(吏`・ω・´) 脳にくるりがスゥーっと効くわね。
去年の春。
いろいろあって高校一年生を留年した私
とっくに始まっている入学式の外で二人、新一年生と
桜が舞った。
その一片が、彼女の額にぺたりと乗った。
「ふふっ」
「ん? なんで笑ってるの?」
「はい、これがついていたの」
それが可愛らしくて、とはとても言えず、私はそれを取ってやる。
「あ、ありがとう」
「その花びら、あなたのことが好きなのかもね」
「えへへ、そうかな? じゃあ大事にしなきゃ」
私が手渡した花びらをハンカチにくるむ仕草が、また愛おしく可愛らしい。
「入学式から遅刻しちゃった。怒られちゃうね」
「それ以前に、桜が綺麗だと思ってボーっと見てたら、そのまま反対側のバスに乗って知らない土地に行っていました。なんて、信じてくれるかしらね」
「う~、苦しいよねぇ」
「頭が春めいてました、とでも言えば納得はしてくれるかも」
「友達からは「くるりは年中頭が春だよね」って言われてるよ」
「あははは! 楽しくていいんじゃない? ところで、くるりっていうのは、あだ名?」
「うん。
「可愛い」
「え?」
あ、ついに口に出してしまった。
でもしょうがない。
柔和な丸顔は子猫のようで。
黒目の大きな瞳は小型犬のようで。
子供っぽいけれど、無邪気ぶったところのない声は小鳥の
その上、あだ名が“くるり”なんて。
ちょっと出来過ぎているとさえ思ってしまう。
そして、先ほどまでの会話で分かる通り、ちょっと天然とは。
完璧かよ。未確認生命体“ビショウジョ”かよ。アホみたいに可愛いんだが。
「……あの、どうしてそんな、眉間をしわしわにしながら笑ってるの、かな?」
表情に出てた。
「あと、よく聞こえなかったけど、「~かよ」って、どういう意味?」
口にも出てた。
追及されたらどうしようかと思ったけれど、くるりは細かいことを気にしない性格らしい。さすが頭が春な美少女。最高かよ。
「ありがとうね。ええと……」
「二俣吏依奈よ。じゃあ、私はこれで」
「え? 入学式、出ないの? もう終わっちゃってるかもだけど」
「いいのよ。私は二回目だから」
「そうなんだ……う~ん、と……」
ダブった身の上を軽く話すと、くるりは、先ほどまで桜の乗っていたおでこに指を当て考えながら言う。あ、ちょっと待って、そんな可愛い仕草の不意打ちはヤバい。召す。召されるから。
「つまり……二俣さんは、今日からやり直しの一年生なんだね」
「……はっ!?」
私が正気に戻ったとき、くるりはすでに決意を固めていた。
「やっぱり一緒に行こう!」
そして次の瞬間には、私はくるりに手を握られ(うわ!? 柔らか!?
「え!? ちょっと、待って……」
ぎゅっと握った握力は、思ったよりも強い。でも、くるりは踊るように駆けながら、戸惑う私の歩幅に、ちゃんと合わせてくれていた。
ここまで優しく人を引っ張る手を、初めて知った。
「私、決めた!」
「なにを?」
「私ね、今日助けてもらったお礼を、一年かけてやろうと思うんだ」
「それは……?」
「二俣さんに、素敵な一年生の思い出をプレゼントするの!」
四月の強い風が、地面に落ちた桜をふわりと舞い上げた。
それが、弾けるように笑う彼女の背に重なって、まるで、羽根のように広がった。
「だからね」
と、くるりが立ち止まって、私に言う。
「お友達になろう、吏依奈さん!」
「ぶほぉ!?」
「ええっ!? どしたの!?」
「だ、だいじょうぶ、よ。ちょっと桜の花弁が器官に入っただけだから」
「けっこうな一大事じゃない?」
言えない。美少女からのお友達宣言に心臓が誤作動を起こしたなんて。何て破壊力だ……あ、くるりが背中をトントンしてくれてる。これはまさに自然由来のAED。AEDって心不全の心臓を止めるための機械らしいけど。うん、別にいい。心臓止まっても良い。
体育館の手前で無様にうずくまる私だったが、もう二つ、言いたいことがあった。
「あのね、呼び方だけど、吏依奈でいいわ。歳の差なんて気にされる方が嫌だし」
「本当に! 嬉しいなぁ。じゃあよろしくね、吏依奈っ!」
私と視線を合わせ、またも満面の笑みの彼女に、私は最後の一つを言う。持ってくれよ、私のポンコツ心臓―――
「わ、わたしゅも……きゅ、きゅ、きゅるりってよびゅからぁ……」
「うん!」
ナメクジみたいなヘタレ口調の私に気付かず、くるりは笑顔で頷いてくれた。天然で良かった。ギリギリセーフだ。
「じゃあ、二人で叱られに行こう吏依奈」
「うん、くるり」
それから間もなく。
その発端となった女子生徒は、我ながら恥ずかしくてしばらく定期的に枕に頭突きを繰り返していたらしいが、やがて慣れた。
仕方ないじゃない。
だって天使だもの。
※※
「それから一年、私とくるりはずっと一緒、あーんなことやこーんなことをたくさんいっぱい―――って、何してるのよ!?」
くるりとの運命的な
「人間がダメになった人の応急処置マニュアルを知らなくてな」
「人間がダメになるって表現やめてくれない!? 手遅れっぽいじゃない!!」
「察しは良いようで助かるよ」
そう、この男だ。くるりとの誰にも触れることのできない神聖絶対不可侵な花咲き誇る空中庭園に土足で踏み入ってきたこの男、
の、はずなのに、何故か頭は妙に冴えている。なんか額が冷たいような。
「って勝手に人のおでこに冷えピタ貼るなっ! ふざけてるの!?」
「ここに現れてからの全アンタにそのまま返すよその言葉。あとそれを貼ったのはナガサだぞ」
「脳にくるりがスゥーっと効くわね。遅行性くるりよ」
「うららかな春の学び舎で車椅子に冷えピタかましたカッコのやつがなにホザキくさっとるかね」
「それはそれとしてあなたは許さないわよ! この間男!」
「情緒の加速性能どうなっとんの? F1カーなの?」
相楽秀和は「はぁ」と溜息を吐く。
「とりあえず、一旦帰れ。俺たちはこれから先生に説教食らわにゃいかんのだ」
「くるりと? 二人で?」
「ああ」
「うらやましいいいいいいい!!!!」
「説教ですけど?」
「内容はどうあれくるりと一緒。くるりとの共同作業。これはすでにくるりと愛を確かめ合ってるのと同義よ!
「俺たちの脳って叱られに同衾て語彙を接続できるようになってたんだな」
とにかく頑としてここから動かないことを決めた車椅子に冷えピタ装備の私の前に、先ほどまでずっと黙っていたくるりがやってきた。
「あら~、くるりどうしたの? 放っておかれてすねちゃったのかしらぁ?」
猫撫で声の私に、くるりはこう言った。
「吏依奈、さすがにそれは気持ち悪い」
私の脳の壊れる音がした。
【続く】
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