第20話「Between 闘争 To 平和」

 振り向く皆の視線を追って、セツヤも首を巡らせる。

 そこには、薄明かりの中に立つリッタの姿があった。彼女は唇を震わせながら、噛み付くように声を荒げる。


「あの女は確かに、戦いのない場所だと言った! 光の先にそれがあると! だが、なんだ……こんな原始的な時代に放り出されて、原住民と戦う羽目になったではないか!」


 リッタは、あの青いロボット……茨木童子を操縦していたパイロットだ。

 セツヤがこの平安時代に飛ばされて、最初に会った人物でもある。

 彼女たちは遠い未来の軍人で、謎の敵ノインシュヴァンツと戦っていた。そして、戦乱のさなかでゲートの光に巻き込まれたのだ。その先は、セツヤの学び舎である狭間中学校である。


「あの女は……そう、玉藻前! お前によく似た女は妙なことを言っていた。代価はまだいらないとか、なんとか……我々は、訓練施設みたいな敷地内を移動し、この時代へ」

「……中学校。俺の通ってる、狭間中学校だ。そして、その人は多分」


 間違いない。

 やはり、ビレットやリッタ、そして兵士たちはチギリに出会っている。

 しかし妙だ……ゲートの通貨には、代価が必要な筈である。

 その証拠に、チギリはアーサー王から例の槍を受け取っていた。

 妙と言えば、その槍がまるでセツヤたちを助けるようにゲートから現れたのも不思議である。ゲートは本来、管理者にして守護者であるチギリにも制御できないのだ。

 謎が多過ぎたが、セツヤの想いははっきりとしていた。


「リッタさん、戦いのない場所だったんだよ……この平安時代は、多分」


 セツヤは歴史には詳しくないし、こんな時はカナミがいてくれば助かるのだが。

 しかし、カナミに代わってふふんと玉藻前が鼻を鳴らす。

 彼女は待ってましたとばかりに、セツヤの言葉を補足してくれた。


「確かに、坂上田村麻呂の蝦夷征伐以来、大きな戦はなかったね」


 その言葉に、リッタはぐぬぬと奥歯を噛んで唸る。

 そう、彼女も既に気付いているのだ。

 そのことをセツヤは、逃げずにはっきりと伝えた。


「ここはチギリの……狐の巫女が言った通り、戦いのない時代だったんだよ。でも、リッタさんたちが来て、あの鬼を安易に使ったことで……戦いが始まってしまったんだ」

「私たちが悪いというのか! O-Gを用いねば、我々が殺されていたのだぞ!」

「えっと、オーガ?」

「オービタル・ガーディアン……人類がノインシュヴァンツと戦うために生み出した戦闘兵器だ。それも、隊長の機体だけになってしまった……」


 この時代の人間が見れば、鬼としか形容できぬ姿だ。

 O-Gと呼ばれる戦闘兵器は、改めて見上げれば禍々しいまでに洗練された姿をしている。人の姿を模してはいるものの、強固な装甲に覆われ全身に武器を内蔵している。

 先日は、よくぞ侍たちの力と武具とで茨木童子を撃破できたものである。

 そして、最大の謎はもう一つ。


「そ、そんなに危ない敵なんですか? その、ノイン、シュ、シュババ……」

「ノインシュヴァンツ。失われし古代の言葉で、九本の尾を示す言葉だ」

「九本の、尻尾? それって」

「奴は巨大なエネルギーの固まりで、獣の姿となって人を襲うのだ」


 何故か玉藻前が「ふーん、怖いねえ」とにまにま笑っている。

 ひょっとしたら心当たりがあるのだろうか?

 だが、遠い未来に地球が滅亡の危機を迎えているとしても、大事なのは今この瞬間を共有している人たちのことである。

 それはビレットたちも同じだと思いたい。

 激したリッタを宥めるように手で制して、ビレットは話を続ける。


「我々としては、元の時代に戻りたいと思っていた。そのための情報を収集していたが、この時代の人間たちとはあまりいい接触が持てなかったのも事実だ」

「でしょうね……なんでまた、ロボットなんかで。ええと、O-G? でしたっけ?」

「戦いのない場所、安全な場所だと言われてもね。我々の時代には、そんな場所など存在しない。そもそも、この地球すら消えてしまったのだから」


 宇宙暦と呼ばれる未来の、荒んだ実態が伝わってくる。

 だが、紆余曲折を経てこうして話し合いが持てたことは、セツヤには幸運に思えた。遅かったが、遅過ぎはしなかったのである。


「とりあえず、俺が知ってることを全部話します。俺もその光、ゲートでここに来たので」

「そ、そうだ! 一条戻橋で私も見ました、隊長! この子、光から出てきました!」

「え、ええ。ただ、ゲートは人間の力でどうこうできるものじゃないんです。勝手に現れるし、時間も場所もまちまちで……ただ、はっきりしてることは一つです」


 ゲートの先は、必ず狭間中学校だ。

 プールに出るかロッカーの中か、はたまた校庭や校長室に出ることもあるだろう。

 そして、他の時代や異世界に向かうにも、この学校からゲートで移動することになる。


「俺、思ったんです。俺たちと一緒にゲートに飛び込んじゃった女の子がいて、俺の幼馴染で……そいつ、まだゲートから出てきてないんですよ」

「ほう? それはつまり」

「同じく一緒に飛び込んだリネッタ……この時代で安倍晴明をやってた子は、数十年も前に先に出てきてました。ゲートに同時に入っても、ばらばらに出てくる可能性があります。だから」

「なるほど、そういうことか」


 言わんとしてるところが、ビレットには伝わったらしい。

 逆に、リッタは腕組み首を傾げた。

 固唾を呑んで見守る周囲の兵士たちも、互いに顔を見合わせるばかりである。

 ビレットは、セツヤの言いたかったことを要約して周囲に話した。


「つまりだ。まだ、ゲートから出てきてない子供がいるのだ。それはつまり……今後、その子をこの時代に出すために、ゲートが開かれるということだ」


 そう、理屈ではそうなる。

 ただ、それが明日なのか、それとも一年後なのかはわからない。

 わかっているのは、いつかゲートからキリカが出てくるということ。キリカにとっては、プールから一瞬で飛ばされて出てくることになる。そこは、セツヤがカナミと数日間の大冒険を繰り広げた平安時代なのだった。

 納得できないとばかりに、リッタは反発の言葉を張り上げる。


「しかし、隊長! こうしている間にも、友軍は! 仲間たちは!」

「わかっている、リッタ。だが、現状ではゲートとやらが現れるのを待つしかない」

「それはいつなのです! そしてどこに! 原住民の都は広く、我々の物資は底をついています!」


 その時だった。

 不意に、クククと喉を鳴らす声。

 それはやがて、青空に吸い込まれる高笑いとなる。

 突然、玉藻前が人目もはばからずに笑い出したのだった。


「アッハッハ、愉快愉快、そして滑稽……やっぱり人間は面白いね」

「なっ……貴様っ、なにがおかしい!」

「争いのない地にやってきて、戦いを生む。そうまでして戻りたいのもまた、戦うためというから業が深いなと思ったのさ。そうだろう? 少年」


 ちらりとセツヤを見て、玉藻前は目を細める。

 でも、セツヤの解釈はちょっと違っていた。


「玉藻さん、誰だって戦いを、戦争を望んでる訳じゃないと思います。それでも、戦ってる仲間が今も、この瞬間もって思うと」

「へえ、なるほどね」

「玉藻さんにだって、大事な人とかいるでしょう? えっと、帝さんとか」

「ああ、そこはいいんだよ。ボク、悪い女だから。宮中では煙たがられてるしね」

「そ、そうなんですか……俺には悪い人には見えないけど」

「それはキミの見る目がないだけさ。……まあ、ゲートとかいうもののおかげでリネッタに会えたし、彼女に安倍晴明をやってもらえて助かったよ。ボクの娘は、自由になれたからね」


 そういえば、前にもリネッタがそんなことを言ってたような気がする。

 そして、そのことを思い出したように玉藻前は言葉を続けた。


「うん、兵士諸君。キミたちの言い分や境遇はよくわかった。ボクから提案は、とりあえず次のゲートが開くまでおとなしく待つこと。もう一つ、それまでは……そのO-Gとかいうのを捨てて、普通の民としてこの時代に溶け込み暮らすこと。どうだい?」


 セツヤには、極めて現実的な提案に思えた。

 だが、同時に思う。

 自ら平安時代の人を原住民と呼ぶ程に、文明レベルが違うビレットやリッタたち……そんな彼らが、自分たちの文明を一時的に捨てられるだろうか。

 その答は、自ずとリッタ自身から叫ばれた。


「なにを馬鹿な! そんなことをしている間にも、同胞が!」

「そんなに馬鹿な話かなあ? ボク、悪くない提案をしたと思うんだよね」

「玉藻前とかいったな、女っ! 平和な過去に生きているお前に、未来の過酷な戦争などわかるまい!」

「そりゃそうだよ。ついでに言うなら知りたくもないね」

「クッ! ここでのうのうとしている間にも、仲間たちが戦っているのだ」

「うんうん。そういう時代に戻るためにも、英気を養ってじっくり待てばどうだい? 田畑を耕し、この時代の人たちに溶け込んで生きる。子をなし育てるのもいいね」


 セツヤは止めようと思ったが、玉藻前とリッタの口論が熱く加速してゆく。

 そして、リッタはちらりとビレットを見て真っ赤になった。

 激昂というよりは、気恥ずかしさに身悶えるような声が張り上げられる。


「平和な時代の到来を前に、そんな悠長なことが」

「だから、ここは平和なんだってば。キミたちが鬼となって暴れない限りね。……好きな人と添い遂げて、子を得る。これはとても幸福なことさ。ボクは経験者だから、少しは意見を尊重してほしいなあ」


 だが、話はそこまでだった。

 これ以上の議論は堂々巡りだと察したのか、ビレットは部下たちを数名呼びつける。

 こうしてセツヤは、玉藻前と共に捕らわれの身になってしまうのだった。

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