第21話「Between 正史 To 分岐」

 結局セツヤは、玉藻前と一緒に拘束、幽閉されてしまった。

 恐らくここは大江山……その山中にある洞窟だ。入り口には見張りが立っているし、行き止まりの薄暗い中でじっとしているしかない。

 都の夜も暗かったが、山中となるとその闇は色濃く深い。

 僅かに差し込む星明りの中で、膝を抱いて座りながらセツヤは溜息を零した。


「ハァ、どうにかならないのかなあ……玉藻さんはなにかこう、ないですか? 玉藻さん?」


 一緒に放り込まれた玉藻前は、先程から壁にもたれて何も言わない。瞳を閉じて、まるで瞑想しているかのような状態だ。

 それでも、セツヤの言葉に片目を開けて答えてくれる。


「うーん、こりゃ無理かな? ボクにも打つ手なしだね」

「そんな……軽いノリで言われても」

「人間て、未來になってもああなんだね。よくもまあ、あんな種族に入れ込めるもんさ」

「入れ込むって、誰がですか?」

「んー、ボクの娘だよ。我が子ながら馬鹿なもんだね」


 そういえば、先程も少し話の中にあった。

 玉藻前には一人娘がいるらしい。

 意外なように思えて、セツヤは少し興味が湧いた。ここではやれることがないし、チャンスを待つしかない。

 玉藻前もそれは同じようで、心得てる様子だ。

 だが、彼女はセツヤの心を見透かすようにニヤリと笑う。


「おやおや、少年。女の過去に興味を持つなんて、よくない趣味だねえ」

「えっ? いや、俺はなにも言っては」

「顔に書いてあるんだよ。まったく……まあ、ボクも退屈だし少し話をしよう」


 頼んでもいないのに、玉藻前は自分の過去を語り始めた。


「ボクは大陸から逃げてきたんだけど、キミが想像する通り人間じゃない。まあ、もののけの類さ。それも、とびきりに危険で邪悪なね」

「……玉藻さんは悪い人なの?」

「おや、少年。悪い人なら嫌いになるかい? いい人とじゃなきゃ、親しくはなれないかな?」

「いや、それはないけど……玉藻さんは玉藻さんだし、それに」

「それに?」

「知ってる人に似てるんだ。その人だって絶対に善人じゃない、むしろ悪戯好きであくどい感じだけど……そんなに嫌じゃないかな」


 そう、あの奇妙な校医のことを思い出した。

 正確には、校医の裏側に居座ってる不思議な巫女のことである。

 そのことを御礼に、あとで話すことにした。

 なにしろ、助けが来るあてはない。

 二人きりの監禁生活も、楽しいことにこしたことはないのだ。

 そして、玉藻前はまるで朗々と歌うように話をつづけた。


「ボクはちょっとまあ、あっちの皇帝にちょっかい出してたらコテンパンにされちゃってね。仙人同士の滅茶苦茶な大戦争の中、この日本に逃げてきた訳だ」

「はあ……それで今度は、帝に?」

「寄らば大樹の陰っていうし、惚れられちゃうのはしょうがないのね。ボク、美人だし? うんうん、罪な女ってことで一つ」


 おいおい、自分で言っちゃうのかこの人は……もとい、人じゃなくて妖怪は。

 だが、不思議と憎めない。

 そして、玉藻前は懐かしくように小さく笑った。僅かに伏せた瞳に、星の輝き。まつげを僅かにしっとり濡らして、それでも飄々と彼女は語り続ける。


「でも、この国に来て最初に会った人はね。ボクの本当の姿を見ても驚かなかった。もう死んじゃったけどね……その人と過ごした数年間は、何事もなくて楽しかった。子供もできたしね」

「そっか……じゃあ、その子は」

「ボクに似て美しく成長したんだけど……なんだろうねえ、変に生真面目で善性の塊みたいな娘に育っちゃった」

「……よかったじゃないですか」

「よかないよ、大妖怪の娘がだよ? まあでも……キミたちのような人間がやってきてよかった。リネッタとかいう娘が来たから、娘に代わって安倍晴明をやってもらったんだ」


 セツヤもカナミから聞いているが、安倍晴明とは稀代の陰陽師である。人知を超えた超常の力を持つとされるが、それが玉藻前の娘というなら納得だ。

 そして、今はその子に代わってリネッタが安倍晴明をやっている。

 つまり本来の安倍晴明は、玉藻前が人間との間にもうけた子供ということになる。


「世のために、人のためにというのは美しい生き方だろうね。けど、少年……美しいことが必ずしも、その人間にとって幸せとは限らない。ボクは、娘には幸せな方を選んでほしいのさ」

「それでリネッタさんに?」

「たまたまの幸運だったけど、あの奇妙な娘には素養があった。もともと、陰陽術や妖術、神通力といった能力が当たり前な世界に住んでたんじゃないかな?」

「それ、多分あってますよ。だってエルフだし」

「そう、たしかそういう種族なのだと言ってたね。それで、だ」


 ちらりと玉藻前は洞窟の入り口を見やる。

 銃を持った兵士が二人組で固めており、とてもじゃないが出られそうな雰囲気はない。そのことを確認してから、静かに玉藻前は声を潜めてきた。

 顔を近付けてくる彼女に、思わずセツヤはドギマギとする。


「少年、そろそろどうだい?」

「えっ、あ、じゃあ僕も話を……ちょっと玉藻さんに似てる人なんですけど」

「いや、それはいいよ。ボク、なんとなくわかっちゃったし。それより」


 もう一度だけ、玉藻前は見張りの二人組を振り返る。

 そして、真剣な表情で小さく囁いた。


「そろそろ出ようか。未來人の愚かさに付き合うのも飽きてきたしね。キミはどうする? 少年」

「え、出られるんですか? ど、どうやって」

「それはこれから見せてあげるよ。なに、大妖怪の底力をとくと御覧じあれ、ってね」

「……玉藻さん、それであの、ビレットさんやリッタさんは」

「うーん、それは彼らが選んで決めることじゃないかな。多分、キミがあれこれ働きかけても、徒労に終わる確率は高い。彼らは争いを忌避しているのに、争いの手段は捨てられないんだ」


 言われるまでもなく、セツヤにだってわかる。

 人は便利な道具を持つと、捨てられない。その道具に自分を投影している限り、離れられないのだ。そして、未來から飛ばされてきた軍人たちにとっては、O-Gと呼ばれる人型兵器は最後の希望……謎の敵と戦い仲間を守る,人類を守るために必要なのだ。

 それを捨てて平安時代の人間になれというのは、酷な話である。

 そう思うからこそ、セツヤは酷く切ない、いたたまれない気持になるのだ。

 だが、恐ろしい程に玉藻前はドライである。


「ボクは気ままに老後を過ごして、帝とイチャコラしながら気楽に暮らすよ。都に帰るから、少年……キミが望むなら一緒にどうだい? って話なんだけど」

「玉藻さん……俺は、俺はっ」

「ま、愚問かな? キミ、そういう風にできてないよね。人を見捨てて己を守る、そういう選択ができない、そういう子だよ」


 あの娘に似てるね、それだけ言って玉藻が頬を崩す。

 それは、今まで見てきた玲瓏なる笑みとは全く違う表情だった。

 同時に、不意に外が騒がしくなる。

 そして、熱した風が金属音と共に洞窟になだれ込んできた。

 外では無数の声が行き交い、そのどれもが逼迫した声に尖っている。


「くっ、誰が勝手に隊長機を!」

「ビレット大尉じゃないな、誰が!」

「だが、すぐ近くに原住民の軍勢が迫ってるんだぞ!」

「だからといって……隊長の方針は対話と協調だった筈!」


 地面と空気とが、交じり合うように振動で沸き立っている。

 間違いない、誰かがO-Gを起動させたのだ。それも、唯一残った真紅の隊長機を。酒呑童子と呼ばれた最強の赤鬼が、大江山に迫る人間たちへ向かって飛んだのである。

 咄嗟にセツヤは、状況が知りたくて洞窟の出口へ走ろうとした。

 だが、その手を引いて玉藻前が引き留める。


「離してくれ、玉藻さん!」

「まあまあ、落ち着き給えよ」

「でもっ!」

「少年、止めるにしてもここを出る必要はある。ボクは行くけどどうするね? 人間同士の争いに興味はないけど、キミが黙って見ていられないなら手を貸そう」


 不思議と、玉藻前の声は静かな中にも人を試すような含みがある。

 そして、この大妖怪が善意で人を助けるようなことはないと思えた。でも、セツヤには玉藻前が自分を騙すようにも感じられない。この短い時間の中で、見知った校医の面影をもつ大妖怪を信用し始めていた。


「……行こう、玉藻さんっ! どんな理由であれ、戦いは止めなきゃ!」

「うんうん、それでこそボクが見込んだ少年だ。では、ゆくとしよう」


 にんまり笑って、無防備に玉藻前が出口へと歩き出す。

 互いに不安を囁き合っていた兵士が、慌てて銃を向けてきた。

 駆け寄るセツヤを手で制して、フフンと玉藻前が鼻を鳴らす。


「なっ、お前たち! おとなしくしていてくれ! 今、それどころじゃないんだ!」

「お前たちの仲間が攻めてきてる。戦いたくはないが――」

「ボクたちはそろそろおいとまするよ。キミたちも疲れたろう? ……眠り給え」


 不意に玉藻前が、そっと手を伸べる。

 次の瞬間、見張りの兵下たちが白目をむいてその場に崩れ落ちた。心配してセツヤが触れてみたが、どうやら気絶しているだけらしい。

 そして、振り返ると……徐々に玉藻前が人の輪郭を闇に溶かし始めていた。


「いい月夜だねえ……さて、少年! 特別に許そう、背中に乗るんだ」

「玉藻さん、あなたは」

「言ったろう? 大陸生まれの大妖怪なんだって。さあ、急ごう!」


 そこには、夜の闇に輝く真っ白な狐の姿があった。大きさは子馬ほどもあるし、セツヤの持ってるマウンテンバイクよりも大きい。

 そして、その背にはゆるゆると九本の尾が揺れていた。

 その意味を今は考えず、セツヤはすぐに玉藻前の背中へと飛び乗るのだった。

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