。

「ちょっと、今はお弁当の用意しなきゃ、六時の出発に間に合わなくなっちゃうよ!」

「あ~そうやった。フブキ、ポケベルの話はまた今度な~」

サユリはそういうと、ポケベルをポケットにしまい、かわりにカバンからエプロンを取り出して身に着けた。

エプロン姿となった三人は、流しにいき手を洗い、すぐさま米を研ぎ始めた。

なんせ、今日は一升炊き四台の炊飯器を稼働させ、八十個のおにぎりを作らなくてはならないのだ。


「スイッチオーン!」

カフェ内のあらゆるコンセントにつないだ炊飯器にスイッチを入れた。

「フブキ~、食べ盛りの野球部男子たちが、おにぎり二個ずつで足るんかの~?」

「午前中が開会式で、うちの野球部は昼からの第三試合らしいわ。あんまり食べ過ぎたら体動かんくなるけん、監督が、ひとりおにぎり二個までって制限したらしいわ」

「へえ~、そうなんや~」


次は、具材づくりだ。

ミフネは、生卵を次々とボウルに割り、菜箸でかき混ぜる。味付けに醤油を混ぜる。

フブキは、ツナの缶詰をボウルに次々と開けていく。

サユリは、梅干しを皿の上に取り出し、ナイフとフォークで実を割いて種を取り出し、梅肉だけをボウルに移す。


そうこうしているうちに炊飯器から米が炊けるいいにおいがしてきた。

ミフネは、油をひいた大きなフライパンでいりたまごを作った。たまごの注文が意外に多く、一枚しかないフライパンで一度に作ることができず、できあがったものをさらに上げては、もう一度同じ作業を繰り返す。

フブキは、ツナの山にマヨネーズをかけ、ツナマヨを作った。

サユリは、梅の種を取り出す作業が難航しているようだ。


「おはよ。おー、ええにおいしよるがー。このにおいは卵焼きか?」

開け放した入り口からイシハラ先生が入ってきた。今朝、早朝登校が認められたのも、イシハラ先生の口添えがあったおかげだ。先生もミフネたちの様子が気になって休日に早朝出勤をしてくれたようだ。

「おにぎりの具材は、玉子にツナマヨ、梅、昆布か。うまそうやな。ほんで米はどこで炊きよるん?」

「この建物、コンセントが少なくって、あちこちに分散させて稼働させてます」

ミフネが答えると、イシハラ先生はカフェの室内を見回した。

カウンターのすぐそばにあったひとつの炊飯器に目をやると、先生は怪訝そうな表情で近寄って行った。

「え?これスイッチ入りよる?」

「はい、三十分ぐらい前に……」

「あかんで、電源が落ちよるがー!」

「えー?!」

三人は作業を中断し、炊飯器の前に駆け寄る。確かにさっきまでついていた「炊飯」のランプが消えている。

先生はカフェ内の壁沿いに散在する炊飯器を順番に見て回る。「これも……これも……ぜんぶ電源入っとらんよ!一体いくつの炊飯器動かしよるん?」

「えっと……四台です……まさかブレーカーが落ちちゃった?」


おそるおそるミフネがキッチンに近い炊飯器のふたを開けてみる。

もわっとした湯気の中から見えたのは、お湯に浸った生煮えの米だった。

「この小屋の電力容量では、炊飯器四台は限界を超えとるみたいやの」

イシハラ先生は、落ち着いた表情を崩さず状況を冷静に分析する。

「え~!?どうしよ~。今からもう一度スイッチ入れたら、ちゃんと炊き上がるかな~?」

泣きそうな声でサユリが先生に尋ねる。

「無理やろ。旧式の炊飯器やけん、たぶん焦げ付くやろな。水を加えて大鍋で炊き直すかやな。でも、うまくいく保障はないで。あるいは、この米は破棄して再度焚き直すかやな」

先生は、キッチンの奥にある配電盤を開き、切れたスイッチをパチンと弾いて通電させるが、どの炊飯器も炊飯を再開する様子はなく、『保温』のランプがついただけだった。

「え~!四十合も炊きよるのに~、もったいない~……」

「どうするミフネ?」

二人からすがりつかれ、頭を抱えるミフネ。

「そ……そうね…。今は、五時すぎ。あと一時間もない……どちらにしても今からだと時間ぎりぎりだね」

ミフネは頭の中であらゆる可能性を思案した。


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DIYカフェ少女 生徒が学校にカフェをつくっていいんですか?! JJ丸 @jjm

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