第4話「Between 嘘 To 告白」

 セツヤは混乱したし、カナミはテンションがおかしくなっていた。

 光は、よろよろと歩く裸の少女――正確には下着姿みたいだったので、半裸はんらの少女――を吐き出して消えたのだ。

 そこからはもう、セツヤの常識の埒外らちがいだった。

 倒れ込む少女を抱き留めて、何故なぜかカナミは瞳をキラキラ輝かせていた。

 彼女が早口でまくし立てるので、おいおい何語だよとうろたえ焦る。

 それでもどうにかセツヤは、謎の少女を保健室に担ぎ込むことに成功したのだった。


「あらあら、大変だったわねぇ……二人とも新入生? お疲れ様、そしてありがとぉ」


 保健室の校医は、まだ若い女性だった。

 少し髪がボサボサで、頼りない印象である。

 どこかおおらかで呑気のんきな性格が、会ってすぐに伝わってくる。

 ちょっと普通じゃない女の子を連れ込んでも、彼女は状況の説明を求めるより先にベッドを用意してくれた。

 年がら年中トラブルメーカーでしかられっぱなしのセツヤとしては、少し心配になる。

 こんなにも子供の言うことをすんなり信じてしまう大人が、いていいのだろうか?


「それにしても、最近は水泳部も派手はでな水着で泳いでるのねぇ。どれどれ、お熱はーっと」


 咄嗟とっさに嘘をついたのはセツヤだった。

 カナミと色々な部活を見学中、水泳部を案内してくれた先輩が突然倒れた。

 勿論もちろん、ちょっと展開に無理があるというか、無理筋アウトだ。

 校医が言うように、少女は真っ赤なビキニを着ているのである。

 そのきわどさたるや、なにも着てない全裸の姿より刺激的である。

 そして今は、共犯者のカナミがセツヤの出まかせな嘘を援護してくれた。


「あっ、あの! 新入生歓迎のデモンストレーションがあって、みんな好きな水着で今日は泳いでたみたいで」

「そぉ、なーるほどねぇ。ん、熱はないみたい。ちょっと気負い過ぎて疲れたのかもねぇ」


 セツヤは改めて、ベッドに身を横たえる少女を見やる。

 留学生が珍しくないのか、目も覚めるようなまばゆい金髪に校医は言及しない。まるでお姫様みたいに、ウェーブのかかった長髪が光のさざなみをたたえている。

 そして、何度見てもおかしい。

 むしろ、気付いていない校医もおかしいと言えばおかしかった。

 そう、謎の少女は……

 改めてセツヤは、先ほどの図書室の異変を思い出す。





 光が徐々に弱まり、弾けるように消えた。

 そして、夕暮れ時の図書室に静けさが戻ってくる。

 だが、セツヤの平和な日常は失われた。そして、もう二度と戻ってこないような予感がある。それくらい、ブッ飛んだ光景がまたしても目の前に広がっていたのだ。

 現れた少女は、ふらりとよろけつつも一歩前へ。


「ここ、は……嘘、やだ……また、チュウガッコウ、とかいう、場所なの?」


 少女のかすれた声が、疲労の極致きょくちを感じさせた。

 そして、それを証明するように少女は倒れ込む。

 すぐにカナミが猛ダッシュで踏み込んで、その華奢きゃしゃな身体を受け止めた。

 だが、様子が妙だった。

 ガタガタと震えながら振り返るカナミは、恐怖と驚愕に引きつる笑みを浮かべていたのだ。


「どっ、どどど、どうしましょう! セツヤ君、この子」

「あ、ああ……お前も見たよな? そう、そうなんだよ。あの光が現れると、見知らぬ人間が」

「この子っ、人間じゃありません!」

「……は?」


 カナミはカタカタと震えていたし、喋りながら歯がガチガチと鳴っていた。

 だが、物凄い笑顔を浮かべていた。

 ちょっと、女の子がしちゃいけないような危ない笑みだった。

 そして、またしても彼女は意味不明な言葉を猛スピードで口走る。


「セツヤ君、! エルフというのは、人間よりもはるかに長寿で美しい容姿を持つ森の民族で、あ、いや、民族というよりは種族が違うんです。亜人と定義されてまして、その出自は古くはトルーキンの指輪物語に」

「ちょ、ちょっと待て、日本語で……っていうかお前、よく息が続くな!」

「大丈夫です、すでに退院してわたしは健康そのものなので! それで、エルフっていうのは……あーそうです! そうですね! 手っ取り早く関連書籍を集めてきましょう! 指輪物語は勿論、外せないのがロードス島戦記で……ああ、やっぱりエルフの耳が尖ってるのって、日本独自の文化じゃなかっ、ひぁぶ!」


 どうしていいかわからず、セツヤはカナミにデコピンをお見舞いした。

 前髪に隠れた額に、ベチン! と乾いた音が響く。

 それで小さな悲鳴を上げたカナミは、なんとか平静さを取り戻せたようだった。


「あ……わたし今、また 暴走してましたか?」

「また? ああ、猛烈にな」

「はわわ、お恥ずかしい……ごめんなさい、セツヤ君。わたし、昔からこうなんです」

「いいって、よくある話だろ? ほら、趣味とか好きなものとか」

「え、ええ! そうなんです! こういうのって、まれによくあることなんです!」


 よくわからないし、言葉に矛盾がある。

 勉強の不得意なセツヤでも、『甘口カレー(激辛)』みたいな違和感を感じた。

 だが、カナミが倒れた少女を抱き上げようとしてプルプルしてるので、肉体労働を買って出た。カナミに代わって。姫君を救う騎士のように少女を両手で抱き上げる。

 驚く程に軽い。

 それが、カナミの言うエルフがどうとかいう話と関係があるかはわからない。

 ただ、端正な表情の少女は眉根まゆねにしわを寄せて唸っている。

 どうやら、あまりよくない夢を見ているようだった。


「うし、どうすっかな……とりあえず落ち着け、カナミ。その、エルフってのは?」

「あ、はい! よくぞ聞いてくれました! そもそもエルフとは――」

「悪ぃ、端的に頼む。ってか、何人だ! 外国の人だろこれ!」

「国じゃなく、種族が違うんです! エルフは、ドワーフやホビットと同じ亜人種で」

「あーもぉ、お前なあ! 俺にもわかるように話せ! まずは、俺たちがこの女の子をどうすればいいかだ!」


 昨日の夜から、わからないことだらけだ。

 けど、どんな状況でもやるべきことは決まってる。セツヤの母親は口うるさくて厳しいが、その辺は徹底的に叩き込んでくれたのだ。

 困ってる人は、できる限り助ける。

 女の子には、なるべく親切にする。

 それらは全て、自分が十全の状態で安全な時に考える。

 まずは自分という話で、今のセツヤは万全の体制だった。

 そして、カナミが声を弾ませる。


「あ、えと、はい! 保健室に運びましょう!」

「どう見てもうちの生徒じゃないけど、大丈夫か?」

「それは、確かに……でも、今のエルフさんにはゆっくり休めるベッドが必要ではないでしょうか」

「だよな! となりゃ、いつもの口八丁くちはっちょうの手口でいくか。話を合わせろよ、カナミ!」


 かくして、エルフとかいう名前の女の子をセツヤは連れ出した。

 彼女の意識が戻れば、昨夜の奇怪な出来事についても手がかりが得られるだろう。

 なにより、腕の中のエルフは『また、チュウガッコウ』と言っていた。

 この市立狭間中学校しりつはざまちゅうがっこうには、なにか秘密と謎が潜んでいる。

 それを見てしまったセツヤはもう、興奮に身を委ねるしかない。

 狐貌の巫女に言われた通り、黙って口をつぐむのはガラじゃない。

 むしろ、知りたいのだ。

 そのために今、秘密を共有する仲間が欲しくて、それはもうかたわらにいたのだった。





 僅か十分ほど前の記憶を手繰り終えて、現在の時間軸にセツヤは思惟を戻す。

 ここは保健室で、例のエルフの少女ベッドに寝かされている。

 さて、これからどうするか……嘘を補強するための嘘を考えようとした、その時だった。

 不意に校医の女が、満面の笑みで振り返った。


「あっ、そうそう! 自己紹介がまだだったわねぇ。私はこの保健室を預かってる校医、稲荷イナリチギリだよぉ。愛のチギリと書いて、チギリ。……それで、ぁ……えと、えっとぉ」


 不意に、チギリがふらりよろけた。

 ぼさぼさの蓬髪ほうはつは伸び放題に見えていたが、不意に四方八方へ針のように尖り伸びる。そして、突然ストレートヘアになった長髪をひるがえしながら、彼女はニイイと笑った。そして突然、白衣の内ポケットから何かを取り出す。

 それは、きつねのお面だ。

 顔に当てればたちまち、今までのゆるゆるな雰囲気が霧散する。


「少年、他言無用と言わなかったかなあ。ま、いいさ……そっちの少女もそうだけど、キミたち二人はよほど奇縁きえん紐付ひもづけられてるらしいね」


 昨夜、セツヤはこの声を聴いた。

 目の前に今、再会がある。

 間違いない、先ほどチギリと名乗った校医は今……狐のお面で顔を隠した、昨夜の巫女装束みこしょうぞくの人物と全く同じだった。


「やあ、少年。改めて、初めまして。ボクはチギリ……あらゆる全てを千切チギると書いて、チギリだよ。ふふふ」


 言い表せぬ凄みがあった。

 お面で表情を隠してるのに、静かに研ぎ澄まされた怒りを感じた。

 けど、セツヤだって黙っていられない。


「秘密は守られてる! っていうか、俺は秘密をどうこうできなかった! 大人はみんな、信じてくれない……でも、俺は見たし、感じたし、体験した! そのことを、もっと知りたい!」


 セツヤの絶叫が、沈黙を連れてくる。

 だが、狐のお面を外したチギリは、酷く無邪気な顔でにっぽりと笑うのだった。

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