2話

 結局父の幼馴染らしいオッサン、いや医者は病院だけでなく紹介されたΩ専用のホテルにまで僕を送ってくれた。曰く、ヒートを起こしたのだからだそうだ。

 僕を町の病院で検査してくれた医者が速攻で抑えてくれたホテルはこの町の駅前通りにあり、普段からΩ達の緊急避難所としても設置されており、Ω以外の人達は一階ロビーまでしか通ることが出来ないらしく、そこでお別れとなった。

 始終あの連れてきてくれた医者は僕の頭をグリグリと撫でてくれ、一気に色々なことが押し寄せて来て動揺していた僕の心を慰めてくれた。



「あ~まぁ、元気だせ。」


 仕草や行動はぶっきらぼうな癖にその言葉が妙に優しく感じられて嬉しくなった。



「それと夜でもいいから落ち着いたら親に電話しろよ?勿論スマホの方な?」



 うっかり祖母の家には電話はしませんからご安心を。



「それとな。お前の婆さんのことは…あ~なん、だ、その。厄介な犬にでも噛まれたと思って、出来たら恨まないでやって欲しい。」


「無理。」


「だよな~…はは、あ~…。」



 理由は何となくだけど察しているよ。

 だって、祖母には祖父が居ない。

 祖母の家には何度か訪れたことがあるけれど、祖父の品どころか写真さえ見たことがない。その状態での今回の祖母の発狂。

 関係ないとはどうやっても思えない。



「話さなくていいよ。」



 理由とか聞きたくないし。

 口に出しては言わないけど、そう思う。



「その、すまんな。」


「ううん。」


「言っとくがウチの親父は関係ないからな。」


「違うの?やけに親切にしてくれるから、そうなのかと。」


「さっきも言ったが、お前のとこの父さんと俺が幼馴染っていう理由と、専門じゃないが一応医者だからな。」



 医者って言うのはさ、けっこう大変だぜ?と苦笑しつつ、そうそうと懐から紙袋を一つ取り出して渡された。



「これは?」


「一応さっきの病院でも渡されたようだがな、Ωの抑制剤等の薬は高価だ。だから一応万が一にってことで、予定より長期間親元に帰れなくなった時用に余分に薬が入っている。餞別代わりに貰ってくれ。中身は緊急用の抑制剤と、あ~…未成年にいうことじゃねーけど、まぁ、これもな。お守りみたいなものだ。」



 と言って、もう一つ赤い小さな封筒を渡してきた。



「これはまぁ、事後のってやつだ。」


「?」


「まだまだ、中学生の未成年だもんなぁ、はっきり言わないとわからないか。つまり、セックスした後の緊急避妊薬、アフターピルだ。」


「ぶっ!!」



 僕は盛大にふいた。



「おま、大事なことだぞ!?」


「でもそれ僕みたいな未成年に言う言葉!?」


「未成年でもな、これから使うかも知れねーだろーが。特に今日Ωだってわかったなら尚更…っ」



 そこで奥のホテルの受付からコホンケホンと言った咳払いが聞こえて来て、僕達が大声を出していたことを知る。

 無茶苦茶こっち見てない?あの受付に居る人。

 うう、恥ずかしい…。



「と、兎に角だな。お守りだと思ってとっとけ。市販で購入すると結構するからな。」



 何でも一錠で僕のお小遣いの5倍、つまり一万円位するとかで…。

 ひぇぇぇ。

 それをポンッと…。

 大人って凄い。



「それとな、首。間違いが起こらないように大事に隠しとけ。」


「え、えーと。」


「首輪だ、首輪。なんつったかな、Ω専用のって言うのがあるから。恐らくここのホテルの人に聞けば何処で売っているのかわかるはずだから、購入したら…「失礼致しますお客様。」はい?」



 僕達の前に現れたのは先程までホテルの受付に居た、咳払いをしていた大人の人。



「プロテクターならば此方でも扱っておりますので、緊急用の品ですが宜しければそちらを。」



 緊急。

 その言葉に肩がギクリと震える。


 僕、僕。

 Ωなんだな…。

 本当にΩになってしまったんだな。


 ふと誰かと目があったような気がした途端、身体が妙に硬直してしまい、一瞬だけ痺れたようにビリビリとした目眩が襲う。



 ―え?



 目眩から即座に回復し、もう一度目があったと思われる方向に視線を戻してみたが、其処にはもう誰も居なかった。










 その後1週間程、病院からの指示の元、ホテルの部屋にほぼ缶詰となった。

 理由は一時的にヒートが収まったにも関わらず、ホテルの部屋に入った途端安心したせいか再度ぶり返してしまったから。

 慌てて薬を摂取してから数十分後にはかなりマシにはなったけれど、ヒートが来る度にこの状態がこれからずっと続くのかと思うと憂鬱になる。

 それでもこのホテルにまで往診に来てくれた先生曰く、薬で抑えられている僕は比較的軽度の方らしい。それでも今後はどうなるかわからないから、定期的に自身が住んでいる町の医者に掛かって薬を調合して貰ったほうが良いと、念を押す感じで言われた。

 成長期だから今後変化する可能性もあるのだとか。



 それにしても、気になることがある。

 先生曰く「一度ヒートが収まったのに再度なると言うことは、何かしら要因があったということだろうか。」とか、「Ωだと発覚したばかりだから、とか?」「何方かお会いしたとかはありませんか?」とか。何故か色々と聞かれた。

 そうは言っても僕は祖母の家でおこったことで頭がいっぱいで、その件を先生に伝えたところ、「ストレスかも知れませんね」と妙に納得された。




 そして僕はー…。


 あの夏以降、父と二人だけで生活をすることになった。


 ホテルから帰宅後、何故か家には母の姿どころか母の荷物一式が全て無くなって居た。



 Ωって言うだけでこうなったのだろうか。

 それとも父との間に何かあったのだろうか。

 僕にはわからない。









「ま、気にすんな。世の中なんて細かいこと、いちいち気にしたらな~んもできんよ。」



 そう言って、バシバシと僕の背中を勢いよく叩くのはあの夏、僕を車で町にまで送ってくれた父の幼馴染のお医者さん。名前は一戸陽平。



「陽平おじさんなんてな~悲惨なことに今、絶賛!休職中ッ!なんだぜ~♪」


「その割には嬉しそうですね。」


「まーな。」


「医者の休職中って…。」



 それって何だろう。

 ニート?でも医師免許あるし、何だか違うような。



「あの村に居るのは辞めたってことだな。」


「そんな気軽に辞めていいの?」


「辞めたっていうか、元々あの村には二年契約で医者として居ただけでな。」


「え、医者ってそういうもん?」


「あの村、やけに閉鎖的だからなぁ。おまけにあまり待遇が良くないから滅多に医者が赴任して来ないし。それでも病人やら老人やらといった人が居るってわけで、元村人だった俺に話が来た。けどな~。」



 そこでチラッと僕をみる陽平おじさん。

 もしかして僕が原因…。



「言っとくがお前が原因じゃ無い。元々二年契約が切れたら縋って来てもトンズラする気だった。つーか、給料安すぎるし、時間外労働させられても給金が発生しない。更には夜中にまで無駄に村のじーさんばーさんの無駄話に突き合わされるわ、一日中意味もない会話をするために電話が鳴りっぱなしだわ、電話出ないでいると怒鳴り込みに来るわ、村民の中で比較的若いってことで疲れていても問答無用で力仕事に駆り出されるわ、休日でも休ませてくれない。日々睡眠不足で精神も体力も擦り切れるばかりだったからな。正直割に合わん。」


「うわ、ブラック…。」


「まぁそーいうこと。何度も話し合いをしたけど一向に改善されないし、今も両親があの村に居るなら多少考えるが、既に両親は愛想を尽かして別の土地に引っ越しているから義理は無い。ならば無理とトンズラしたってワケだ。」


「ナルホド…。」



 医師だけど中年の年齢に突入したのだから睡眠不足は堪えるしなぁと、ニヤッと笑う陽平おじさん。



「ま、当分の間は世話になるよ。」



 そう言って、陽平おじさんは母が居なくなってから家事が一切出来ない父と僕の二人で暮らす、カオスと化した魔巣…じゃなかった、巣窟…えーと、我が家へと引っ越して来た。



 足の踏み場が無いって、こういう風なんだなぁ。


 なんて、陽平おじさんが僕と父の二人暮らしの家の玄関のドアを開けた時、溜息と共に零した言葉は今も忘れられない。

 すいません、僕と父はどうやら物を片付けると言うのを何処か片隅に押しやってしまっていたみたいで。

 なんて部屋中に散らばっている畳まれていない洗濯物を片付けながら話したら、陽平おじさんが暫く考え込んでから精神科という所に僕ら二人を連れ込んでくれた。何でも僕ら親子はその当時、陽平おじさんの目から見ても「目が死んでいる」状態だったらしく、相当病んでいたらしい。


 と言うのも、祖母から嫌がらせの電話やら手紙やらが何百と届き、父と僕は少し鬱状態に陥っていたらしい。おまけに失踪した母から離婚届だけが入っていた封書が届き、拍車が掛かっていた。


 僕も僕で日々鬱々と夏休みの最中どう過ごして居たのか、あのホテルから出て家に帰宅してから今までの間の記憶が曖昧で、陽平おじさんが我が家に来てくれなかったらどうなっていたか。


 陽平おじさんは物凄い勢いで「大学に居た時の知人」や、「医者として別の地に赴任していた時に出会った友人」や「ちょっとした知り合い」達を駆使し、連日連夜続いていた嫌がらせを沈静化させた。更には何処に逃げ出したのかわからなかった母(祖母の居た村にはいなかったらしい。)と連絡を取り、僕の養育費と言う名の慰謝料やらナニやらをゲットし、さっさと離婚。

 他にも諸々の国家なんたらかんたら?Ω保護法だったかな?を駆使し、母には僕が成人するまで会わないように注意勧告をし、騒動を起こした祖母には今後一切接触しないようにと言う約束を取り付けて来た。



 何だか凄い。

 事の顛末を知ったのか、噂が流れたのか。

 ご近所のおばさま達が「スパダリ」とか何とか言っていたけど、スーパーマンみたいなものかな。何だか良くわからないながらも納得した。



 それから、それからー…。






 僕が中学三年の春、僕の父である倉敷阿須那と一戸陽平おじさんは結婚した。



 この世界ってβ同士の同性同士でも結婚って出来るってその少し前に知った。

 よくよく考えてみれば、αとΩの同性同士で番ったり結婚をしたりするのだから、当然といえば当然なのかな。

 ただ世間的にはβ同士で同性同士と言うのはあまり居ないらしく、阿須那父さん曰く「ちょっと肩身が狭いかな。」と苦笑して居た。陽平おじさんは、そんな心の狭い奴はこっちから肩身を狭くしてやる。」と、阿須那父さんが会社で不自由無いように上手い具合に周囲を味方にしていった。



 阿須那父さんがぼそっと、「気が付いたら社内で煩く絡んでくる奴が居なくなった。」と、明るく笑っているようになったのは僕も嬉しい。



 そんなわけで、確固たる地位を得た陽平おじさんは僕の保護者の一人となり、今は我が家で兼業主婦となって日々料理の腕前が上達していっているし、父さんも懸命に洗濯を頑張っている。

 僕も頑張ろうとしているけど、掃除だけは父さんの血筋のせいか、片付けても余計酷くなるのはどうしてだろう…。


 謎だ。




 どうでも良いのだけど、父さんと陽平おじさん。

 女性役はドチラですか?

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