幼馴染の深淵を覗く

月之影心

幼馴染の深淵を覗く

 僕は桑名くわな涼真りょうま

 この4月から大学に通う1年生。


 今僕は、自分の部屋に居て床に座り、ベッドの横にもたれ掛かりながら買ったばかりの小説を両手に持って

 広げているだけなのは、目は文字を辿っているのだけれど、全然中身が頭に入って来ないから。


 今僕の正面には、幼稚園の頃からずっと付き合いの続いている同い年で幼馴染の松坂まつざか明日菜あすなが、座椅子に座って雑誌を読んでいる。


 かれこれ30分程、テーブルを挟んで向かい合ってそれぞれの読み物に視線を落としたまま、時折姿勢を変えた時の服の擦れる音や本のページを捲る音、咳払いや小さな溜息等々……音はすれども会話は無しの状態が続いている。

 別にこれは今に始まった事では無く、僕と明日菜の暇な時の過ごし方としてはよくある事なので、この無言空間が息苦しいとか落ち着かないとかそういうのは一切無い。


 では何故、明日菜は普通に雑誌をペラペラと捲りながら読み込んでいるのに対して僕は小説を広げているだけで中身が頭に入って来ないのか。








 パンツだ。




 明日菜は薄い水色のTシャツにデニム地のミニスカートという出で立ち。

 その恰好で僕の正面に足を投げ出して座椅子にもたれて座っているわけで、時折座り心地を変える為に足をもそもそ腰をもじもじさせるものだから、その都度、明日菜の白い太腿の動きが視界に入る。

 視界の隅に動くものが入り込んで来た時、意識していなくてもその動くものを視線が追ってしまうのは脊椎動物としての生理作用であり、決してその奥が覗いてみたいという欲望とは関係無い……筈。


 そう。


 奥が見えないのだ。

 そこまで見えているのに何故その奥は漆黒の暗闇に閉ざされて見えないのかと声を大にして言いたいが、しんと静まった部屋でそんな事出来るわけもなく、僕も姿勢を変えたり目線を移したりしながら、且つ、明日菜に気取られぬよう細心の注意を払いながら深淵を伺っているのだが全く見えない。


(まさか履いていない?)


 んなわけあるか。

 明日菜はそんな痴女じゃない。

 長い付き合いがあるからそれだけは言える。


 では何故見えないのだ!?

 あんな短いスカートで、時間を追う毎に姿勢を直す為に足をあんなに動かしているのに。

 もしや、明日菜はどんなに足を動かしても中が見えない技を会得したテクニシャンなのか?


 いやいや。

 以前、明日菜も言っていた。


これミニスカって案外中は見えないのよ。』


 案外にも程がある。

 これでは『全く見えない』の間違いだ。




 そんな事を考えていたから、僕は折角買ってきた小説を広げているだけで全然読めていないのだ。








「どうしたの?」


 ふと明日菜の顔を見ると、その二重の大きな目で不思議そうな表情をして僕の方を見ていた。


「あっ……いや……べ、別に何でもない……」

「そぉ?何か思い詰めたような顔してるけど……大丈夫?」

「あ、あぁ……だ、大丈夫……」

「ならいいけど。」


 再び明日菜は雑誌に視線を落とす。


 ふぅ……危ないところだった。

 いくら長い付き合いだと言っても、さすがに『パンツ見ようとしてた』なんて言ったら僕の信用も幼馴染という関係も終わってしまいかねない。




「ところでさ。」


 バレずに済んだと完全に気を緩めた時、突然明日菜が話し掛けてきた。


「な、何……かな?」


 明日菜は先程と同じように、大きな目で僕の方を見ていた。

 表情は特に変化無し。

 普段の可愛らしい顔だ。








「黒とグレーだよ。」




「え?」




 視界の下の方……ガラスのテーブルの向こう側で、明日菜は膝を少し立て、その膝を左右に軽く広げていた。


 深淵の更に奥……黒い布にグレーの縁取りがしてある布が見えた。




「!?」


 僕は思わず目を見開き、呆然と口を半開きにしたまま、ただその深淵を凝視してしまっていた。




「見たいなら言ってくれればいいのに。」


 少し気怠い感じではあるが、元々抑揚の少ない話し方をする明日菜は、表情を変えないまま僕の顔をじっと見て言った。


「あ……いや……そういう……んじゃ……」


 やっと反応出来た僕を、ほぼ無表情で見続けている明日菜。


「ご、ごめん……なさい……」

「謝らなくてもいいよ。涼くんならいつでも見せてあげるから。」


 ガラスのテーブルの下にある明日菜の膝は閉じられる事無く、かと言って僕にその深淵を見せ付けるようでも無く、そのままの状態で据え置かれていた。


「涼くんだけだよ。」


 明日菜はそう言って目線を雑誌に戻し、膝はそのままの状態で雑誌の続きに目を通していた。

 僕は深淵の黒とグレーの布からずっと目が離せなかった。












「……というシチュエーションを思い付いたんだけど、どうかな?」


 何か理想的な気がして、目の前で雑誌を読んでいる明日菜に情報共有してみた。


「変態。」


 明日菜はゴミを見るような目で僕を見て言った。

 因みに今日の明日菜は黒のスキニーを履いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幼馴染の深淵を覗く 月之影心 @tsuki_kage_32

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ