ポニーテールは今日も聞き役

中田カナ

ポニーテールは今日も聞き役

「次の方どうぞ」

「先生、よろしくお願いします」

 扉を開けて入ってきたのは年配の男性。

 患者さんは男性が持っている小さな籠に入っている白文鳥だ。


 先生などと呼ばれているけれど、私はまだ見習いの動物治癒士だ。

 魔法学院の学生である私は、午後の授業がない日と土曜日にこの動物病院で働いている。

 受付である程度判断してくれて、私でも対処できるものをまわしてくれる。そして診療室では院長が書類仕事をしながら見守ってくれている。


「鳥に不慣れな来客が驚かせてしまい、籠の中で暴れてしまって翼を傷めてしまったようなんです」

 私が生まれる少し前あたりから王都では小鳥の飼育が流行し始め、今ではすっかり定着して愛好家も多い。


 飼い主の男性が症状を説明しているのだが、籠の中の白文鳥は目が会ったとたん私のことを見抜いたらしく、騒ぎ立てている。

『ねぇねぇ、ちょっと聞いてよ!この人の孫とかいう男の子が突然私の籠を揺さぶったのよ!すっごく怖かったんだから。それでパニックになっちゃって、翼をぶつけてしまったみたいなの。この痛み、早くなんとかならないかしら?』


「それは大変でしたね。ではこれから診察しますね」

 どちらにも違和感がないように言葉を選んで私は答える。

 いつのまにか院長が私の隣に立っていた。


 鳥籠に手をかざす。

 診たところ問題があるのは翼だけで、身体の内部は問題なさそう。

 院長の方を見ると、私の表情で察したのか無言でうなずいていた。


「では治療しますね」

 かざした手から淡い光が生まれて白文鳥をつつんでいく。

 光が消えると白文鳥は穏やかな鳴き声に変わった。


「はい、治療が終わりました。これでもう大丈夫ですよ」

 ずっと心配そうな顔をしていた飼い主の男性がホッとした表情に変わる。

「先生、ありがとうございます!」

『すごい!痛くなくなったわ!貴女、若いのにいい腕してるわね』

 白文鳥も納得してくれたようだ。

「どういたしまして。お大事に」



 子供の頃に誰もが行う神殿での儀式で、私は動物に特化した治癒魔法持ちという判定を受けた。

 治癒魔法に限ったことではないが、魔法は経験を積むことで出来ることが増えていき、魔力量も上昇していくと言われている。

「ちょっと前まで出来なかったことが、気がつくと出来るようになっているって感じなんだよなぁ」

 院長や動物病院の先輩も口を揃えてそう言う。

 働き始めた頃は軽い外傷しか治せなかったけど、今の私は単純な骨折なら治せるし、身体の内部も異常の有無だけならわかるようになってきた。


 魔法学院では魔法を使うアルバイトを推奨していて仲介もしてくれる。

 この動物病院も学院から紹介されたところで、院長をはじめ先輩方がいろいろ教えてくれるのでとても勉強になる。

「俺達も師匠や先輩にいろいろと教わってきたから、後進を指導するのも役目の1つだと思ってるよ」

 私では治療できなかったり判断がつかない場合は院長や先輩にまわす。そして説明を受けながら学んでいくのだ。



 午前の診療が終わり、昼食時間に入る。

 食事が出るのもこの職場の魅力の1つだったりする。院長の奥さんの手作りで、料理上手だから何でも美味しい。

「そういえば来週は祝日があるけど、何か予定はあるか?」

 昼食の最中に院長に尋ねられた。

「いいえ、特にないですけど」

 祝日は基本的にこの病院もお休みだ。


「もしよければ祝日に臨時のアルバイトをしないか?」

「かまいませんけど、何をするんですか?」

 稼げるのはありがたいけど、たぶんこの病院じゃない仕事ってことだよね。

「今の王宮専属の動物治癒士は俺の師匠なんだが、高齢で引退することになってな。後任は俺の先輩に決まってるんだけど、師匠が引継ぎ用に管理台帳の更新作業をしたいそうで、祝日も作業したいから記録係が欲しいらしい。主に馬を診てまわることになるそうだ」


「えっ?それって王宮へ行くってことですか!」

 一生縁がないと思ってた王宮に足を踏み入れるチャンスってことだよね?!

 長期休暇で故郷に帰ったら家族や友人にちょっと自慢できるかも。

「ああ、俺も行くから心配は要らないぞ。治療はしないだろうが、君の能力を生かす機会はあるかもしれないな」


 そう。

 私は動物と会話することが出来る。

 魔法学院に入学して初めて知ったけど、私のように動物と会話ができるのは極めてまれらしいのだ。

「ぜひ行かせてください!」

 王宮も魅力的だけど、動物治癒士としていい経験ができるかもしれない。



 仕事を終えて魔法学院の寮に帰り、夕食後にお風呂に入って1日の汚れと疲れを洗い流す。

 普段は髪を後頭部でひとくくりにしているけど、お風呂の後は髪を下ろしている。


 コンコンコン。

「ちょっと聞いてよ!アイツったらひどいのよ!」

 返事をする前に飛び込んできたのは向かいの部屋の同級生。

「あ、話の前に髪を乾かしてくれる?」

 彼女は火と風の魔法が使える。頭が一瞬温かな風に包まれ、濡れた髪があっという間に乾く。

「はい、乾かしたわよ。それより聞いて!今日のことなんだけどさ…」


 彼女には最近恋人が出来た。

 お相手は魔法学院の先輩なのだが、彼女が言うには少々鈍感なところがある男性らしい。

 恋愛とは無縁な女子力の低い私に話したところで何の役に立たないと思うのだが、なぜか友人達はこの手の話を私に持ってくる。


 恋愛話に限らず昔から愚痴の聞き役になることが多いのだが、この人畜無害そうな顔が話しやすいのだろうか?

 話をちゃんと聞いて、時には第三者として意見を言うこともあるけれど、解決策を提示することはほとんどない。

 たいていの場合、解決策なんか持ってないというのもあるけれど、

「あ~、話したらなんかスッキリしたわ。聞いてくれてありがとう!」

 と、みんな話すだけ話してあっさり帰っていくのだ。


 そして翌日。

「昨日は話を聞いてくれてありがとう!彼と軽く言い合いになったりしたけど、今はもう仲直りできたわ」

 友人のお相手は何度か見かけたことがあるけれど、おっとりした感じの人だったので、おそらく彼女が一方的に言いまくったのだろう。もちろんそんなことは口に出さないけど。

「あ、これ、おみやげ。今日のデートで行ったカフェの人気のクッキーよ」

「はいはい、ごちそうさま」




 友人の愚痴騒動から数日後。

 祝日なのに魔法学院の制服を着て、院長とともに王宮の通用門をくぐる。

 何を着ていけばいいか困ったけど、院長が「学生だから制服でいいんじゃないの」とアドバイスしてくれた。念のため学生証も持参している。


「ようこそ、王宮へ」

 小柄でつるつる頭のにこやかなおじいさんが待っていた。この人が王宮専属の動物治癒士であるらしい。

 院長のお師匠様だから、私からすれば大師匠様になるのかな。

「よ、よろしくお願いします!」

「うむ、よろしく頼む。では、さっそく作業に入るかの」


 最初は騎馬隊の厩舎だった。

 院長は書類の入った箱を抱えている。一番下っ端の私が持つべきだと思ったので申し出たけど、

「女性にこんな重いのを持たせられないよ」

 と言って断られた。


『じいさん、おはよう!今日は見たことのねぇ奴を連れてるんだな』

 一番端の馬房にいた黒い大きな馬が大師匠様に話しかける。

「おはよう。今日手伝ってくれる者達じゃ」

 ここはやはり挨拶しといた方がいいよね。

「おはようございます。初めましてですが、決して怪しい者じゃないです。今日はよろしくお願いいたします」

 大師匠様に聞こえない程度の声で挨拶し、ぺこりとお辞儀すると黒い馬がこちらを見た。

『おっ?お前、じいさんと同類なのか?』

「…ん?同類?」


 おじいさんを見るとニコニコしている。

「ああ、わしもお前さんと同じく彼らと話が出来るんじゃよ」

「そうだったんですか?!」

 うわぁ!自分以外で動物と話せる人に初めて会ったよ。


 動物達と会話しながら管理台帳の更新作業を進めていく。

 移動中は大師匠様とあれこれ話をする。会話が出来る動物治癒士の心得を尋ねると、

「やはり聞き上手になることじゃな」

 と言われた。

「聞き上手、ですか?」

「そうじゃ。人間でも動物でも会話の中には本人すら気付かない情報が混じっていることもあるからのぉ」

 ああ、それはなんとなくわかる気がする。

 診療中のささいな会話とか、友人の愚痴の中に意外な手がかりがあったりするんだよね。


 午前中の作業が終わった。

 大師匠様は午後から来客の予定があるとかで自室へと戻り、私と院長は昼食は王宮の職員用食堂へ案内された。

 王宮では祝日でも働く人はそれなりにいるようだ。

 3種類のランチセットの中から1つ選べと言われ、迷わずメインが肉の煮込み料理を選ぶ。

「さすが王宮、料理がどれも美味しいですね!」

「ああ。だが、うちの嫁が作る料理だって負けちゃいねぇと思うがな」

「あ、それは私もそう思います。院長ってば、料理上手で美人で優しい奥さんがいて幸せですねぇ」

「…怒らせるとすげぇ怖いんだけどな」

 最後のは聞かなかったことにしておこう。


 ちゃっかりデザートまでいただきながら考える。

 院長はたぶん私を大師匠様に合わせるために今日連れてきてくれたんだろう。

 大師匠様は経験も積んでいて、私とは異なる目線で物事を見ている。話をしていて目からウロコがポロポロこぼれ落ちていた。

 帰りに院長にお礼を言わなきゃね。



 午後は馬術競技用の馬達がいる厩舎にやってきた。

「あ、しまった。ここの管理台帳は別の部署が持ってるんだったな。ちょっと借りてくるから、しばらくここで待っていてくれ」

「はい」

 院長は足早に去っていった。


 一番端にいた綺麗なグレーの毛並みの牝馬と目が合った。

 確かこういう色は芦毛っていうんだよね。

 なかなかの美人さんで、健康上の問題はなさそうなんだけど、なんだかどんよりしているように見える。

「あの、ご気分が沈んでいるようですけど、何かあったんですか?」

『あら?貴女は話せる人なのね』

「ええ、まぁ」

『あら、そうなの。ねぇ、だったら私のちょっと聞いてくれる?!ちょうど1ヶ月前のことなんだけどね…』


 院長がなかなか戻ってこないので、相づちを打ちながら芦毛の牝馬の愚痴を聞いている。

『…って言ったのよ。ちょっとひどいと思わない?!私だって…』

 そして聞きながら思う。ここでもやっぱり私は聞き役なんだなぁ。


『…ちょっと貴女!ちゃんと聞いてるの?!』

「あ、すみません。聞いてますよ。あの、ちょうどこの間友人から聞かされた話と似ているなって思ってたんです」

『あら、そうなの。その方はどうなったの?』

 首をかしげる芦毛の牝馬。

「えっと、我慢の限界を超えて、本音をぶちまけて、すったもんだの末に元の鞘に収まりました」

『うらやましいわ。私にはそれができないもの』

 あ、またしょげてしまった。

「そうですねぇ、私も何かいい方法がないか考えてみますから、まずは元気出してくださいよ」



「おい、そこのお前!俺の馬の前で何をぶつぶつしゃべってるんだ?」

 声がした方を見ると、私より少し年上と思われる白いシャツに黒いズボンの男性が立っていた。

「この子、貴方の馬なんですか?」

「ああ、そうだが」

 なるほど。この人がさっきの愚痴の対象だったのか。


「お前、もしかしてあのじいさんみたいに動物としゃべれる奴なのか?」

「えっと、まぁ、そうです」

 大師匠様のことを知っているのか。

「それで、さっきはそいつと話してたのか?」

「あ、はい。そうです」

 普段はあまり能力のことは言わないようにしているけれど、どうせ王宮に来る機会もないだろうから、とっとと肯定する。


「なぁ、そいつ、このところなんだか元気がないんだが、もしできたら理由を聞いてくれないか?」

 今までさんざんその話をしていたところなんですけどね。

 ふと彼女の方を見る。

『さっきの話をしてもかまわないわ。結果がどうであれ、はっきりさせた方がいいと思うの』

 人間同士だったら基本的にこの手の揉めごとに首を突っ込まないようにするんだろうけど、私で問題解消できるようなら一肌脱ぐといたしましょうか。それもこんな美人さんのお願いならなおさらだ。


「えっと、実はさっきまでそのことで話していました。彼女の元気がなくなったのは1ヶ月ほど前から、ですよね?」

 信用してもらうため、あえて部外者が知らないはずの情報を伝えてみる。

「ああ、そのとおりだ」

 うなずく男性は納得してくれたようだ。

 さて、直接言うのは簡単だけど、あえてそうしないことにした。自分で考えて理解してもらった方がいいよね。


「あの、貴方には恋人とか婚約者はいらっしゃいますか?」

「いないが、それが何か関係あるのか?」

 怪しむような視線を向けられる。

「あるんです。では、仮に恋人がいると想定して考えてみてください。大好きな彼女が自分の目の前で他の男性を褒めちぎっていたらどう思います?」

 実は先日の友人もほとんど同じ状況だったんだよね。


「ん~、そうだな。気持ちがモヤッとするか、腹が立つか、のどっちかかな」

「そうですよね。では、1ヶ月前に何があったか覚えていらっしゃいますか?」

 男性が視線を上に向けて考える。

「1ヶ月前、か。確かこいつと一緒に騎馬隊に顔を出した…あっ!こいつの前で騎馬隊長の黒い馬を褒めたのが原因だったのか?!」

 小さく何度かうなずく芦毛の牝馬。


 騎馬隊長の黒い馬ということは、今日一番最初に挨拶したあの馬のことだな。

「すまなかった!あの時は馬の話で盛り上がって、ついべた褒めしてしまったんだ。もうあんなことは言わないから、どうか許してほしい」

 男性が芦毛の牝馬に向かって頭を下げる。

 ああ、きっと先日の友人と彼氏もこんな感じだったんだろうなぁ。


『ねぇ、貴女にお願いがあるの。私の気持ちを彼に伝えてくれないかしら?』

 芦毛の牝馬に声をかけられる。乗りかかった船だ。

「わかりました」

 彼女の言葉をしっかりと聞いたけど、それを私がこの人に言うの?と思いましたね。

 でもまぁ、しかたないか。引き受けちゃったしね。


「あの、彼女の言葉をできるかぎりそのまま伝えますね」

「ああ、頼む」

 顔を上げてからうなずく男性。


「では、いきます。

『貴方が本当は大きくて強い馬が好きなのは知っているの。黒い馬ならなおさらよね。貴方の素直な気持ちを偽って欲しくないから、好きなものはいくら褒めてもかまわないわ。ただ、出来ることなら私に聞こえないところでお願いしたいだけなの。だって私には貴方しかいないから』

 以上です!」


 いくら自分で引き受けたとはいえ、この内容は告白みたいでちょっと恥ずかしい。


 男性は芦毛の牝馬に近付き、首をなでる。

「お前はいつでも勇敢で、俺と呼吸をぴったり合わせてくれる最高のパートナーだ。これからはお前が不快になるようなことはしないと誓おう」

 芦毛の牝馬は私に向けて小さな声でささやく。

『ありがとう。貴女のおかげで気持ちが通じたわ』

「いえいえ、どういたしまして」



「悪い悪い、遅くなってすまなかった!別件でつかまっちまってな」

 ようやく院長が戻ってきたのだが、馬をなでている男性に気がついていきなり膝をついた。

「殿下、ご無沙汰しております」

 …え、殿下?

 私もあわてて院長の真似をして膝をつこうとしたが止められた。

「ああ、いい。女性は膝をつかないものだ。それにお前もかしこまった挨拶は不要だ」

 そう言われた院長が立ち上がって私に話しかける。

「改めて紹介しよう。こちらのお方は第五王子殿下で、馬術競技では俺と同門の後輩にあたる」

 うわぁ、本物の王子様だったのか。そして院長は馬術をやってたのか。それは初耳だ。


「先ほどは失礼な口の聞き方をしてしまい、大変申し訳ありませんでした!」

 ガバッと頭を下げる。

「公式の場でもないし、知らなかったんだから気にするな。むしろお前は俺とこいつの恩人だ。こちらこそ頭を下げねばなるまい。本当にありがとう」

 頭を下げる殿下にあわてる。

「どうかお顔を上げてください!私なんてたいしたことはしておりませんから」

 第五王子殿下は馬術競技の大会で活躍されている方だということを、ここにきてようやく思い出した。


 その後しばらくは殿下と院長が馬術談義をして、時々私が質問するという展開だったのだが、ど素人である私の疑問がよほどツボだったらしく、しまいには殿下が笑い出した。

「ははは!お前、気に入ったぞ。動物と話せるし、その髪形も馬のしっぽみたいでおもしろいしな」

 どんだけ馬好きなんだよ、この人は。


「よし、王宮の通行許可証を出してやるから、俺が呼んだら王宮へ来い」

「へっ?!」

 なんでそうなるの?

「俺が馬や他の動物と話したい時に来てほしいんだ。ちゃんと事前に連絡するし、お前の都合も考慮する。もちろんタダでとは言わん。仕事ということで報酬も出すし…そうだ!お前に乗馬を教えてやろう」

「えっ、乗馬ですか?」


「ああ。お前、その制服は魔法学院の学生だろう?卒業後の進路はどう考えているか知らないが、もしも地方で働くなら馬は乗れた方がいい。馬は俺の得意分野だから、それなりに教えてやれるぞ」

 私は王都の出身ではないけれど、地方都市の中心部で生まれ育ったので馬とは縁がなかった。

「あ、あの、大変ありがたいお話ではございますが、さすがに馬術競技とかは無理だと思いますけど」

「ははは、いきなりそんなことはしないさ。まずは馬の楽しさを知ってほしいだけだ」

 馬術競技経験者である院長と殿下の間で勝手に話が進み、私は平日の午後が週に1度、さらに第1と第3日曜の午後に王宮へ通うことになってしまった。



 馬に対する思い入れが強い第五王子殿下の乗馬指導は、意外にも熱血スパルタではなかった。

「おおっ、いいぞ!その調子だ」

 とにかくまず褒める。それがどんなささいなことであっても。

 そして、こうしたらもっといいという助言をしてくれる。

 こういう点はちょっと院長に似ているかもしれない。


 誰だって褒められれば悪い気はしない。

 馬に乗る楽しさにハマりだした頃、ちょっとした障害物を飛び越える練習を取り入れられた。

「どんなところへ行くかわからないから、いろいろできた方がいいだろ?」

 うまくいくとやっぱりうれしいし、さらに上を目指してみたくなるわけで。


「勝敗とかは気にしないで、まずは楽しんでこいよ」

 魔法学院の最高学年になった年、なぜか私は馬術競技の小規模な大会に参加することになっていた。

 乗馬服は第五王子殿下が用意してくれたのだが、なんと恐れ多くも第三王女殿下のお下がりである。

 まんまと殿下にはめられた気がしないでもないが、まぁいいか。


 馬は王宮での練習ですっかり仲良くなった小柄な牝馬を借りた。

「今日はよろしくね!」

『まかせといて!』

 参加者の中で一番キャリアが浅いこともあり、残念ながら成績は最下位だったけど、最後まで走り抜いてたくさんの拍手をいただいた。

 第五王子殿下は芦毛の愛馬とともに見事優勝を果たした。


「どうだった?初陣は」

 王宮の厩舎に戻り、近くのベンチに並んで座ったら第五王子殿下に尋ねられた。

「全然歯が立たなかったのは少し悔しいですけど、なんか楽しかったです」

 似たような成績だった女性と仲良くなって連絡先も交換したし、いろんな人が声をかけてくれた。

 大会では勝敗がつくけれど、あくまで自分の出した結果がすべてだ。

 誰かと比較するというよりも、自分でどこが悪かったのか、次はどううまくやっていくかを考えている。

「それでいいさ。最初からうまくいく方がまれなんだからな」



 乗馬や動物達との会話の仲立ちをすることで殿下ともすっかり打ち解け、改まった場でなければくだけた話し方もしている。

「お前、アルバイト先の動物病院に就職するんだってな」

「あ、もう院長から聞いたんですか?そうなんですよ。お声掛けいただいて、ぜひお願いしますって即答しました」

 ちょっと驚いたけど笑顔で答える。


 少しの間があって殿下が口を開く。

「なぁ、お前が勤め先の院長から一人前って認められたら、俺と一緒に旅に出ないか?」

「旅、ですか?」

 思わず首をかしげる。


「そう。俺が治癒士として学んでいるのは知ってるだろ?」

 実は殿下は人間の方の治癒魔法の使い手で、魔力量も桁が違うらしい。

 王族の決まりごとにより魔法学院には入学せず、王宮内で学んでいる。講師は魔法学院から来てもらっているそうだ。


「俺が人間を、お前が動物を治療をしながら国のあちこちを回るんだ。そして各地で得た情報を王太子殿下…兄上に伝えたい。なかなか自由に動けない兄上の目や耳になりたいんだ」

 国王陛下には3人の妃がいて、王子は5人、王女は3人いる。

 意外にもみんな仲がいいそうで、長兄である王太子殿下は気が合う第五王子殿下のことを特にかわいがっているらしい。

「旅の治癒士かぁ~、なんだか楽しそうですね。うん、いいですよ!私も行ったことがない所へ出かけてみたいです」

 自分の故郷と王都くらいしか知らないんだよね。


「あ、あのな、旅に出るのはまだ先のことだけど、その、プライベートでも俺のパートナーになってくれないか?」

「へっ?」

 プライベートでもパートナー…って、そういう意味ですかね?

「あの、殿下?それってもしかして…」


「そうだよ!プロポーズだよ!わかってんなら聞くなよ!」

 なんか真っ赤になってキレられた。

 それなりに一緒にいたから、殿下の人となりは知っているつもりだ。でも、こればっかりはなぁ。


「でも、ほら、殿下は王族じゃないですか。ご存知のとおり私は平民で、まだ見習いの動物専門の治癒士です。釣り合いが取れないと思うんですよ。王家の皆さんも反対されるんじゃないですか?」

「王族は抜ける。爵位も断る。旅に出る時には平民の1人の治癒士として独り立ちするつもりだ。このことはお前のこととは関係なく、父上や兄上から了承は得ている」


「えっ、そんな簡単に王族辞めちゃっていいんですか?」

 本当に平民になっちゃっていいの?…ていうか、なれるの?

「他国は知らないが、うちはわりと自由だぞ。近隣諸国との関係も良好で、力関係でいうならうちの方が上だしな。国内の情勢も安定しているし、王宮内でも今は平和なものさ」

 今はってことは、過去には何かあったってことだよね、たぶん。怖いから聞かないけど。


「なぁ、お前は俺のこと、どう思ってるんだ?」

 うっ、そうきましたか。

「き、嫌いじゃないですよ。ちょっと馬好きが行き過ぎてる時もあるけど、裏表がなくてさっぱりしてますし、気取ってなくて、いつでも真っ直ぐで、頼りがいがあると思ってます。馬術の指導でも必ず褒めてくださいますよね。おかげですごくやる気が出ます」

「そ、そうか」

 普通に戻りかけた殿下の顔がまた赤くなる。


 以前、殿下になぜ馬術競技をするのか聞いたことがある。

「ほら、騎馬隊とか馬を扱う部署って他にもいろいろあるじゃないですか」

「実は一時的に騎馬隊にいたことはあるんだ。でも、いくらみんなと同じに扱ってくれと言っても、どうしても気を使われちまうんだよ」

 そりゃあ殿下だもんねぇ。

「だけど馬術競技は馬と自分だけだ。身分なんて関係ない。ああ、そういえば治癒士もそうだな。あくまで自分の力だ。そういうところがいいのかもな」

 この人は立場的に私ではうかがい知れないものをたくさん抱えているのだと思う。

 でも、それを決して表に出すことはない。

 この人のそんな強さも好きだ。


 殿下が不意に立ち上がってベンチに座っている私の背後に回り、私のポニーテールをいじり出す。

「な、何してるんですか?!」

「俺の瞳と同じ色のリボンを結んだだけだ。プレゼントだよ。なぁ、この可愛らしい馬のしっぽは俺だけのものになってくれるか?」

 あ、たぶん今ポニーテールに口付けされてる。

 私は無言で小さくうなずくと、殿下は背後から抱きついてきた。

「お前、耳まで真っ赤だぞ」

 お願いだから耳元でささやかないで~!



「旅の治癒士、数年先になるだろうが新婚旅行を兼ねて本気でやるからな」

 えっ、新婚旅行なの?!

「そして旅を終えたら俺は王宮所属の治癒士、お前は王宮の動物治癒士になる予定だからよろしくな」

「へっ?」

「俺は王族を離れても国のために働くつもりだ。だったらお前も王宮勤めの方がいいだろ?」

「が、がんばります」


 本当はアルバイト先の院長から就職の話があった時、王宮の動物治癒士の話も少しだけ聞いていた。

「王宮側に動物と話せる能力を知られているから、ほぼ間違いなく将来的に話が来るだろうな。ただ、その能力だけでやっていけるほど甘くはないぞ」

 うん、わかってる。

 動物治癒士として誰もが認めるくらいの実力を身につけなきゃいけないってことだよね。



『ちょっと、お2人さん!それ以上いちゃつくんなら、どこかよそでやってくれないかしら?!』

 近くにいた芦毛の牝馬が不機嫌そうに前足で地面を掻く。

『それからそこの貴女!その人が選んだ女性だから、しかたないけど認めてあげるわよ。でも、彼の1番のパートナーはこの私!貴女は2番目だってことを肝に銘じておきなさいよね!』

 パートナー歴が長いのは彼女の方だから、そこは素直に受け入れる。

「はい、これからもよろしくお願いしますね」


「おい、あいつは今なんて言ったんだ?」

 殿下に聞かれたので、しかたなくさっきの会話を伝える。

「ははは!どちらが一番ってことはないさ。俺にとってはどちらも大事だからな。さて、彼女を送ったらまた戻ってくるから、待っててくれよな」

 殿下は芦毛の牝馬の首を軽くなでてから、私と指を絡める手の繋ぎ方で歩き始める。

 芦毛の牝馬が何かつぶやいたようだったけど、すでに離れていてうまく聞き取れなかった。


『やれやれ。鈍い2人がやっとくっついたわね。ホント、人間って世話が焼けるわ』

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