第13話 カウンターテーブルを設計せよ!

【前回までのあらすじ】

ミフネ、フブキ、サユリの三人は、活動資金を得るため、文化祭を待たずにカフェのオープンを目指すことにした。まずは、テイクアウト商品の販売を想定して、カウンターテーブルづくりに着手した。

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ミフネが、家からの最寄り駅に降りた頃、辺りは薄暗くなっていた。


その駅で降りたのはミフネだけだった。


プラットホームに屋根付きの待合席だけが設えてある簡素な無人駅だ。


二両編成のことでん(琴平電鉄)が、車輪とレールの金属同士をきしませながら走り去っていくと、辺りはいっそうの闇と静寂に包まれた。


ぽつぽつとした民家の明かりと海からの波の音だけがその存在を主張している。


ミフネは海の底にぽつんと取り残されたような感覚に襲われ、誰もいない水路沿いの道を小走りに進みだした。



五分もすれば自宅に着く。しかし、自宅もまた無人である。


かばんから鍵を取り出し、玄関のドアを開けて中に入る。




ミフネの両親は、ともに学校の教員でいつも帰りが遅い。


ミフネは、一人っ子ということもあり、思春期になっても反抗期というものにほとんど無縁だった。


多少のイライラを親にぶつけた時期もあったが、ふだんから仕事で多くの子供に接している親は、事も無げにさらりと娘の反抗心を受け流した。


ミフネは、虚空に向かって腕を振り回しているようで、その度に自分の至らなさを痛感した。




小学生の頃は、幼馴染のナツメの家で夕飯をおよばれすることも多かったが、彼女が東京に引っ越していなくなると、ミフネは孤独な時間を過ごすこととなった。


中学時代は、本好きゆえに文芸部に入ったが、同学年の部員はおらず、学年の異なる数人の部員と今読んでいる本について語りあうだけの部活だった。


放課後、部室を訪ねて誰もいなければそのまま帰宅する日も多かった。


暗くなるまで何かに打ち込んだのは人生で初めての経験だ。




帰宅し、家の明かりをつけると、誰もいないながらあたたかな安堵に包まれた。


夕飯は、温めさえすれば食べられるように母親が作り置きをしてくれることもあるし、何もなければミフネが家族の分も夕飯の支度をすることもある。


しかし、今日は、そのどちらでもなかった。


夕飯どころではないのだ。




制服を脱ぐのも忘れて、自分の部屋の勉強机に向かった。


これまではカフェをどう展開していくか経営戦略を思案することが多かったが、今はカウンターテーブルという具体的な設備の設計に臨んでいる。


はっきりとしたイメージが見えてくると、いよいよカフェづくりが始まるという期待で胸が高鳴った。


ミフネの図面は、素人の作図ながら、全体像をよく伝える合理的なものであった。


かくし部屋に保管している木材の寸法はすべてノートに記録していて、見返すとその多くの木材が91cmをひとつの単位としてカットされていたことに気付いた。


不思議に思い調べてみたところ、これは日本古来の尺貫法で3尺というサイズからきているそうだ。


自宅の戸や窓などの間口を測ってみたら、その多くが3尺(91cm)やその倍の6尺(182cm)で作られている。


この倉庫小屋には182cmの木材が多くあったので、無駄を出さないようにカウンターテーブルの幅を182cm、高さを91cmに決めた。


まず、これを販売用カウンターとして入り口すぐに設置してコーヒー、紅茶や軽食などのテイクアウト販売を始めるのだ。




夜の八時半ごろ、母親が帰宅してきた。


「ただいま。ごめん、おそくなっちゃった。」


リビングに明かりがついていないことを不思議に思った母親が、二階まで上がってきてミフネの部屋のドアを開けた。


「あら、勉強?すぐに夕飯作るから待っててね。」


ミフネは「おかえり」と応えるものの、振り向きもせず机にかじりついていた。


母親は、また読書や勉強に夢中になっているのだろうと思ったのか、特に何の詮索もせず夕飯の支度に取り掛かった。






二十分ほどで夕食が出来上がり、階下から「ごはんよ」と呼ぶ声がした。


ほぼ同じタイミングでミフネの作業は一段落し、軽快な足取りで階下に降りて行った。


夕飯は、冷蔵庫にあった豚肉に、昨日からジャーに残っていた米を、炒めたチャーハン、そして野菜を切って卵を落としたお湯に中華味の粉末を溶かしただけの中華スープだ。


「いただきまーす。お母さん、帰ってきて二十分も経ってないのに、よくこれだけの夕飯作れるね。教師辞めても、中華料理店なんかで働けるんじゃない?」


多くの「外でおとなしい子」と同様、ミフネは家族とは陽気によくしゃべる。


「即席料理よ。働く母は、いつも時間との戦いだからね。」


そんなやり取りをしていると、玄関のドアがガチャッと開いて父親も帰ってきた。この時間、妻は怒涛の勢いで家事をこなしていることを知っているので、呼び鈴は鳴らさず、自分で鍵を開けて入ってくるのが常だ。


「ただいま。」


「お父さん、おかえり。」


リビングに、スーツ姿の細身の父が入ってきた。


「ミフネ、この間頼まれていた本、図書館で借りてきたよ。『カフェ開業マニュアル』。なんでこんな本を読みたいんだ?」


「あー、友達にそういうのに興味ある子がいて・・・。」


「そうか。貸出期間は2週間だからね。」


「わかった。ありがと。」


家ではなんでも話すミフネだが、カフェづくりの話はしていない。


秘密にしているわけではないのだが、なんとなく言い出せないのだ。


両親は、まさか自分の娘が高校でカフェづくりをしているなんて思ってもいないだろう。


もし、知ったらどんな反応をするだろう。


反対されるだろうか。

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