第19話:騎士は最後の記憶を思い出す


 遠く、誰かの言い争う声が聞こえる。

 それが心配になって目を開けると、薄暗い部屋の中にはギリアムとマルの顔が並んでいる。

 しかしその表情は、どちらも浮かない。


「討伐隊の到着までもうほとんど時間がない、何かアシュレイを戻す策はないのか!」


 中でも一番苦しげな顔をしているのはギリアムで、俺はゆっくりと体をおこす。

 そのとき、俺は自分の体が人間から遠ざかったままであることに気がついた。

 肌は鋼のように硬く、相変わらず背中の羽は消えないままだ。


 この様子だと全身悪魔化しているのだろうなと思った瞬間、男としてのあれやこれが色々と気になってくる。

 そしてついうっかりズボンに手が伸びた直後、ガツンッと激しいげんこつが落ちた。


「お前は何をやってるんだ!」


 握りこぶしを作りながら、そう言ったのはギリアムである。

 その横では、マルが苦笑を浮かべていた。


「いや、だって気になるだろ」

「今気にすべきはそんなくだらないことじゃない! 緊急事態なんだぞ!」


 ギリアムの言葉をに続き、マルにも「ちゃんと話聞いてね」と釘を刺された。

 口調は相変わらずゆったりした物だが、その表情は彼らしくないほど強張っている。


「実はさ、悪魔が女学院に忍び込んだって大騒ぎになってるんだよねぇ今」

「それってもしかして……」

「うん、アシュレイのこと。討伐隊の皆さんが見つけた悪魔が、女学院に逃げ込んだって大騒ぎ」


 そして久々の悪魔退治に意気込み、討伐隊どころか王都の騎士までこちらに向かってきているらしい。


 マルの説明に、思い出したのは双子とのやりとりだ。

 あいつらの仲間と言うことはかなりの手練ればかりに違いない。そして鬼畜な予感もする。


「俺、3Pどころじゃすまないんだろうか……」

「訳のわからないことを言ってる場合か! 今のお前の姿を見られたら、問答無用で殺されるんだぞ」

「でもほら、ヤバいなら逃げれば良いだろ。今の俺には翼もあるし」

「それが出来ないから困ってるんだ!」

「え、出来ない?」


 ようやく自分がピンチらしいと気がついたとき、人目を忍ぶようにカインが部屋へと入ってくる。

 彼は目を覚ました俺を見てほっとしたようだが、直ぐさま眉間に皺を寄せた。


「ギーザとレインが引き続き調べていますが、討伐隊が更に強固な結界を学園に張ったようです。このままでは、悪魔は出ることも入ることも叶わないと……」


 カインの言葉に、俺は出られないという言葉の意味を知った。

 悪魔を封じ込める結界は、ゲームの中でも良く出てくる特殊な魔法だ。悪魔を特定の場所に封じ、その中でヒロインや攻略キャラたちは派手なアクションバトルを繰り広げていた。


「そして騎士たちの装備もかなりのものです。こちらにいる悪魔は一体だと思っているようですが、久々の出陣で張り切っているのか聖剣を携えた騎士から聖魔法使いまで二百人近くがこちらに……」


 カインの言葉が本当なら、さすがにその数を相手にするのはきつい。

 それにきっと、やってくるのは多分イングリード国最強の騎士達だ。


 昼間のレインの話が本当なら、悪魔が消えた今彼らは半ば職にあぶれた状況なのだ。そこに強い悪魔が現れたときけば、自分たちの必要性を訴える良い機会だと考え、凄まじく武装してやってくるのは想像に難くない。


 そんな相手を、傷つけずやり過ごすことが出来るとは思えなかった。

 正直意識は戻ったが体は怠いし、剣と銃を握る力すらあるかどうかわからない。

 それにあの山小屋で見た魔法の威力は凄まじかったし、全力を出せても苦戦することは間違いない。


 とはいえそれを口にすればギリアム達が更に心配するとわかっていたから、俺はあえて明るい表情を貼り付けた。


「まあ何とかなるさ。それより、お前らはこんなところにいないでギーザとセシリアの側にいてやれよ、今頃不安がってるだろ」

「何とかなるって、自分の状態がわかっているのか?」


 途端にギリアムが俺の胸ぐらを掴んだ。鬼気迫る表情から俺への心配がみてとれ、だからこそ俺は明るく頷く。


「あと少しで、体も戻りそうな気がするんだ。でもその前にもし俺と一緒にいるところを見られたら、お前達の立場がまずいだろ」

「本当に、戻りそうなのか?」

「そうじゃなきゃ、こんな暢気にしてないって」


 そう言って笑うと、ギリアムの手が僅かに緩む。


「嘘じゃないな」

「親友に嘘はつかねぇよ。だから今は、俺から離れてくれ」


 いやむしろ、自分がここにいない方が良いかと思い俺はベッドから起き上がる。

 この部屋で悪魔が寝ているとわかれば、その正体がアシュレイ=イグニシアだとばれるだろう。そうなったことで、俺が悪魔化していたことを周囲の人間が隠していたと知られるのは困る。


「本当に大丈夫なんだよな?」


 ギリアムに続いて、カインが俺の手を取る。

 不安そうな彼に笑い、その頭を優しく撫でてやった。


「ああ。今のうちに隠れられそうな場所を捜してくる。だからお前達は討伐隊を礼儀正しく出迎えてくれ」


 くれぐれも下手なことはするなと言って、俺は部屋を出る。

 そんな俺を黙って見つめていたマルだけは、全てを察したような顔をしていた。


 でも彼は、どんなときも俺の気持ちをくんでくれる。

 そして今回も、彼は最後まで何も言わず小さく手を振った。

 それに頷きながら、俺は部屋の扉を閉める。

 途端に息苦しさで意識がぼやけ、僅かによろめいた。


 どうやら討伐隊は、悪魔の魔力を削ぐ結界を張っているらしい。息を吸うだけで額からは汗が滲み、指先が震える。

 さすがに死ぬことはないが、自分でさえこんな有様ならレインは無事だろうかと不安になった。


 慌てて彼の魔力を探ると、どうやら西校舎の地下に彼は身を潜めているらしい。

 万が一の時、自分の後追いをしそうな不安があった俺は、奴の元へと向かうことにした。

 何があっても死ぬなと、そう言ってやるべきだと思ったのだ。


 外に出ると警護の騎士や令嬢達の護衛がウロウロしてはいたが、人目を掻い潜りながら、なんとか西校舎まで移動する。

 地下へと降りる階段は狭く、大きな翼がある状態で移動するのはしんどかったが、それでも一歩一歩俺は階段を降り始めた。

 蝋燭に照らされた階段は薄気味悪くて、まるでホラーゲームのようだ。そしてそんな不気味な背景をどこかで見たことがあるなと考えた瞬間、ふいにズキリと頭が痛む。


 結界による痛みとは別の感覚に戸惑っていると、視界がぐらりと揺れた。

 そして見覚えのない光景が、突然脳裏をよぎる。


 それは以前、この学院にイケメンを送り込もうとした時に見たものと似ていた。

 誰かが悪魔を呼び出そうとしているその光景は、多分前世で見たスチルだ。


 そしてその絵が急に鮮明になり、俺は息を呑む。


 なぜならスチルに写っていたのは、ギーザだったのだ。

 その顔が不気味に歪んでいる事に気づいた瞬間、失われていた記憶が突然蘇る。


「なんで……今更……」


 そこで俺は脳裏をよぎった光景を全て思い出す。


 ――これは、ギーザの破滅イベントの記憶だ。


 思い出せないそれを、俺はなかった物だと考えていた。

 専用イベントもなく、ギーザは雑に追放されるだけだと思っていたのである。

 でも実際は違ったのだ。

 思い出せないだけで、破滅イベントは存在していた。

 予想外の事態に息を詰まらせながら、俺は必死に蘇ったばかりの記憶を整理する。

 

「そうだ……。ギーザの最後は雑な終わり方じゃない……、むしろラスボスよりずっと印象的なイベントだった……」


 実質、彼女はラスボスに近い立ち位置だった。

 ゲームの後半、ギーザは今までの悪行を全てヒロインに暴かれそれまでの地位を失ってしまう。

 その後目の前でギリアムを殺され、彼女の心は完全に壊れてしまうのだ。

 そして死に目に、彼女はギリアムから指輪を託されていた。


 結果、彼女は「憎きセシリアを殺す力をやろう」と指輪の中の魔帝にそそのかされ『魔帝復活の儀式』を行ってしまう。

 儀式によってギーザは悪魔の力を持つ『魔女』となりヒロインに戦いを挑む。

 彼女は状態異常攻撃を連発してくる為、プレイヤー達は苦しみラスボス以上に強いと評判だった。


 そんな彼女を倒すと、現れた魔帝によってギーザは殺される。

 ギーザを殺した魔帝は彼女の遺体に憑依し、ラストバトルが始まるのだ。

 

 そしてその儀式の場こそ、この西校舎の地下に隠されていた悪魔の祭壇だった。

 そこにレインがいると言うことは、一緒に行動しているギーザもいる。


 恐怖と不安を覚え、俺は階段を駆け下り扉を開けた。


『……ああよかった! あの方を……ギーザ様を止めて下さいアシュレイ様!』


 そして部屋に入った瞬間目に飛び込んできたのは、ゲームのスチルとよく似た禍々しい祭壇の前に立つギーザの姿だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る