6話

 

「ふわぁ~!凄かった!」


「倒れた人が居るのだから静かに、だよ。」



 シーと言う声、いや音?が耳に届く。

 静かにって言うジェスチャーかな?



「ごめんごめん、いや~だって、あの……だよっ」


「気持ちはわかるけど、って、俺このまま此処に居るのは不味いな。」


「あれ、じゃぁ倉敷くんが倒れたのは。」


「ヒートだねぇ。」


「あーなるほど。それじゃぁ、先生が来るまで私此処に居るよ。」


「新入生なのに大丈夫かい?一応先生達に俺からも事情を話しておくけど。」


「大丈夫だーいじょうぶ、私Ωだし、一応遠縁だけど親戚だし。起きたら優樹君には緊急用の薬を飲んで貰うから。」


「そう?じゃ、悪いけど俺は会場に行くね。」


「はーい、此処まで付き合ってくれて有難う御座いました先輩。」



 ……。

 指先どころか身体がピクリとも動かない最中。

 動かないという事は一瞬オカルト的な何かで金縛りにでもなっているのかと思ったけれど、そういうワケでは無く、どうやら聞こえて来る会話で僕は突如起こったヒートのせいで倒れたのだと思う。


 それにしても、今まで何度かヒートを体験しては居るけど、こうして意識がある状態で全身が硬直したように身動きが取れないと言うのは初めて体験する。

 こういうことってあるのかな。不思議。

 でもヒートが起きたのなら今の状態は幸いとも言える。

 何せこの部屋に今いるのは、つい先程会ったばかりの僕の義理の父親である陽平父さんの遠い親戚らしい一戸杏花音さんのようだから。


 いくら何でも女の子の前でヒートのせいで僕の醜態を晒したくは無い。

 赤の他人でも嫌だけど、ね。


 ちょっと前まで先程会ったばかりの先輩らしき声もしたから、もしかしたら今僕が寝かされて居ると思われる場所まで運んで来てくれたのかも知れない。ヒートが収まったらお礼言わないとなぁ。勿論杏花音さんにも。


 諸々考えつつ全く動かないなぁと思っていると、この部屋?のドアが開くような音がし、「おい!息子が…っ」と、陽平父さんの焦った声が聞こえて来る。



「陽平叔父さんおそーい」


「は、え?杏花音?何故此処に。」


「そそそって、驚いているのはあと、あと。倉敷君はベッドで寝ているから安心して。それと、ヒートだから寝ているために吸入型抑制剤は使ったけど、若干弱いのしか持ってなかったから、起きたらちゃんとした抑制剤を飲ませて上げて。」


「おう。って杏花音、息子の面倒を見てくれてサンキューな。」


「この御礼はプリン一つで!」


「お前な…まぁ、わかった。それじゃ、お前は会場…あ~もう教室だな。担任の先生には連絡ついているから、俺はこのまま優樹を家に連れて帰るわ。悪いがプリントとかあったら優樹の分も貰って来てくれ。」


「了解。それじゃ学校終わったら叔父さん家に寄るね。」


「おう、本当に有難うな。」


「良いって、お互い様だよ~。」



 それじゃぁね、と一戸さんの声が遠くに聞こえ。僕の意識はまた闇へと沈んで行った。









 ぱちり、と真っ暗な部屋の中唐突に目が覚める。

 枕元にある時計を見て時刻を確認、時刻は19時丁度。

 それから部屋の電気を点(つ)けた。


 あれからキッチリと3日程隔離された状態でヒートを終え、その後も軽い状態が続いたために4日家から出ない日々が続き、本日やっと終えた。

 明日朝の状態次第で軟禁状態から解除される予定。

 だけど、学校が始まったのが一週間前で。

 つまり僕は、新入生の大事な始業式から一度も学校に顔を出して居ないわけで。



「ぐぬ、ぬ…。」



 仕方がないとは言え、ヒートめ!と恨んでしまう。

 それにしても何故、予定より一ヶ月早めに来てしまったのか。


 本来ならΩのヒートは三ヶ月毎に起こるのが普通だ。中学の頃からヒートは何度も起きているが、短期間で起きたことは、元祖母の家で初めて起きたヒートの日だけ。つまり一旦薬で安定し、安心をしたのか町のホテルで再度ヒートを起こした時しか無い。

 高校の始業式だからと緊張をしたからヒートが早まったのだろうか。

 それとも沢山のαの気配に…うーん…。


 よくわからない。

 確か生徒玄関に居た際、何処からかレモンみたいな爽やかないい匂いがしたような、ううん、全身が包まれたような気がした瞬間、体の奥底から強烈な熱を感じたような気がする。

 それからあっという間に意識が暗転したワケだけど、一体何だったのだろう。



「ううー…わからないなぁ」


「何がわからないって?」



 軽くノック音がした後、スッと扉が開いて阿須那父さんが「食うか?」と、お盆に土鍋を乗せた状態でコチラに見せてくる。



「優樹の好物の卵とネギが入った雑炊だ、鳥挽肉も入れておいた。食うだろ?」


「うん!」



 そう言えば昼からついさっきまで寝ていて朝ごはんしかご飯食べてなかったっけ。



「ほら、優樹は食が細いのだからちゃんと食えよ?それでなくても昼辺りから微熱が出ていたからな。」



 え、あれ、そうだったのか。

 だから眠かったのかな?と小首を傾げていると、



「薬が合わない可能性があるから、明日病院に連れて行くって。確かに今回優樹用の薬はちょっと強かったのかも知れないからな。ヒートが一番強い3日間、全くご飯を食べてなかっただろ。」



 こんなに細くなってと、物悲しそうに見詰められる。

 ううう、ごめんなさい。



「今回の薬は何だか妙に眠くなって…。」


「成程、軽い精神安定剤系統の薬が入っていると言っていたから、そのせいだったのかもな。」



 そうかな、そうかも。

 と言うか僕病院の先生の説明を受けている間一人だったと思ったのだけど、もしかして陽平父さんが薬の成分を調べたのかな。

 以前も強めの薬が出た時、速攻で止めさせたからなぁ。

 成分が不安だから駄目だって。


 その後強めだって言われていた薬は発売中止になったって阿須那父さんから聞いた。

 副作用が強くて、未成年への投与には人によりだけど精神的な作用が云々とかって。

 僕達Ωには昔からこういった強めの薬を勧める事柄が多いらしいから、特に医者の陽平父さんは注意深く僕へ投与する薬の検討をしている。

(医者と言っても今は学校の保険医をしているから、専門はちょっとだけ違うらしいのだけどね。)


 …やっぱり甘やかされているよねぇ。

 うん、父さん達大好き。えへへ。



「冷めないうちに出来るだけ食べなさい。明日は私が病院に連れて行くからな。」


「はーいって、アレ?会社は?」


「有給。去年有給ロクに使ってなかったから上司に滅茶苦茶怒られた。だから一人息子の大事にはちゃんと使えって、な。」


「大事ってたかがヒートだよ?」


「大事だろ。」



 僕の眉間を人差し指で突かれたあと、阿須那父さんは柔らかい表情になって、



「上司に言われたよ。「優樹君の一番大事な時だ。特にヒートになる子は精神が不安定になる子が多い。未成年なら尚更だ。ヒートが終わるまで、もしくは体調が回復するまでで良いから有給を使いなさい。」って。」



 そう言って頭を優しく撫でられる。


 上司の人って偶に家にご飯を食べに来る安倍川さんかな、それとも岸和田さんかな?あの人達「私のとこの子もΩだから。」とか、「うちはβとαだけど、一悶着あるからなぁ。」って言って、僕のことを良く甘やかしてくれるんだ。来る時は必ずケーキとかプリンとか、僕が好きそうなモノをお土産に買って来てくれるし。

 そう言えば岸和田さんはΩだったな。今度聞いてみようかな?

 突然のヒートで倒れることってあるのかって。

 安倍川さんはβだけど、大きい方の息子さんが僕と同じΩだから安倍川さんにも今度会えたら相談しようかな。

 その前に父さん達にも話しておかないと駄目だよね。

 レモンみたいな爽やかな匂いがしてから身体の中が熱くなったって。

 明日行くお医者さんにも相談した方が良いかな?



「さあ、それ食べたら今日は早く寝ろよ?明日は午前中に病院だからな。食器は食べ終わったらお盆ごと部屋の外に置いてくれれば片付けるから、優樹は暖かくして寝なさい。」



 はーいと返事をして、部屋を出ていく阿須那父さんの背を見送った。

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