黒い村

この世界の暦で310年の晩夏の事だった。

各国各地の村々が一晩にして村民全員が不審死するという事件が相次いだ。死因は様々であったが村人全員が同一の死に方をしていた。


焼死、刺殺、狂死、老衰、餓死、様々な滅び方だった。中には村人全員がアンデッドとなる例やモンスターに惨殺されるものもあった。


その中には何人か生き残りと思われた者がいた。だが、全員が重度の魔力汚染状態に陥っており、人と呼べる者誰一人としては居なかった。



テールやレアが住んでいた村も襲われた。

朱色の閃光が一瞬にして村全体を丸ごと包み込み、内部の全てを蒸し焼きにした。


動植物や造形物は皆、形状を保ったまま炭と化していた。また人間も例外ではなく、閃光に包まれる前の状態で静止し、炭と化していた。その様子はまるで村の時間は停止したかの様だった。



レアは地下の蔵で食材とにらめっこしていた。


「これだけあれば足りそうね。」


安堵した様子で胸に手を当てていた。近所の農婦から分けてもらった食材を仕訳している最中だった。


桑や鋤など農具と干し芋や小麦などの食糧を保管する用の地下蔵がレア達の家にはあった。


その蔵の中でレアは困り果てた顔で呟いた。


「今月のペースだと来月どうしようかな・・・」


来月の食糧難に向けて頭を悩ませていた。今月もテールのせいで食糧難だった。


頭に手を当てうやだれているその時だった。大きな衝撃が蔵ごとレアに襲いかかった。


10歳の少女にはその衝撃はあまりにも強く、その場に倒れてしまう程だった。衝撃は直ぐに収まったものの、天井からはパラパラと砂埃や土が落ちてくる。



少女は危険をいち早く察知すると即座に立ち上がり出口へと駆け寄った。


ドアを開けようとドアノブを乱暴に握り締めた時、少女は小さな悲鳴を上げた。


普段の地下蔵のドアノブは赤錆に塗れて薄く金属光沢を放っているどこにでもあるドアノブだった。


しかし、レアの触れたドアノブはを橙色の光を鈍く放ち、陽炎の様に周囲の空間を歪めるほどの高温を宿していた。


余りの予想外出来事にレアは唖然としていた。突然の出来事があまりにも多く、思考な纏まらずに混乱していた。そんな混乱の中でレアは左手に痛覚を感じそれに視線を向けた。


その手はドアノブに焼かれていた。薄皮はドアノブに癒着し剥がれ、桃色の肉が顕になりに血が滲み出ていた。


自分の状態を理解した瞬間に激痛が襲った。あまりの激痛にレアはその場に蹲り、手を抱え込み、歯を食い縛り、声にならない悲鳴を上げた。


少女は度重なる恐怖と激痛に目眩を着たし、そして気絶した。



テールは炭坑の中に閉じ込められていた。


先程の衝撃で出口は瓦礫で塞がっていた。テールは一人で黙々と撤去作業をしていた。


テールは過酷な肉体労働を終え、水分補給もままならない状態で閉じ込められていた。脱水症状を起こし、意識は朦朧としていた。


しかし、テールは手を止める様子を見せずにひたすらに手を動かしていた。



テールは外の様子が心配で仕方なかった。彼は先程の衝撃が地震などの災害ではないことを理解していた。


彼の職場では岩盤の掘削や炭坑の掘り始めの際に爆薬を使った掘削作業をしていた。その時起きる衝撃波と先程の衝撃が同一の物だとわかっていた。


但し、その規模が小規模な爆破とは比べ物にならない程の威力だった。



彼はその不安要素から強迫観念に駆られて身体を動かしていた。


彼の疲労がピークに達し、最後の力を振り絞り瓦礫を退けた。そこからは光が差し込んでいた。


テールは光を見ると同時に、疲労と出口への安堵から緊張の糸が切れたかのように眠りに落ちた。



頬に冷たい液体の流れる感覚を感じ、目が覚めた。瓦礫を退け、小さな光の前で意識を失っていた。


外は雨が降っているらしく、目の前の出口からは小川が出来上がっていた。


寝起きの頭は頭痛が酷く、頭を金槌で叩かれている様な感覚が永遠と繰り返されていた。声が出ない程に喉が渇き、ひたすらに目の前の泥の小川を啜っていた。



数十分掛けてやっと思考が出来るほどに回復した。


全身の毛が逆立つのを感じるほどの不安に駆られた。外の様子をいち早く確認するために小さな出口を無理やりこじ開け外に出た。











ただただ、言葉が出なかった。

目の前には黒い村があった。その形は普段見る日常風景だった。


お店のお姉さんを口説きながら買い物するお兄さん。

重い酒瓶の詰まった箱を持って歩くおばちゃん。

仕事上がりの一杯を我慢出来ずに職場の前で酒盛りを交わすおっちゃん達。


何も変わらなかった。その形は何時もの、何時もの光景だった。ただ時が止まっていた。ただ全てが炭になっていた。


「おい、オッチャン。何で動かないんだよ。また俺をからかっているのか?」


声は弱々しく震えていた。その小さな声に返事が帰ってくることは無かった。


「ふざけんな!」


様々な感情のやり場をなくし、地面を面いっぱい蹴飛ばした。すると目の前の炭は崩れ落ちてしまった。


走った。その場から逃げ出すかの様にただ走った。村の中をひたすらに走った。


そして、レアを見つけることが出来なかった。




気づくとテールは自分達の家の前に立っていた。


玄関のドアノブに触れた瞬間にドアが崩れた。彼は覚束ない足取りで家の中に入っていった。


室内も完全に炭と化していた。レアはまた居なかった。テールが完全に諦めかけたその時だったのだ。地下の蔵から物音がした。


「レア!!」


テールは思わず口走った。すると返事をするかの様な物音が聞こえた。


「きっと閉じ込められてるんだ」


テールは扉を強引に押し開けようとする。しかし、扉は反対側から押さえつけられているかのように重かった。


「レア、俺だ!テールだ!そこを退いてくれ」


彼の掛け合いも虚しく、未だに扉は重いままだった。


「今から無理やりにでも開けるからな!」


テールは数歩後ろに下がった。そして勢い良く地下蔵の扉に衝突した。しかし、勢いが強すぎたらしく、扉は壊れて外れてしまった。


「いてて、無事か?レア?」


蔵の中は湿気が酷く、腐臭と鉄と何かの焼けた焦げ臭い匂いが立ち込めていた。また、それを認識すると同時にテールの手に不快な感触が走った。冷たく、滑り、粘着く液体状の何かが手に付着していた。


テールは直ぐ様自分の手を確認した。それは赤黒い生乾きの血だった。


そして、扉の下から何かが這い出てきた。


それは形こそは人間だったが、皮膚は浅黒いく乾いており、紫の頭髪が顔を覆うほどに伸び切っており、髪の隙間から鈍く光る赤い目が見えていた。



それの服は血だらけだった。また、口や左手にはさらに大量の血が付着していた。



テールは恐怖に我を忘れて置いてあった鋤を手に取った。


テールの両親は彼の目の前でモンスターに喰われた。彼は両親の肉を貪った人外と目の前の人外の姿を重ねていた。


「よくもレアを・・・」

テールの声は怒りに震えていた。


彼は人外を押し倒し、何度も何度も刺突した。体も、四肢も、頭も、何度も何度も刺突した。



そうしてテールが我を取り戻す頃にはズタズタの死体が出来上がっていた。



テールはその場をあとにしようとした。しかし、彼の疑問と不安が足を止めた。


何故この化物はここにいるのか?

レアは何処へ行ったのか?


彼は単純な疑問を考える余裕すら無かった。故に好奇心のまま化物の死体を確認してしまった。


そして見つけしまった。化物の髪に引っ掛かっている何かを


レアの物だった。初給料でレアに買ってあげたリボンだった。その日以来レアは毎日そのリボンで髪を縛っていた。


「あ、ああ・・・あああ」


そして彼は"理解"してしまった。


そこの肉片がレアだったことを。

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依り代の魔法使い 伝説のたにし @shoppai3

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