第4話 溺愛委員長。……どうしてこうなった?

 さて、篠崎が隣の席になって何かが劇的に変わるかといえばそうでもない。

 一ヶ月の授業の遅れも、担任から俺のPCに毎日送られてくる誰かのノートのコピーに目を通しておいたおかげでなんとかついていける。

 これは自慢だが、割と勉強は出来る方だからな。


 それに俺が通ってる高校は進学校ってわけじゃない。数年前に普通校と農業高校が合併して出来たのがこの高校だ。

 だから、むしろ進学する奴の方が少ないくらい。ほとんどの生徒は就職。大学に進学するのは極々一部。専門学校に行くやつは結構いるけどな。まぁ、地方の高校なんてそんなもんだろ。

 農業高校の名残りもあってか、授業以外の実習も多いしな。

 そのおかげで、勉強勉強っ! ってピリピリした空気もなく、全体的にのんびりしてるのが俺に合ってる。


 ぼんやりとそんな事を考えながら黒板に書かれたことをノートにとっていると、隣の篠崎が小声で話しかけてきた。



「どう? 久しぶりの授業だけど大丈夫? ついていけてる?」

「ん? あーまぁ、なんとか。休み中にノートのコピーも見てたしな。あれが見やすかったおかげってのもあるか」

「えへへ〜♪ そう? 見やすかった? 良かった〜。あれね、私のノートなの。先生にお願いされてね」

「そうなのか?」



 言われてチラッと篠崎の目の前にあるノートを見る。するとそこに見えたのは、見覚えのある文字に要点をまとめる時の枠の色使い。

 確かに俺がお世話になったノートと同じだ。



「篠崎だったのか。ありがとな。おかけで助かってる」

「い〜え、どういたしまして」



 そこで黒板に向かっていた教師がこっちを向いたことで会話は終了。

 そのまま授業が終わるまで俺と篠崎は会話すること無く時間が過ぎた。


 授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、俺が次の授業までの短い休み時間でトイレに行こうとすると、なぜか隣には篠崎。



「篠崎? さすがにトイレは一人で行きたいんだけど?」

「え? そんなのわかってるよ〜。私も行きたいからそのついでだよ?」

「なのか」

「うん。考えすぎだって」



 考えすぎか。うん。そりゃそうだよな。

 俺は用を足すためにトイレに入ると、ちょうどそこでは芦屋が恍惚の表情を浮かべている所だった。



「いや〜出た出た。ずっと我慢してたからもうこれでスッキリ……って仁村じゃん! ちょうど良かった。聞きたいことあったんだよ。なんで委員長はあんなにお前にべったりなんだ? 席まで変えてさ。もしかして付き合ってんの? 初耳なんだけど。親友の俺に内緒で彼女作るとかショックなんだけど」



 ほらやっぱり。 絶対そういう勘違いされると思ったわ。つーかお前が親友とか初耳なんだけど。


 さて、なんて答えるべきか。

 ここで彼女だって言って芦屋がどんな顔をするか見てみたい気もするけど、変にそれを信じられて後の説明がめんどくさくなるのも嫌だしな。

 とりあえずコイツに言って、だんだんにクラスに広まれば篠崎の勘違いもなくなるか?

 ご褒美無くなるのは惜しいけど、変に周りから付き合ってるって勘違いされて、実は同情でしたーってバレた時に向けられる俺への視線もキツいものがあるしな。よし。



「わかったわかった。説明するからとりあえず待て、友人A」

「友人Aってなんだゴラァ」

「芦屋だからAだ。文句あるか?」

「文句しかないんだが!?」

「しょうがないな。村人M。これでいいか?」

「芦屋の面影すらなくなったんだが!? Mってなんだ!? AからMって遠くない!? そんな後だといつ登場するかもわからないんだが!?」



 相変わらずやかましいな。いいから少し待て。

 こっちは松葉杖に片手取られてるせいで、ちょっとめんどいんだから。

 ……よし、スッキリ。俺は手を洗ってから芦屋に向き直る。



「さて、しょうがないから説明してやろう。実はな──」



 その時、個室の方から水を流す音が聞こえた。次に鍵が開く音。

 そしてそこから出てきたの人物が俺の方を向いてこう言った。



「仁村君。僕も気になるな。僕にも……教えてくれないか?」



 前田くんだ。イケメンの前田くんがウ○コしてた。

 ウン○してたけどカッコイイ!



「前田……。わかった。お前にもちゃんと説明するよ。だけどその前に手を洗え」

「あぁ、わかってるさ」




 前田くん、手を洗う姿もカッコイイな。○ンコしてたけど。



「ほら仁村、はやく言えよ。焦らされて気になっちゃうじゃんか」

「あいよ。じゃあ言うぞ? 最初に言っておくけど、これはガチだからな?」

「仁村君、前置きが長いよ」

「悪い悪い。どうしても芦屋をからかいたくてな」

「んだとゴラァ!?」



 芦屋が文句を言い、前田くんはポケットから出したポケ○ンのハンカチで手を拭きながら俺の前に来てそんな事を言う。

 だから俺は、壁に寄りかかって目の前で横に並ぶ芦屋と前田くんに向かって説明しようと口を開いた。

 瞬間──



「仁村くんっ!? 今誰かの怒鳴るような声が聞こえたけど!?」

「し、篠崎!?」



 篠崎がいきなり男子トイレに飛び込んできた。

 そして俺を見て、俺の目の前に立つ芦屋と前田くんを見ると、なぜか恐ろしい物を見たかのような顔になる。

 そこで俺は察した。

 あ、これはアカン。絶対また変な勘違いしてるぞこれ。はやくちゃんと説明しないとヤバい。

 だけどそんな余裕はくれなかった。

 篠崎は男子トイレなのにも関わらず中に入ってくると俺の手を握り、そのまま腕にギュッとしがみつくと芦屋と前田くんを睨む。



「せっかく……せっかく勇気を出して学校に来てくれたのにその初日からこんな事するなんて…………二人とも最低! 行こ? 仁村くん。何かあったらと思ってトイレの前で待ってて良かったよ」

「あ、おい! ち、違うって篠崎! こいつらはそんなんじゃなくって……」

「仁村くん……二人の事庇ってるの? やっぱり優しいんだね。わかった。先生にも誰にも言わないから。その代わり私が守るから!」



 ちっがぁぁぁぁう! そうじゃなぁぁぁい!

 ほら見て! 芦屋は変なポーズで固まってるし、前田くんはさっきの『最低!』って言葉で絶望の表情になってるから! 闇堕ちしちゃうから!

 あと、さっきから俺の腕が篠崎の胸に当たってるから! 挟まれちゃってるから! あーもう柔らかいなぁ!

 ってそうじゃなくて、俺の話を聞けぇぇぇ!!!



 そんな俺の訴えは篠崎には届かず、腕を組んだ状態のままで教室に戻るはめに。

 そして浴びる視線。組んだ腕への注目。それを見てからのホッコリした生ぬるい視線。

 おい待て。お前らなんか勘違いしてるだろ。絶対してるだろ!




 ──結果、昼休みになるまでの僅かな間で人から人へと曲解されながら話が伝染して行き、最終的にはこんな噂話がクラス中に流れる事になる。


【篠崎つぐみは仁村和樹のことを溺愛中】


 と。



 どうしてこうなった……。

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