(吏`・ω・´) ま……引き分けってところね。

 二俣ふたまたって名字が昔から嫌いだった。


 芸能人の二股ゴシップが出るたびにからかわれてた気がする


 で、中二のとき、父が不倫相手と一緒に家出してからはもっと嫌いになった。


 家はめちゃくちゃになった。


 母は心を病んで、今も祖父母の家で療養している。


 結果、短大生の姉が家を守り、就職してからは名実ともに家の大黒柱にならざるを得なかった。


 私は中三と高一(一回目)の記憶を失い、留年してしまった。


 失くした記憶を補うように、それ以前の記憶が鮮明になる。


 父が出ていく前、家族仲睦まじい幸せな記憶ばかりが巡る。


 そして、思うことはいつも同じ。


 私は、何もできなかったのかと。


 絆を守れなかったのかと。


 子はかすがい、じゃないのかと。


 ―――ジュー!


「……はっ!?」


 木べらを持つ手が止まっていた。フライパンの中の解凍白米が怒ったような音を立てた。


 私は夢想を振り払い、夕飯作りに集中した。


 彼が言っていた。


『チャーハンは、失敗するほうが難しい』


 油多めで炒めるだけ。少し焦げてもそれが味。調味料は少し多くてもOK。具材は適当でも何故かみんな生き残る。


 そうだ。


 良いものじゃない。

 食える物を作れ。

 高望みするな。


 料理を続けるコツは、志を“低く”持ち続けること。


 勉強を続けるコツは『不安になったら休憩する』こと。


 時間は無限じゃないけれど、絶望するほど有限でもない。


 私の―――短い間ではあったが、“相楽先生”のお言葉だ。


 しかし。


「う~ん、見事にぐしゃぐしゃね」


 私は、師の忠告に逆らい、オムライスにチャレンジしていた。


 いっそスクランブルエッグに切り替えるべきなのでは。


 心が折れそうになるところを軽口で乗り越える。


「先生に叱られちゃうわね」


 毒を食らわば皿まで。いや、この言葉はおかしいか。


「……」


 もう、彼に家庭教師は頼めない。

 あんなに家が大変な状態なのに。


 ウチとは比べものにならない。

 ウチに死にかけの人はいない。


 私などが頼ったら邪魔になる。


 そして、卵を引き上げていく。

 穴だらけのオムライスに一言。


「ま……引き分けってところね」

『完敗だよ』


 ―――彼のツッコミにしてはあっさり目かな?


「……」

「ただいま―――って、何してんの吏依奈りいな?」

「わっ!?」


 ボロいオムライスを眺めながらしばらくボーっとしてしまっていると、姉が帰宅した。


「お、おかえりなさい」

「今日はセンセ来てないんだ?」

「うん……まぁ」


 もう来ない、と言い出せない。姉は彼のこと気に入っていたみたいだから。


「ねぇ、これ」


 と、私の無様な夕食を見られる。ちなみに、これは上手くできた方だ。自分の分はさらに酷かったので早急に食べて処理した。


「アンタが作ったの?」

「うん……口に合うか分からないけど、よかったら食べて。インスタントのオニオンスープもあるから」

「……そう。そうなの……うん―――」

「姉さん?」


 様子がおかしい気がした。


「別に、無理はしなくていいからね。味見はしたけど、食べられなくはないってレベルだから」

「あ~、うん。分かった。今ちょっと食欲無いから、後で食べるね」

「はい」


 ……まぁ、こんなものだろう。私は納得した。


 何かを期待していたわけではない。落ち込みもしない。


 まさに姉の言う通り、私はがむしゃらに前へ進むしかないのだから。


 部屋に戻る。


『勉強をするためには、勉強だけをする環境を作るのが大事だ』


 そう言われ、徹底的に掃除と整理整頓をさせられ―――いや、むしろ模様替えを強制されたところまである自室。


「よし」


 気合を入れて勉強机に向かい、二週間後に迫ったテスト勉強。


『記憶には無くても、グリ高に受かるくらいの勉強は絶対にしていたんだから、あとはやり方だけだ』


 彼は厳しかったが、そうする理由も明確だったし、できないところ、分からないところはどんな基礎的な部分でも丁寧に根気強く答えて教えてくれた。


『質問をする奴は偉い』


 これは、彼が韓国の国際色強い学校で学んだことらしい。


『分からないと言える奴は偉い』


 これはほかの生徒の助けになる。


『的外れな質問をできる奴は偉い』


 これは先生の助けになるのだという。生徒に理解してもらえる教え方ができていなかったのではないかという反省にできるし、よりよい授業に改善できるかもしれないからだ。


 それを聞いてから、高校の教師たちにも(くるりにバレないように)質問をしに行くことが増えた。


 やれるだけのことはやっていると思う。


 これだけやって、もしまた赤点だったら―――


「……はい、休憩しよう」


『不安になったら休憩しろ』


 結果が出るか分からないのは何だってそう。不安に追い立てられてやるのはストレスになるし、メンタルに悪い。


『言ってしまえばたかが定期テストに、そこまで追い込む必要もないってことだ』


 というわけで、スッキリした部屋の、小さな丸テーブルの前に膝を崩して座り、顔を突っ伏して大きく溜息。


 狭い狭いと文句を言われながら、身を寄せ合っていた場所。


 “袖すり合うも他生の縁”どころか、しょっちゅう肘や肩や、果ては頭までぶつけあって勉強を教えてもらっていた。


「うぅ~」


 言葉にならない唸り声を上げる。


 ……うん。


 やっぱりちょっとしんどいかも。


「……もしもし?」

『おやおや、今日はよく頼られる日ですなぁ』

「何言ってるの?」


 電話に出た開口一番、親友くるりのテンションがおかしかった。


『ご用件を承りますよ? なんなりと、なんなりと』

「用……はないわ。ちょっとあなたの声が聞きたかっただけ」

『ほうほう―――てかそれが理由じゃ~ん!』


 どうしよう。今日のくるりは絡みづらい。


『吏依奈さん』

「はい」


 なんでさん付け?


『今日のくるりは絡みづらいとか思ってますか?』

「思ってなす」

『正直でよろしい』

「ごめんなさい」

『謝れてえらい』

「もうやめて」


 なんなんだ、いったい。本当にくるりか?


 こんなに会話の主導権を握られるのは初めてだ。


『くるりちゃんが変なのは、吏依奈さんのせいです』

「その心は?」

『吏依奈の元気がないから、わたしがいつもより元気を出して、バランスを取らなきゃいけなくなってるからだよ』

「…………」

『ねぇ、吏依奈』

「なぁに?」

『今週のヒーローア〇デミア読んだ?』

「読んでないわ」

『それはいけませんな。今週の展開マジすごいんだからね。明日雑誌貸すよ』

「……よろしくお願いしようかしら」


 そこからしばらく、とりとめのない話を続け、喋り疲れて眠ってしまった。


※※


 翌朝。


 何か物が倒れたような重い音がして、私は目が覚めた。


 手が付けられた様子の無い昨日の夕飯。


 それは別にどうでもよかった。


 いや、正確には、どうでもよくなった。


「―――姉さんッ!!」


 姉が、洗面所で倒れていた。


【続く】


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(-_-メ)和) ORIGINオリジン

(吏`・ω・´) 魔法使いの嫁

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