ある日突然Ωになってしまったけど、僕の人生はハッピーエンドになれるでしょうか

柚木 彗

1話

 

 この世界には男女という性別以外にも、α・β・Ωの三つの性別がある。


 男性のαに女性のαは全体の二割程の人数がいて、一般には支配階級と言われている程に優秀なリーダーシップを取ることが出来、また容姿も美しい人が多い。


 βは男女共極々一般的。本来の人間とも言われている程に普通。そのためかどうかはわからないが、基本的にβはβ同士で結婚をする事が多い。


 Ωは女性が一般的で、男性のΩは極めて少ない。また社会的な地位等、以前はかなり低く、一部の田舎の排他的な地域ではΩと言うだけで…蔑まれたり虐められたりと村八分になってしまう。


 何でも昔はΩと言うだけで性別に関わらずβもαも孕む、三ヶ月に一回おこる発情期と呼ばれるヒートのせいで誰も彼も惹きつける淫乱だから。


 今の世の中は発情を抑える薬が開発され、ヒートを押さえつけることが出来るようになってきてはいるのだけど、残念ながら昔事故が起こった田舎等、その時のことを未だに覚えている年寄りが喚き散らすものだから…。




 まぁ、今の僕なのだけど。





 この時の母はまだ良かった。

 だがその祖母がまずかった。

 夏休みで、僕と父と母の一家全員で帰省していた孫の僕が起こしてしまったヒートを見てー…



 やだな、思い出したくない。



 そんな訳で今の僕は田舎の小さな無人駅で一人立ち尽くしている。


 田舎だから当然、時刻表をみると本数の少ない数値が記載されている。



「うぇぇ、あと二時間待ち…。」



 確りと抑制剤を飲んでおいたから、今はもうなんとも無い。

 元々軽いタイプだったのかも知れない。

 だけど何故この時期この時、よりにもよって唐突に初めてのヒートを起こしてしまったのだろうか。



 僕がΩだなんて、初めて知ったよ…。




 母は汚らしい言葉で顔を真っ赤にし、僕を罵る般若のような祖母を見て泣いていた。

 父は僕に怒鳴り散らした祖母を諌めていたが、ヒートでわけも分からず苦しむ僕を片手で抱き上げ、「ここで待て!」と古めかしい真っ暗な物置小屋に押し込め、鍵を締めてしまった。

 おいおい、明かりも何もなしかよと思いはしたが初めてのヒートで混乱した僕は…。あ~うん、多分父のやり方が正解だったのだろうなってヒートが収まり、冷静になった今ならそう思う。


 その場で意識混濁して酷い状態になっていたみたいだし。


 履いていたズボンを中途半端に下ろし、白い精液を辺りに撒き散らしてマスを掻いてのたうち回っていたようだし。


 うう、初めてのヒートで錯乱状態中とはいえ、アレは酷かった…。

 しかも父と父が連れて来た医者?らしきオッサンに見られたし。

 幸い父が気遣って母には来ないようにしてくれていたようだけど、医者が即効性の抑制剤を打ってくれたお陰で今はこの通り動き回ることが出来る。


 それにしたってさ~…。



「未成年の中学生を一人で帰れってさぁ。」



 いやまぁ、仕方がないのはわかる。

 あの婆さん…祖母のことだけど、抑制剤が効いてやっと正気になった僕に箒で襲いかかろうとしたからね。

 今まで穏やかな人だと思っていた祖母が箒を片手に悪鬼の形相で僕を追い立て、「気持ち悪い!」「色気づきやがって、このクソガキ!」「捨ててこい!」「いっそ殺せぇぇぇー!」って。

 恐怖でその場から身動きが取れなかったけど、もしかして箒以外にも持っていたかも。

 …まさか包丁じゃないよね。

 怖すぎる。

 マジでビビったよ。

 父が止めてくれなければ確実に怪我の一つや二つ、下手すれば本気で殺されていたかも知れない。


 今どきのバース保護法で特に希少性のあるΩは人類全体の1割にも満たない人口数なのに対し、確実に優秀なαを生むことが出来るからってΩ保護に対しての法律があるのに、婆さん…。

 兎に角コレであの婆さんに会う事も、この田舎にはもう二度と来ることは出来ないだろう。

 ついでに言うと醜態を見せてしまったあのオッサン医者にも…。



「おーい」



 …。

 何で今思い出したくない忌まわしい記憶を封印している最中に来るかな、さっきの医者。



「お前今からだと電車もうないぞ」


「は?」



 いやいや、そんな訳は無いはず。

 だって、時刻表に記載されているぞ?



「そこの時刻表な、夏になると変わるのだが夏期間用の時刻表が剥がれてしまったままでな。どうせ村民の誰も使わないからってことでそのままでなぁ。村民は皆、普段は車使っているから電車って乗らねぇんだ。」


「え…。」



 いやいやいや、僕今追い出されているし。

 慌てて出てきたから中学生程度のお小遣いぐらいしかお金が無いし。

 と言うか、今マジで僕のお財布の中身二千円しか無い。

 この状態でギリギリ家まで帰れるかなって、焦っていたのに。



「それと、お前の父さんからこれ預かって来た。」



 と言ってオッサン医者から財布―…



「父さんの財布!?」



 中身!結構お金が入っているよ!

 ってこの財布僕に預けてしまって、帰る時父さん達無事に帰れるの?

 あ、母さんの財布があるか…幾ら入ってるいのかは知らないけど、普段家のお金を握っているのは母さんだし、何なら銀行から下ろせばいいだろうし。



「あ~緊急事態だから、ここから少し離れた街の医者に行けたらいけって。あと、一旦家に帰らずに街のホテルに泊まれって。」


「え。」



 ホテルって…急に泊まれるの?



「お前急にヒートになったって言うし、Ωだって初めて知ったんだろ?」


「うん…。」


「だとしたら国から緊急の、えーと何だったっけか。あ~保護法。で、Ωだから色々説明も受けなきゃならねーし。兎に角一回病院でバース検査も受けなきゃならないからって。」


「…。」


「それになぁ…お前の婆さんの件やらナニやらで今ゴタゴタしていて。」


「うん。」



 ゴタゴタしているって言うのは祖母のことだよね。

 僕のことΩになったって言うだけで……。

 気が付いたらオッサン医者が僕の頭をグリグリと無言で力いっぱい撫でてくれた。


「そんな訳で、よ、お前の父さん、あ~俺、お前の父さんの昔っからの知り合い。幼馴染。兎に角お前のこと頼まれて、これから車出してやるから隣町まで行くぞ。」









 車内で黙ってしまった僕に対し、このオッサン医者―…村の開業医らしいのだけど、午後は休診の札下げてきたから心配しなくていいと言い、基本内科医でバース専門ではないんだけどなって言ってから、色々教えてくれた。


 Ωのこと。

 今この国ではΩの保護法があり、申請すれば医薬品等費用を免除してくれる。

 特に今回僕は初めて発覚したばかりなので、ほぼ全額補助になるのではないかと教えてくれた。



「まぁ、そんな訳だから心配しなくていい。あとな、俺はβだからΩのフェロモンって奴は基本効かない。けどな、ヒートん時は別だ。αは勿論だがβとて例外ではなく惹かれちまう。だからβとは言え気をつけろ。それでなくてもお前可愛いいからさ。」


「は?」



 僕が、可愛い?

 クソボウズとは祖母にさっき生まれて初めて言われたけど、背が小さいし童顔なだけだと思うんだ。だってまだ未成年の中学生だし、年相応じゃない?



「まがりなりにも俺は一応医者だからな、今回はβ用のΩのホルモンが効かなくなる抑制剤を摂取して来たから俺は大丈夫だけどよ、気をつけろよ?βとてヒート時には手を出さないとは言えねーんだからな。」


「うん。」



 そうだよな…Ωって男女関係なく、αだけでなくβでもヒートの時には子供が出来てしまうって言うし。

 更にはαに首筋を噛まれたら番契約が出来てしまうって言うし。

 しかもその番契約はΩ側からは解消が出来ないのに、α側からは出来てしまう。しかも、番解消されたΩは徐々に精神が病んでしまい狂ってしまう。



「ま、病院で検査受けてから説明されると思うが。」



 そう言って運転しながらまた僕の頭をグシャグシャにして撫でた。

 相変わらず力強いが、でも…。



「泣くな。」


「うん。」


「涙ふけ。」


「うん。」


「生きてりゃ良いことだってあるんだからよ。」


「…うん。」



 僕の目からポタリ、ポタリと落ちる雫は見なかったことにして欲しい。

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